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2018年2月20日 (火)

東京は坂の町、川の町

 東京(江戸)は皇居(江戸城)を境に、西側が武蔵野丘陵の山の町、東側が一部東京湾(江戸湾)の埋め立て地を含む、低地に分かれている。

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 この坂の町に目を付けてその東端に江戸城を作ったのが太田道灌であり、その江戸城を中心に、西の高台に武家屋敷町を作り(山の手)、東の低地に町人の住む街(下町)を作ったのが徳川家康である。

 家康がすごかったのは、その東の低地のあちこちに運河を作って、江戸以外の日本中から来る物資の集積地として荷揚げをする場所を作り、さらに倉庫街を作り、そこにある物資を扱う商人の住居を作った点である。

 まあ、このころの運河っていうのは、現在のトラックが走り回る広い街道みたいなもんなんですね。その辺の家康の都市計画って現代でも通用するようなものではある。

 まあ、この辺が平地に大阪城と大阪の町を作った豊臣秀吉との違いかな。

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 さらに、西の高台に住む武士階級は、常に町人を見下ろす立場にいることによって、いやでも下の町に住む町人に対して「自分は特別なんだ」という意識を持たせ、「町人=商人」の持つ「お金の力」に負けない「自己意識の高い存在」として自らを位置付けたわけだ。

 まあ、人間なんて動物と変わりませんね。別に住んでいるところで身分の上下関係なんてのは本来ないはずなのに、何となくそう感じさせてしまう人間の心理まで家康は読んでいたんでしょうか。

 まるで、猿山のサルですね。所詮、人間なんて。

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 てなことを考えると、明治維新ってその「下町」に住んでいる町人たちが、薩長の田舎侍と組んで仕掛けた「下剋上」だっていうことなんですね。

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 まあ、「下の町」に住んでいる住民が、「上の町」に住んでいる住民をやっつけて、下の町から山の手人種を逆に支配してしまおうっていう、まるで絵に描いたような下剋上。

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 上の町に住んでいた武士階級は、それでなくとも既に手にしている資産の比較でもって町人に負けていたんだけれども、それ以上に「下の町」の住民により、武士たる自意識(プライド)はズタズタにされたんだろうなあ。

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NIKON Df AF NIKKOR 20mm f2.8 D & EPSON R-D1s VOIGHTLANDER COLOR-SCOPAR 21mm f4 @Azabu Juban & Fukagawa ©tsunoken

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