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2018年1月14日 (日)

関口カテドラル教会

 文京区関口の椿山荘の前にあるのが、カトリック関口教会。日本のカトリック教会をまとめる、仏教風に言ってしまえば、総本山みたいなものだ。その上には、ローマ法王庁が直接つながっている。

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 その「本堂」にあたるのがこの聖堂で、正式名称は「東京カテドラル関口教会 聖マリア大聖堂」という。丹下健三氏(っていうか、この時期の大建築ってみんな丹下健三設計なんだよな)の設計により1964年に造られた聖堂なんだが、それまでのキリスト教建築とはまったく一線を画した形状で、当時の世間を沸かせたものだ。

 とは言っても、決して奇をてらったものではなく、上空から見れば十字架の形が見えるという、キリスト教の教会様式はキチンと踏まえた建物なのである。

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 ところがその日本のキリスト教の殿堂で1967年に、皆が皆「あれっ?」って思う出来事があった。

 戦後の第73・74・75・78・79代の外務大臣で、第45・48・49・50・51代の総理大臣を務めた人の葬式が行われたのである。その後、日本武道館で国葬として執り行われたことは有名なんだが、その前に、カトリックのお葬式が行われたのである。

 何しろ「1952年(昭和27年)11月の明仁親王の立太子礼に臨んだ際にも、昭和天皇に自ら「臣茂」と称した」人である。なんせ、戦中から戦後すぐの時代に政治家だった人である。もう当然、神道かせいぜい仏教徒だと思っていたんだが、実はクリスチャンだったというのは知らなかった。

Dsc_00382

 ところが、そこにはもっと変なことがあって、その葬式を取材しに来たカメラマンの中に変な人が紛れ込んでいたのである。まあ、これって上に書いた以上の『皆が皆「あれっ?」って思う出来事』なんですねえ。今にして思えば……。

 まあ、当時のスタンダードなニュース取材カメラであるニコンFを下げていたのは分かるんだが、それに装着していたのはニッコール21ミリってどうよ。まあ、ニュース取材のカメラは基本的ニコンFしかない時代だから、それはいいんだけれども、普通だったら装着するレンズは35ミリか50ミリに準望遠レンズっていうのが屋内撮影の基本でしょ。それを21ミリだけつけて、そんな警戒充分なはずの元総理大臣のお葬式にもぐり込んだのは、当時、日本大学藝術学部写真学科に在籍していた後の写真機家にしてライカの神様、田中長徳氏、その人であった。

 まあ、ニッコール21ミリを装着していたのがライカM2じゃなかったのはご愛嬌だけどね。

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 うーん、IDカードなんてない時代だから、まあ表向きニコンFをぶら下げてれば基本OKってな警備の状況だったんだろう。今なら、すぐにとっ捕まって、取り敢えず青バスに収容だもんなあ。で、警察に連行されてお説教って感じでしょうか、別に悪いことをしていたわけではないからね。

 1967年という結構物騒な時代背景を思い出しているんだが、その程度の警備状況で大丈夫だったんだ。結構、牧歌的だったんですね。

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NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D @Sekiguchi ©tsunoken

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