フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 江東区砂町銀座商店街 | トップページ | 昨日から「中古カメラ市」開催 »

2018年2月22日 (木)

北陸新幹線の開業は石川県には資しているが……

 話は私がK談社の名古屋支社で北陸地域を担当していたころの話なので、既に30数年前のことになるが、そのころ既に北陸新幹線の話は出ていた。

 そもそもは1965年に東海道新幹線開業後1年にして、時の首相佐藤栄作氏が認め、1973年に整備事業計画が長野-富山間は未定のまま進められることになり、1997年に長野までが開通したのはご存知の通り。その後、18年が過ぎて2015年3月に金沢まで開通した。しかし、そこから先の福井まではまだ未開通だし、更にその先、福井県の小浜から京都まではいまだにルートさえ決定していない状況だ。

Dsc_00562_2

 北陸三県と我々はひとくくりにして考えがちなんだけれども、実は北陸といっても一つではない、というのが私が北陸を担当していたころに受けた印象だった。

 福井県、石川県は文化的には京都だし、経済的には大阪経済圏に属しているが、隣の富山県は、西の高岡市までは石川の経済圏・文化圏、つまり関西圏に属しているのだが、呉羽山から東の富山市は実は東京の経済圏だし、文化的にも東京圏に属している。

 食べ物や言葉遣いなんかも金沢とは違って富山までは東の文化圏の雰囲気だし、経済的にも東京の方からの情報で動くことが多い。同じ加賀前田藩の支藩であったにも関わらず、呉羽山という低い山がなんでそこまで両地域を分けるのかが不思議なくらいである。まあ、高岡は加賀の支藩、富山はそのまた高岡の支藩という違いはある。

「呉羽丘陵によって富山平野は二分されており、かつては言葉や風俗の境界とされていた。呉羽丘陵よりも東側が呉東(ごとう)、西側が呉西(ごせい)と俗に呼ばれる(天気予報などでは「東部」「西部」と分けられる)。富山県内の多くの箇所から見え、かつ、放送局のある富山市中心部から近いことから、頂上部には各放送局の送信塔が並ぶ。
「富山」という地名の由来について、かつて越中国の国府のあった現在の高岡市から見て、呉羽丘陵の外側にあった事から外山(とやま)と呼ばれ、それが変化して富山になったという説がある。」(WIkipedia)

 という解説があるくらい。

 かつて「春の日に 張れる柳を取り持ちて 見れば京の 大路思ほす」という、都を懐かしんだ歌で有名な大伴家持が越中の国府として左遷されたのが現在の高岡市であり、当時は呉羽山から東の現在の富山市はまだ未開の地だったのかも知れない。当然、当時は京都が日本の中心だったので、当然、京都より遠い場所は「田舎」ということだったのだろう。

 つまり、金沢を越えて高岡(越中)まではまだ京都の文化圏。高岡が「文化果つる」地、そしてそれ以東の富山から新潟(越後)、長野なんかは当時はまだ未開の地だったのであろう。

 なので、江戸時代以降は江戸(東京)が日本における政治と経済の中心、京都が文化の中心という形になったために、富山市あたりは京都に近い金沢に対抗するように東京文化、東京経済に寄り添うようになり、北陸三県とひとくくりにされながらも、石川県とはスタンスが異なる文化圏、経済圏を作り上げたんだろう。

 ということを前提として2017年9月22日(あれっ? 私の誕生日だ)に発表された北陸経済連合会のレポート「北陸新幹線の開業の整理と敦賀延伸に向けた課題」を見てみる。

 ひとつ面白いのは、北陸新幹線の開業によって富山や金沢のホテルの稼働率が一度は下がったということ。

 多分、皆さんは「あれっ?」って思うでしょ、なんで観光客が増えたのにホテルの稼働率が下がるの? っていうことですよね。新幹線ができて便利になったのに、なんで? ってなもんでしょうが、実は新幹線って本来は観光客のためのものじゃなくてビジネス客のためのものなんです。東海道新幹線だって、本来の目的はビジネス用途なんです。そこに観光客が乗っかったっていうわけ。

