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2018年1月18日 (木)

『日本史の内幕』でNHK「歴史秘話ヒストリア」の秘密が少しわかったぞ

 いやあ、「JR SKI SKI」のCMにつられて、思わずAmazonでポチッしちゃいました、『私をスキーに連れてって』。

 懐かしいなあ。フィルムコンパクトカメラ(バカチョンカメラ」と言ってはいけません)でしょ、ダイアル式の電話機(!)でしょ、全員が持っているわけではないブラウン管方式でフロッピーディスクドライブ付きのパソコンにドットインパクトプリンターでしょ。そうかもう30年も前にの映画だったんだよなあ。そういえばユーミンの『SURF & SNOW』を聴きたくなっちゃったなあ、なんてまたまたAmazonでポチッしそうになって、あれっ? 確か『SURF & SNOW』はCD持ってたはずだよなあ、なあんて昔を懐かしんでいる場合ではないのだ。

「晴撮雨読」なんて構えているのだが、正月からここずっと晴れの日が続いていると、思わず外に飛び出してしまい、本はどんどんたまっていくだけだ。ただし、よくないのは形を伴った本じゃなくて、「たまっていく」って言ったって、それはKindleの中にたまっているだけなので、「積読」しているという概念が弱い。う~ん、いけないなあ。

 ということで、取り敢えず、本の形をしている本から片付けていこう。まあ、この本、Kindle版が出ていないようなので……ってのもあるし。

Photo 『日本史の内幕 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで』(磯田道史著/中公新書/2017年10月25日刊)

 磯田道史氏って言えば、NHK『歴史秘話ヒストリア』でもって、その日本史に関する博識・碩学ぶりには常々感心していたし、明治維新に関する公平な考え方、つまり維新政府=薩長=官軍側にだけ一方的に立ったものの見方ではないことから、会津松平藩・日新館の教師の末裔の私としては、かなり信頼をおいていた人なんだ。で、なおかつ書店で立ち読みしていた際にみつけた一文が気になって買ってしまったんだ。

『会津で戦死、若き親戚を弔う

 会津に行った。仕事である。徳川宗家一八代当主の徳川恒孝氏、会津松平家一四代当主の松平保久氏と「徳川家に息づく会津の魂」という鼎談をすることになって、まだ寒さの残る会津に入った。
 それが終わった翌日、私には行くところがあった。実は幕末期、私の家の親戚が会津戦争で戦死している。私の高祖父は磯田弘道といい、これが当時の当主。その義弟。緒方益太郎というのが会津戦争で死んだ。享年二十二。会津でこの親戚の墓をみつけだし、誰かが行って合掌するのが、我が家の長年の懸案になっている。』

 という一文を読んで、「すわ、この磯田何某は会津の出であったか。なるほど、私の腑に落ちる歴史解説が多いはずだ」なんて早とちりをしてしまったんですね。それだけ読んで、この本を買ってしまった。もうちょっと先まで読んでからにすれば、そんな早とちりをする必要はなかったんだけれどもね。

『緒方家は岡山藩の上士であった。足軽(銃卒)を統率する司令になる家だった。』

『会津では新政府軍を官軍とは呼ばない。官軍墓地は西軍墓地という。『幕末維新全殉難者名鑑』によると、緒方は会津の融通寺口で明治元(1868)年八月二十九日に戦死している。まず融通寺脇の西軍墓地を探した。
 すると、あった。「官軍備州藩」とある墓に六名の岡山藩将兵が合葬されている。風化した墓碑を読むと二人目に「令官 緒方益太郎邦昌」。参る人もなく草に覆われていた。「やっと来ました」と言いながら草をむしった。
 八月二十九日、岡山藩兵は会津若松城の外郭・融通寺口に胸壁を築いていたが、抜刀の斬り込みで有名な会津藩兵・佐川官兵衛の兵団が突撃してきた。先鋒の辰野源左衛門率いる歩兵隊に、岡山藩兵は蹴散らされ緒方はあえなく戦死した。
 その状況はだいたい想像がつく。岡山藩の戦死者は六名中四名が司令以上。他藩にくらべて指揮官の戦死率が以上に高い。岡山隊トップ「監軍」の雀部八郎まで戦死している。岡山藩は軍装が古い。黒づくめの服装の薩摩藩などと違い。上士が陣羽織など、きらびやかな服装で見分けがついた可能性がある。なまじ上士は真っ先に逃げるわけにいかない。逃げ遅れて狙撃されやすかったのではないか。
 とにかく緒方たち岡山藩兵が、心底、会津藩を攻めたかったはずはない。会津藩兵も自国に攻め込まれたので必死で抗戦したにすぎない。二十二歳の若者が、こんなふうに死んで埋められ親戚が合掌しにくるまで一四八年。こんな馬鹿な話はない。昔は日本のなかでもこんな愚かなことをやっていた。』

 と、ここまで読んでいれば早とちりをする必要はなくて、この本を買わなかったかもしれない。しかし、早とちりもたまにはいいもんで、おかげで磯田道史氏の碩学ぶりの謦咳に接することができたわけだ。

 本書は、磯田氏の『武士の家計簿』なんかと違って、この本自体でまとまった内容はない。その代わり、数多くの「モノゴト」についてのいろいろな参考になる文書や事項などが紹介されている。

 内容を目次からひろってみると……

第1章 古文書発掘、遺跡も発掘
第2章 家康の出世街道
第3章 戦国女性の素顔
第4章 この国を支える文化の話
第5章 幕末維新の裏側
第6章 ルーツをたどる
第7章 災害から立ち上がる日本人

 私が早とちりをした「会津で戦死、若き親戚を弔う」は第5章の一部。おお、もしかしたら会津側から見た「薩長同盟・官軍の正体・明治維新の国民に対する裏切り」なんてのが語られると思ったら、必ずしもそうではなかった。

 ただし、「明治維新政府の国民に対する裏切り」については、他の章でも触れられており、まあ、少しは留飲を下げたってところでしょうかね。

 岡山藩ってのも所詮外様大名だったわけで、かといって積極的に薩長に与したわけでもないし、言ってみれば否が応でも官軍に巻き込まれてしまった小藩に過ぎない。そんな小藩のなおかつさほど上級の武士ではなかった人(でも「上士」ではあった)の末裔に過ぎない磯田氏の、結構、公平な見方をする歴史観には、ますます好感を持ったというようなわけである。

 まあ、そんな意味では「早とちり」もたまにはいいのかもしれない。

『日本史の内幕 戦国女性の素顔から幕末・近代の謎まで』(磯田道史著/中公新書/2017年10月25日刊)

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