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2017年12月11日 (月)

アジェをそんなに勝手に解釈していいものなのだろうか

 東京都写真美術館で同時開催されている写真展の一つが「アジェのインスピレーション 引きつがれる精神」というもので、当然、アジェの作品群が展示されているんだが、同時にベレニス・アボット、ウォーカー・エヴァンス、リー・フリードランダー、森山大道、荒木経惟、深瀬昌久、清野賀子の作品群も展示されている。なんか、それがイマイチ私には理解できないんだなあ。

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 アジェはもともと純粋な写真家ではなかった。というか、アジェの生きていた19世紀末から20世紀初頭の時期は「純粋に写真を芸術として鑑賞する」という時代ではなく、あくまでも絵画のための参考資料でしかなかった。

Dsc_00042

『モンパルナスには多くの芸術家が住んでいた。アジェはアパートのドアに手書きの「芸術家の資料(documents pour artistes)」という看板を掲げ,芸術家に写真を売る生活をはじめる。画家に成ろうとしていたとき,多くの芸術家が作品の資料となる写真を求めていることを知ったためだ。ともあれ,アジェは生活のために写真をはじめた』(Wikipedia)

 という時代ではあったのだ。

Dsc_00152

 勿論、アジェの写真にリアリズムを超える「モノ」を見つけて評価したシュールレアリスト、マン・レイによる紹介というものはあったのだが、しかし、その写真の撮影意図はあくまでも「絵画のための参考資料」でしかなかったはずだ。

Dsc_00242

 アジェの写真集も、撮影当時に発表されたものは以下の通り。

『アジェは41歳のときから30年間に約8000枚の写真を残した。アジェは自分の気持ちのおもむくまま写真を撮ったのではない。パリ市歴史図書館などの購入者がおり,テーマを決めて計画的に撮影している。アジェ自身が作成したアルバムは次の7つがある。
1.パリの生活と仕事 146枚 1898年 ~ 1900年
2.パリの乗り物 57枚 1910年
3.パリの屋内:芸術的,絵画的そして中産階級の 54枚 1910年
4.パリの仕事,店そしてショーウィンドウ 59枚 1912年
5.古きパリの看板,そして古い店 58枚 1913年
6.パリを囲む城壁跡 56枚 1913年
7.パリの旧軍用地帯の住人の様子とその典型 62枚 1913年~1914年』

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「街の写真」というのは、誰もが通る写真の基本である。しかし、ウジェーヌ・アジェの写真と、ウォーカー・エヴァンスなどの幾分かでもジャーナリスティックな写真との共通性というものが、私には見えない。まあ、もしあるとすれば、リー・フリードランダーや森山大道のような「コンポラ写真的な」(森山大道をコンポラ写真のジャンルに入れるのは抵抗がある人がいるとは思うが)写真がある程度なのかもしれない。

 まあ、写真なんて何物をも語らない芸術表現であるから、それをどう解釈しようが、それはあくまでも「観察者」の特権でしかないが、なんかちょっと違うなあ、とは私は思い続けるのであった。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D @Yebisu Garden Place ©tsunoken

『Paris 1857-1927 Eugene Atget』(Eugene Atget/TASCHEN)

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