 東京に来た世界中の人が、「あれっ? 2時間半で京都に行けちゃうわ、金沢に行けちゃうわ」ってなもんで、例えば海外から東京にビジネスで来たついでに、あるいは同伴者と一緒に日本にきた海外からのビジネス客が京都や金沢に行ける、っていうところが実は京都や金沢の「観光地」としてのレーゾンデートルなんですね。そんな人たちは、まあ日程に余裕がある人たちは宿泊で行くけれども、余裕がなければ日帰りで東京から京都、金沢に行っちゃうんです。

 つまりこれって、ビジネス客のビヘイビュアなんで、彼らは基本的に日帰りができる距離(時間)ならば、その日のうちに東京の本社に帰って仕事をするんですね。この辺の感覚はビジネス客も観光客も同じ。ただし、ビジネス客はその後も同じように毎回日帰り出張を繰り返すんだけれども、観光客はもし日本に来るのが二度目以降なら、京都や金沢でもう一泊をするようになる、っていうこと。まあ、一泊二日位の観光場所は金沢にはかなりあるもんね。

 ということで、金沢のホテルは開業二年目からは再び稼働率が上昇するっていうことになったのである。その一方、富山は相変わらず稼働率自体は前の年と変わらないが、要は観光客からは順次宿泊対象じゃなくなってきたっていうわけ。金沢からも近いから、金沢のついでに富山観光も……、ってな感じなんだろう。

 この辺は金沢は北陸の中心都市ということでビジネスの用事で来る人もあると同時に、兼六園、金沢城とかいろいろ観光施設もあるということが、あまり観光施設がなくどちらかというとビジネス目的の企業が多い富山との違いなのである。

 勿論、結果として富山県に北陸新幹線が資することは多いんだけれども、残念ながらビジネス以上のプラスαはなかったってことでしょう。でも、ビジネス面で大きなプラスがあることは富山県にとっては大事なこと。まあ、観光に関しては、立山とかの自然資産をどれだけ外国人にアピールできるかなんだけれども、立山になっちゃうと登山の準備もしないとだめなんで、結構この自然資産というのは難しいかもしれない。

 でもまあ、基本的なことを言ってしまうと、元々「ビジネスと観光」で売ってきた金沢に比較して「ビジネス・オンリー」で進んできた富山なんで、相変わらず金沢に比較して地味な存在なのかもしれないが、富山は富山なりの存在価値はあるのだ。

 じゃあ、これから開業(するかもしれない)福井以西、京都まではどうなんだ? ってことになるんだけれども。

 う~ん、なんかあんまり明るい未来像は描けないなあ。

 もともと、経済的にも文化的にも、とりあえず京都から福井を飛び越して金沢に行ってしまってきたんだけれども、その関係論は北陸新幹線が全通しても変わらないのじゃないか。まあ、東京から一番遠い地域ってのは変わらないんだが、じゃあ京都から北陸で一番近いってのも、実はメリットにならないんだなあ。

 2023年金沢-福井-敦賀間開通はまだ少しは見えているんだが、2030年敦賀-小浜-京都間開通って言われてもねえ。その頃に日本経済がどうなっているかは見えていないし、もはや依然と同じ拡大経済の時代ではないでしょう。

 縮小経済の中で、どうやって北陸新幹線の全通を迎えるのか。それが福井経済の大きな課題ではないだろうか。

Dsc_00032

NIKON Df AF NIKKOR 24-85mm f2.8-4 D @Kanazawa ©tsunoken

« 江東区砂町銀座商店街 | トップページ | 昨日から「中古カメラ市」開催 »

経済・政治・国際」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/66417954

この記事へのトラックバック一覧です: 北陸新幹線の開業は石川県には資しているが……:

« 江東区砂町銀座商店街 | トップページ | 昨日から「中古カメラ市」開催 »

2018年8月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?