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2017年11月26日 (日)

tsunokenのリハビリ日記:手術後26日目は黒門町の師匠をたずねて

 噺の世界で「黒門町の師匠」と言えば、八代目桂文楽のことだった。

 高座でいつの間にか寝てしまうなんていう破天荒な五代目古今亭志ん生の落語スタイルに比較して、細部までキッチリ作りこまれた文楽の噺っていうのも、私は好きだった。特に「明烏」なんて最高で、何度も聞きましたがな。

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 で、その「黒門町の師匠」が住んでいる「黒門町」っていうのは、湯島天神なんかがある丘の下、湯島天神から湯島中坂を下りて行って、不忍通りを横切った先にある「黒門小学校」のあたりかと思っていたのだが、どうもそれは違ったようだった。

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 もともと「黒門」って何なのか? 上野寛永寺の総門が黒門だったために、その門前町を「黒門町」と呼んだのがはじまりだったようだ。現在の場所的には、不忍池弁天堂の前を通って、上野公園の裏通りに出て、清水観音堂に至る階段の下あたりから、池之端の交差点に出るまで辺りが、元黒門町だった。

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 場所的には、上野山内の出入り口にあたり、不忍池畔で風光明媚、昔はいろいろな料亭なんかが多く出ていたであろう場所である。うーん、そんな賑やかな場所で生活していたんだろうか、という疑問と同時に、そんな賑やかな場所で生活していたからこそ、「噺」がますます研ぎ澄まされたものになっていったんじゃなかろうか、とも考えられる。

Pdf

 いずれにせよ、上野なら鈴本演芸場もすぐそばだし、その寄席に出演した後には湯島あたりの飲み屋で人心地ついて後、黒門町の自宅(長屋?)に帰ったってのも、なんか「粋ですね」。

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NIKON Df AF Nikkor 28mm f2.8 @Ikenohata Taito ©tsunoken

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