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2017年12月22日 (金)

「投げ込み寺」(浄閑寺)から浅草へ

「あれっ? 「ジョイフル三ノ輪」については何も書かなかったなあ」なんてそらっとぼけたことを書いて、次の日なのでありますが、一体この男(って私のことか)何を撮りたくて、街をうろついているんだ。ってな顔をしてますね、この都鳥は。

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 ジョイフル三ノ輪から日光街道を渡って反対側にあるのが、吉原女郎の投げ込み寺として有名な浄閑寺である。

 境内には「新吉原総霊塔」というのがあって、関東大震災で亡くなった遊女たちと一緒に、まさしく「菰ひとつで投げ込まれた亡くなった遊女」たちも一緒にまつられている。

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「生まれては苦界、死しては浄閑寺」と言われているその浄閑寺の門前には、フォトグラファー荒木経惟氏の実家であった下駄屋があったんだが、今はない。

 で、その浄閑寺の前の今は狭い道になっている部分が、昔は山谷堀と呼ばれる川があって、隅田川から吉原へ通う猪牙舟(ちょきぶね)が通っていた川だったが、現在は暗渠になっていて、吉原大門からちょっと先の、隅田川側だけが公園となって残されている。

 その山谷堀公園の脇にあるのが、我が家の菩提寺、慶養寺なのであります。

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『浅草・今戸の慶養寺の門前に、〔嶋屋〕という料理屋がある。
 表構えは大きくないが、奥行きが深く、裏手は大川(隅田川)にのぞんでいて舟着きもあるし、気のきいた料理を出すので、秋山小兵衛も贔屓にしていた。
 秋になると、あぶらの乗った沙魚を酒と生醤油でさっと煮つけたものなどを出して、小兵衛をよろこばせる。
 だが、いまは秋ではない。
 この年の、梅雨の晴れ間の或る夜のことだが、嶋屋から座敷女中に見送られて外へ出てきた客が、今戸橋の北詰を右へ曲がった。
 右手は慶養寺の土塀、左手は山谷堀である。
 この客は中年の侍で、総髪も手入れがゆきとどいているし、夏羽織と袴をつけた風采も立派なものであった。』

 故・池波正太郎氏の『剣客商売』13巻『波紋』から『敵』の書き出しである。

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 池波正太郎氏の小説に出て来るお寺が菩提寺ってのも、粋なもんですね(©木村伊兵衛)。って、別にそれだけのことで、粋ではないか。

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NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Minowa Arakawa, Asakusa Taito ©tsunoken

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