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2017年11月24日 (金)

tsunokenのリハビリ日記:逆光

 昨晩から降っていた雨も上がった午後、やっと出かけられるってなもんで、千石交差点から新目白通りを南下して、春日まで出かける。

Dsc_00222

 秋の日も午後2時くらいになると結構傾きを増して、かなりな部分が逆光での撮影になる。勿論、それはそれを「意図すれば」という条件付きなんですけれどもね。

Dsc_00062

 逆光になると、その影の部分はほとんど映像として形をなさなくなってきて、「写真」としての情報を持たない映像になってしまう。

Dsc_00042

 しかし、この「写真としての情報を持たない映像」こそは、私がそれにフォトジェニーを感じてしまう映像でもあるのだ。

Dsc_00092

 ロバート・キャパのようなジャーナリズム・フォトの観点からしたら、この「情報を持たない映像」というものには、何の価値もない。ならば、アンリ・カルチエ=ブレッソンだったらどうなんだろうって考えてみる。とすると、やはりブレッソンの時代には、私のようなあえて情報の少なさを求めて逆光で撮る、というような写真はなかったようだ。

Dsc_00232

 それは多分彼らの時代には「あえて逆光で撮る」という発想がなかったんだろう。つまり、写真というものは「その画面に映し出された事実」が大事なんであって、何にも写されていないような写真には価値がなかった時代なのである。

 また、彼らの、まあ「アナログ・フォトの時代」のレンズの描写能力や、フィルムの再現能力では「逆光」を愉しむ余裕のようなものがなかったのかもしれない。その結果、順光撮影や逆光でも、太陽(光源)との位置関係では逆光なんだけれども、それにライトやレフ版を当てて、逆光の逆光という撮り方をするんだ。

 それはそれで撮影テクニックとしてはよく分かっているんだが、私は「逆光で黒くツブれた写真」が好きなんですねえ。要は、デジタル・カメラの高性能レンズのおかげで撮れるようになった、全然撮れない光、っていうのが実は好きなんです。

 なかなか、フォトジェニーでしょ。

NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Hon Komagome, Sengoku ©tsunoken

 

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