フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 「35mmカメラにとって50mmレンズって、どういう意味のレンズなのか」ということの考察 | トップページ | 千葉県庁は千葉駅にはない »

2018年1月22日 (月)

東京周縁部を往く:板橋高島平

 この「東京周縁部を往く」というシリーズは、たまたま荒川や江戸川などの東京の北や東の端っこが、もともと私の知っている場所だったせいと、同時に私のサイクリングコースだったということの二つが重なってできたシリーズである。

Epsn42142

 なので、多摩川が「周縁部」に加わったのは少し後になる。荒川や江戸川で東京の東と北の端、多摩川が南の端なんだが、西がない。まあ多摩川も上流まで行けば西の端になるのかもしれないが、それは相当西に行かないと「東京周縁部」にはならない。

 一時期、東京を23区に限って取り上げ、杉並区・練馬区あたりを「周縁部」に加えようとしたんだが、そうなると多摩地区が東京に入らなくなるので、それはダメ。

Epsn42302

 ということで、なかなか西の周縁部に行き当らないまま、このシリーズも進んでしまった。まあ、たいした理由で始まったシリーズじゃないというのがバレてしまいますね。

Epsn42622

 そんないい加減な理由で始まったシリーズなので、しばらくは私自身がそのようなシリーズがあることを忘れていた。

 で、高島平へ行く途中に思い出したのが、このシリーズだったのであります。

 この高島平は江戸時代までは「徳丸ヶ原」と呼ばれ、幕府の鷹狩場や砲術訓練所があった、荒川の後背湿地だったんだけれども、明治に入ってその湿地は整備されて「赤塚田んぼ」とか「徳丸田んぼ」と呼ばれる稲作地帯となった場所である。

Epsn41982

 西台の駅前にある馬頭観音や、高島平駅を北に行くとある「徳丸ヶ原公園」に行くと、徳間ヶ原遺跡の碑なんかがあって、そうした土地の由来なんかが分かるようになっている。

Epsn42532

 が、現在はそんな「昔の湿地帯だった」なんていうことは、別に誰も意識しないで住んでいるっていう訳なんだけれども、たしかに赤塚城なんかがある多摩丘陵の東の端の崖の下っていう感じは、赤塚公園まで行くとよく分かるようになっている。また、三田線に乗っていても志村坂上から志村三丁目へ移動する際によくわかる。

Epsn42702

 で、昨日のカメラとレンズなんだが、デジタルレンジファインダー・カメラに35mmレンズなんだが、カメラの撮像素子がAPS-Cサイズなので、35mm換算で50mmになる。ということで、この間、三日間は50mmで撮影したことになります。どう違うのか? いずれ語ります。

EPSON R-D1s Leitz Canada Summicron 35mm f2 @Takashimadaira ©tsunoken

« 「35mmカメラにとって50mmレンズって、どういう意味のレンズなのか」ということの考察 | トップページ | 千葉県庁は千葉駅にはない »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/66306230

この記事へのトラックバック一覧です: 東京周縁部を往く:板橋高島平:

« 「35mmカメラにとって50mmレンズって、どういう意味のレンズなのか」ということの考察 | トップページ | 千葉県庁は千葉駅にはない »

2018年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?