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« 『江戸前 通の歳時記』う~ん、イキなもんですねえ。 | トップページ | 「投げ込み寺」(浄閑寺)から浅草へ »

2017年12月21日 (木)

ジョイフル三ノ輪商店街

 ここのところ、田中長徳氏の本『東京ニコン日記』をふたたび、みたび読んでいる。

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 新書版730ページにわたって掲載されているのは、そのほとんどが田中氏が1969年から1970年にかけて、ニコンFとライカM2で、さらにそのほとんどはニッコール21mmか35mm、28mmで撮影した東京の写真だ。

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 1947年生まれの田中氏にとっては1969年という年は、大学(日大藝術学部写真学科)を卒業して、日本デザインセンターに入社した年だ。超一流のクリエイティブハウスに入社して(多分)鼻高々になっていた長徳青年を迎えたのは単なるカメラアシスタントとしての単純労働の日々だった。まあ、大学を出て自分も「いっぱし」だと誤解した大卒生を襲うのが、昔からそんな「下積み生活」なのだ。

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 そんなデスペレートな毎日の仕事を忘れるように、長徳青年は(多分)毎週末には街に飛び出し、「何でも撮ってやろう」とばかり東京の街を撮影し続ける。

 ただし、東京の写真といっても、田中氏が生まれた文京区音羽界隈や銀座などに限定されている。遠出して撮影しているのは、仕事でロケなどに出かけた際の空き時間に撮影したショットが多い。つまり、この頃の「週末」とは日曜日だけの時代であるので、さほど遠出ができなかったんじゃないだろうか。で、いつも行きなれた場所をちょっと違った視点から見てみる、というような写真になっているのである。

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 実はその撮影姿勢っていうのは、同じ田中氏の写真集『ウィーンとライカの日々』にも通底するものであり、実はその後の田中氏の写真にもすべて通底する「なにものをもない写真」なんである。

 まあ、コンテンポラリー写真の一種と解釈する人もいるだろうが、別にそういうジャンル分けはあまり意味のあることではなくて、写真というものが「何か意味を持っていなければならない」と考える人にとっては、とんでもない写真なのかもしれないが、結局、「写真自身は意味を持っていない」ということ、「何かその写真に意味があるように考えるのは、後付けで写真を見た者が意味を勝手に付与しているだけ」だからなのである。

 そういう意味では、この田中氏の二つの写真集『ウィーンとライカの日々』『東京ニコン日記』は、そんな「意味を持たない写真」を狙っている私にとってはバイブルなのである。

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 まあ、新書版730ページという厚みも、まさに「バイブル」サイズであります。

 あれっ? 「ジョイフル三ノ輪」については何も書かなかったなあ。都電荒川線三ノ輪橋駅前のアーケード商店街なんですけどね。

NIKON Df AF Nikkor 35mm 2 D @Minami Senju Arakawa ©tsunoken

『東京ニコン日記』(田中長徳著/アルファベータ/1998年6月1日刊)
『ウィーンとライカの日々』(田中長徳著/日本カメラ社/1996年8月20日刊)

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