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2017年11月

2017年11月30日 (木)

tsunokenのリハビリ日記:久々の銀座で10,000歩

 なんか久しぶりに銀座へ行ってきた。

 パソコンの撮影記録を見てみると、10月26日に銀座・京橋方面へ撮影に出ているので、それからひと月あまりも銀座には行っていなかったんだなあ。

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 まあ確かに、前に銀座にいってその次の次の日には入院して、それから四週間近く病院にいたわけなので、まさしく久々の銀座行きではあります。カメラを抱えて銀座行きっていうのが常態と化していた部分もあるので、そんな意味ではまさしく「久々の銀座」なんであります。

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 なんで銀座に行ったのか?

 実はITOYAでFILOFAXのシステム手帳の中身を買いに行ったって訳なんです。今どき、別に銀座の伊東屋まで行かなくてもファイロファックスぐらいはどこでも買えるのに、なぜ銀座ITOYAなんだって思いますよね。

 いやあ、実は昔は伊東屋じゃないと買えなかったんだよね……なんて、オールドユーザーみたいな生意気な口をきいたりするんだけれども、そういう時代もあったんですね。今から20~30年くらい前までは。

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 で、ITOYA(伊東屋)なんです。

 伊東屋もビルが新しくなって前よりは入りやすくなった。去年までは、まだ新しいビルにお客さんも従業員も慣れていない感じで、どこに何があるのかも分かりづらかったりしましたが、さすがに今年はそんなこともなくて、システム手帳は本館の4階にあります。

 私がここで毎年買うのが、「ONE DAY ON A PAGE DIARY」という、1日1ページのダイアリー。

 基本的に予定はスマホのカレンダー・アプリの方が書き直しがいくらでもできるので、予定表はスマホ、じゃあシステム手帳は何なんだ、って言えば、まあ日記帳ですね。その日の天気から、行ったところ、感じたこと、歩数、消費カロリー、体重などなど、なんでも書いておく。

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 予定の方は、今はスマホのアプリだが、昔はシャープなんかのPDAを使っていたし、PDAが出る前は薄っぺらい予定表だけを使っていた。

 まあ、予定と結果を分けて記録、っていうか最終的に残すのは「日記」だけなんですけれどもね。これはデジタリはダメ。一発でデータは吹っ飛んじまうデジタルではだめで、こればかりはアナログ記録なんですね。

 とか何とか言ってるんだけれども、でも定年で会社を辞めた時、それまでの30数年分の手帳は全部捨ててきてしまった。ちょっとこれは失敗だったなあ。

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 ということで、FILOFAXのONE DAY ON A PAGE DIARYを買いに久々の銀座へ行った、っていう話。

 あ、勿論「リハビリ日記」なので1日1万歩は実施しています。18時時点で10,123歩。

 まあ、こんなもんかな。

NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Ginza Chuo ©tsunoken

2017年11月29日 (水)

tsunokenのリハビリ日記:もはや1日1万歩は当たり前……か?

 もはやカメラ散歩で1万歩っていうのは当たり前になってしまった。このブログを書いている時点で10,818歩歩いている。って、二日くらいで慢心していていいのか?

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 まあ、慢心しているのではないけれども、手術以前は毎日カメラ抱えて1万歩ってな調子で東京の街をあっちに行ったり、こっちに来たりしていたわけで、つまり、前の体調にだいぶ近くなってきたってことなんだな、と自己確認。

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 明後日は日本医大の循環器内科へ行って、内科検診をしてもらうんだが、まあ、これは毎月通っているM谷内科医院とほとんど検診内容は同じなので、取り敢えず「行くだけ」みたいなもんであります。

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 ポイントは12月6日の心臓外科の健診。私の手術を実際に執刀した先生自身による術後検診なわけです。

 手術をして、退院後の最初の検診なので術後の状態を見るっていう意味では、大変大事な検診ではあります。その結果次第では、以降は年に1回だけの検診で、普段の検診は主治医に任せるということになるのか、あるいはもうちょっと様子を見ようということになるのか、まあ、それがあるからこちらも何とでも無理して1日1万歩なわけなんですね。

 その意味では、この「リハビリ日記」も、取り敢えずの目標は、この12月6日に置いてあるわけで、それを過ぎれば既に「リハビリ日記」ではなくなるって訳で、楽しみなあと一週間なわけです。

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 で、それまでは毎日毎日カメラ抱えて1万歩っていう予定をこなしていくつもり。まあ、だんだんと「リハビリ色」はなくなってくるとは思いますがね。

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NIKON Df AF Nikkor 50mm f1.8 G @Old Nakasendo Toshima & Itabashi ©tsunoken

