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2018年2月 5日 (月)

東武線牛田駅と京成線関屋駅

 東武伊勢崎線に乗って北千住から押上・浅草方面へ行くと、次の駅が牛田駅である。北千住という東武線としては一番大きい駅の隣の、ホンの小さい駅。各駅停車しか止まらない。駅名の由来は『江戸期に牛田村があった地であり、その名残が千住町字牛田として残されていた』ためという。

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 ところがそんな牛田駅のすぐそば、100メートルも離れていない場所にあるのが、京成本線関屋駅。『千住町大字関屋町と大字曙町の中間の位置にあることと、かつてこの地が「関屋の里」として知られる景勝地であったこと』が駅名の由来。

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 上の写真は東武線の牛田駅から京成関屋駅を見た写真。両方の駅が挟んでいるのはこんなに狭い道路に過ぎない。それなのに何故か別の駅名だし、繋げちゃえばいいのに一回外に出て、雨に降られなければ隣の駅には行けない。

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 う~ん、これは何かあるぞ、と調べてみた。こんな時にインターネットは便利ですな。何でも、誰かが調べていて疑問に答えてくれる。

 1897年(明治30年)に東武鉄道は北千住を起点に開通したんだが、本来は浅草を起点としたかった。で、1902年(明治35年)に浅草駅を開業、と言ってもその場所は現在の東京スカイツリー駅(前の業平橋)。

 一方、京成電鉄は1912年(明治45年)に押上-市川間で開業。

 要は、双方とも押上に近い場所を起点とし、片方は栃木県日光、一方は千葉県成田へと進む路線ではあったんだが、日光対成田という観光地を巡って相当なライバル意識で燃えていたそうだ。

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 牛田と関屋についていうと、昭和6年12月19日に関屋駅、昭和7年9月1日に牛田駅が出来たそうだが、お互い敵対視していた東武鉄道と京成電鉄である。両方の駅で簡単に乗り換えが出来たら便利だなあ、なんて考えは毛頭なく、両者はまったく相手のことなんかは無視。

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 ということの名残で、いまだに両駅は統一される見通しはないようだ。

 まあ、両方とも乗降客もそんなに多い駅ではないのでそれで済んでいる、ってことなんでしょうかね。

※資料は『歴史と散歩とポタリングと「牛田と関屋は近くて遠い‐東武と京成の殴り合い‐」』 より

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D @Senju ©tsunoken

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