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2018年3月24日 (土)

地名の由来の妙:「青物横丁」と「土物店」

 京浜急行の青物横丁の駅で降りる。つまりそこは東海道品川宿だ。

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 東海道品川宿は現在の京浜急行北品川駅あたりから目黒川までが北品川宿、目黒川以南が南品川宿となっていたらしい。

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 品川宿本陣は北品川宿の方に置かれていた。現在でもその場所は公園になって保護されている。

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 で、目黒川から南の方にあるのが、現在「青物横丁」と呼ばれている商店街である。住所としては品川区南品川であって、青物横丁というのは地名ではない。

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 なぜ「青物横丁」という名称がつけられたのか、というのはまあ予想通りだ。

『この地は江戸時代から青物の市場があり、大きな八百屋が軒を並べて、たいそうな人出であったようだ。品川、大井、大森、蒲田はその昔は半農半漁で栄えてきた村や町であったが、この辺りで収穫された野菜を、農家の人が自分で大八車、牛車、馬車を使って、青物横丁に持って来て取引をしていた。遠くは馬込や千束の方からも運んでいたようだ』(旧東海道品川宿周辺まちづくり協議会刊「ぐるり品川道しるべ」兼坂 弘道 より)

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 ところで同じような経緯をたどって名付けられた場所がある。

 場所は東海道とは逆の江戸北側にある日光御成道(本郷通り)の白山。まあ、こちらも中山道の脇道だ。ただし、宿場町ではないけれどもね。

『駒込の農民が毎朝、青物を下町へかつぎ売りの途中、駒込天栄寺境内のさいかちの大木で休憩していると近隣の人々や通りがかった人々が野菜を買い求めて集まるようになりました。
 そこですぐに野菜の売り買いを仲介する者が現れ、市場が形成されていきました。
 良質な名産品の駒込なす、にんじん、ごぼう、大根、芋の他、土のついた野菜が持ち込まれたので「駒込辻のやっちゃ場」、「駒込土物店」と呼ばれるようになりました。
 やがて神田、千住の両市場とともに青物三大市場のひとつに数えられ、幕府の御用市場として栄えました』 (東京豊島青果市場HPより)

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 両方とも、街道筋に近隣の農家から野菜を持ち込んで売り買いをしたというのが市場の始まり、というまさしくピュアなビジネスの原点みたいな話。

 面白いのは、片方はそのまま普通の商店街になって、名前は「青物横丁」という商店街の名前として現在も残っているんだが、もう一方は、単なる野菜商店街ではなく、青果市場となって江戸三大市場のひとつになった代わりに、地名・通称としては残らずに、単なる「駒込土物店跡」という名前で、駒込天栄寺という最初に市場が出来上がった場所に碑だけが残っているという違い。

 もっとも、青物横丁といっても、現在はコンビニがあるだけで「八百屋」はほとんどなくなっているんだけれどもね。

EPSON R-D1s VOIGHTLANDER ULTRA-WIDE HELIAR 12mm f5.6 @Kita Shinagawa, Minami Shinagawa & Hon Komagome ©tsunoken

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