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2018年3月18日 (日)

『1968 新宿』

Rimg00053 『渡辺眸写真集 1968 新宿』(渡辺眸著/街から舎/2014年8月30日刊)

 1942年生まれの渡辺眸氏は1968年の学生運動をメインで担った「団塊の世代」よりは少し前の世代になる。どちらかというと大学院生として東大全共闘委員長になった山本義隆に近い立場ということになるのだろう。

Rimg0006 ©Hitomi Watanabe

『これらの写真群は1967年からボチボチ撮りはじめた。
メディアでフォークゲリラと呼ばれた集会が機動隊によって排除され、
新宿西口「広場」が「通路」になった1969 年頃までの写真が中心だが、なかでも1968 年に撮ったフィルムが最も多かった。

当時、ある編集者にはじめて連れて行かれたのが新宿御苑近くのユニコンという酒場だ。
それからは、モダンジャズを聴かせるビザール、トレビ、木馬やDIG、
いまも健在なDUG やピットインを梯子してまわった。
花園神社での唐十郎の紅テント、ATG のアヴァギャルド映画、
歩行者天国が出来る前の路上のハプニング(パフォーマンス)……。
アンダーグランドという言葉にも新宿で出会い、らりってるフーテン達に遭遇したのもこの頃である。
渋谷や下北沢、吉祥寺ではなく、新宿が文化だった。

そんな日々が続くある夜、新宿周辺が群衆で大混乱になっているのに出くわした。
「10.21 国際反戦デー」だ。デモ隊にもみくちゃにされながら、
情報として知っていただけのベトナム戦争がもたらすものを、私は全身で体験したのだった。

1968 年の新宿に、時代が集約されていた。 ……H.W.』

 と書く渡辺氏だが、写真集の構成でもわかるように、新宿フォークゲリラや10.21 国際反戦デーなどの当時の学生(を含む若者)の反乱に出会ったのは、写真を撮り始めて「やがて」の時期だったようだ。

Rimg0004 ©Hitomi Watanabe

 そんなわけなので、学生反乱を捉えた写真は、私からすると、どちらかというと凡庸な学生運動の写真のように見える。

Rimg0002 ©Hitomi Watanabe

 むしろ、それに至る中央線ホームの行き先表示板とか、ペトリカメラ(!)の看板、出来たばっかりの小田急や京王百貨店の写真の方に、私は惹かれる。

Rimg0003_2 ©Hitomi Watanabe

『渡辺眸写真集 1968 新宿』(渡辺眸著/街から舎/2014年8月30日刊)

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