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2017年12月18日 (月)

実はユージン・スミスは、あまり好きなフォトグラファーではない

 東京都写真美術館で「アジェのインスピレーション」と同時に開催されているのが、『生誕100年 ユージン・スミス写真展』である。

Dsc_00163

 ユージン・スミスっていうと水俣病の取材で日本では一挙に有名になった写真家なんだけれども、水俣病に出会うまでのユージン・スミスって、特別何か優れたところのある写真家だったんだろうか、っていう疑問がある。

Photo

W. Eugene Smith, Hitachi, Japan, 1962. Photograph by Kozo Amano.

 まあ、知っているのはこんな何台もカメラを持って取材行をしている姿位のもので、それはまあプロが使えるズームレンズがない時代だったので、やむなく何台もの焦点距離のレンズをつけたカメラを複数台同時に持って取材にあたるというのが当時では当然だったという位のもの。まあ、この写真のユージン・スミスみたいに9台も持っている極端な人はあまりいないが、ベトナム戦争当時は、135mmか200mmを装着したニコンFと、50mmとメガネ付き35mmのライカM3という3台持ちが普通だったわけで、ユージン・スミスの9台持ちってのは、単にそれが少し大げさになったってなもんでしょ。

Dsc_00362

 ユージン・スミスが水俣病と出会うまでの写真家生活の大半は戦争写真家だったわけで、それはつまりアメリカという「戦勝国からの視点」に立ったルポルタージュだったってことなんだ。勿論、それは「ライフ」というアメリカの雑誌に掲載するための写真を撮っていたからということなんで、考えてみれば当たり前ということなんだけれども、その「ライフ」のフォトエッセイというスタイル自身が、私には問題があるように思えてしまう。

 つまり、フォトエッセイというスタイル自身が、読者に対して写真家個人の思い入れのようなものがあるように見せていながら、実はそれは戦争を遂行するアメリカ国家の立場を体現しているのである。フォトグラファーのエッセイというようなスタイルをとってはいるが、実はそれは戦勝国のプロパガンダだったっていうわけ。まあ、フォトグラファーという個人の立場でもって国家の意思をオブラートに包んでしまうわけだ。

Dsc_00352

 そうした写真をずっと何の疑問もなしに撮ってきたカメラマンが、何故、突然、水俣病に出会うや否や平気で「反公害派」になれてしまうんだろうか。

 その辺がよく分からないのだ。

 下の本を読んでもね。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D @Yebisu Garden Place ©tsunoken

『ユージン・スミス―水俣に捧げた写真家の1100日』(山口由美著/小学館/2013年4月1日刊)

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