 

2017年11月28日 (火)

tsunokenのリハビリ日記:目標達成1万歩……も、結局はご近所徘徊

 昨日は午前中にいままで通っている主治医の千駄木はM谷医院まで通った。心臓手術から4週間、退院から1週間過ぎたので、病院での治療と現状の報告だ。まあ、もともとはこの医院で受けた健康診断で心筋梗塞が見つかったってのもある。

 まあ、実際には昨日は治療はなしで、簡単な診察のみでありました。毎月1回通っている主治医へのご機嫌伺いみたいなもんですね。

 ということなので、投薬も結局病院からの投薬のみで、医者とはお話しのみではありました。

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 ということなので、午前中に通院は終わり、お昼に帰ってきてからは少し休んで、午後はどうしようかなってなもんです。日本医大に入院する前までは、医者に行った日の午後は、大体西新井大師なんかに行って、散歩をしてくるってのが通例になっていたので、ただし、昨日はまだまだそこまで元気じゃなかったんで……。

 で、午前中の歩行は約4,000歩。あと6,000歩歩けば目標の1万歩達成なんだが、なかなかそこまでやろうという気が起きない。

 が、そこは意を決して、午後はとりあえず六義園の園内一周してから考えようってなもんで、歩き始めた。

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 結局、六義園の園内一周で午前からの累計7,000歩。その後、六義園周辺をグルッと回って、なんと1万250歩を達成。退院以来の目標1万歩を退院1週間で見事達成!

 う~ん、でも六義園なんかのお客さんがたくさんくる庭園なんかはいいんだが、途中何か所もある公園(児童公園)などでお休みしていると、なんか変だなあ。

 つまり、それは行き場のない老人が公園のベンチなんかに座って日がな一日過ごしている姿にそっくりな気がしてきたのだ。「えっ? オイラもそんな老人の仲間入り?」ってなもんである。

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 まあ、考えてみれば、私も既に立派な前期高齢者(つまりは「お爺さん」)なんで、別に行き場がなければ、こうして公園で日がな一日時間をつぶすという毎日を送っていてもおかしくはないのだ。

 う~ん、そうかそうか。私も普通の「やることがない」ジジイとして、こうして公園で、子どもたちが遊んでいるのを眺めながら一日を過ごす老人として、毎日を過ごせばいいのか。で、そのまま死んでいくんだな。

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 と決めたところで、いやいや明日からは再びカメラを持って、「写真爺」として動き回るんだ、って決めたところなんですね。

 まあ、昨日分かったことは、午前中を午後に二分割すれば「1日1万歩」ってのも、それほど難しい達成目標ではないってこと。

 なるほどなあ。

RICHO GRDⅡ @Hon Komagome ©tsunoken

2017年11月27日 (月)

tsunokenのリハビリ日記:手術後27日目はライトアップで

 何が「手術後27日目」と「ライトアップ」が関係するんだ、といえばその通り。何の関係もないですね。

 でもまあ、たまたまその日が重なってしまったので、こう書いただけで、別に意味はありません。

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 たまたま、出先から帰ってきたら、六義園が「紅葉と大名庭園のライトアップ」を実施していて、たまたま週末なんで染井門が開いていたので、たまたま年間パスを持っている特権を使って入場券を買わなくても入れるという特権を利用して、たまたま列に並ばないで中を通ってきた、っていうだけの話し。

 まあ、ライトアップを実施している期間の週末は大体こんな調子で、いつもいつも行列に並ばないで、染井門から正門まで「通ってくるだけ」っていう「小さな贅沢」をやっています、ってことだけなんだけれどもね。

 う~ん、みんな行列を作って並んでいる脇を通って、列に並ばないで入場しちゃうっていうのも、ちょっとした優越感で、「イイ感じ」なのであります。

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 ただし、当然のことながらまだライトアップの時刻ではない。まあ、午後6時過ぎにならないと照明はつかないので、「紅葉と大名庭園のライトアップ」って言ったって、肝心のライトには照明は入らない。

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 六義園のライトアップは、この紅葉の時期と、春のしだれ桜の時期の年に2回あるんだが、実は、しだれ桜の時期のライトアップはさすがに夜でもお客さんははいます。けれども、さすがにこの時期のライトアップは寒くなってしまうので、お客さんは少ないのであります。

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 で、みんな明るいうちに来てしまって、六義園を一回りすると蕎麦屋に入ったり、居酒屋に入って暖をとるって算段なんですな。

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 つまり、冬のライトアップはどちらかというと、職員(六義園の職員は皆、東京都の職員です)の自己満足って言っちゃうと語弊があるから言わないけれども、まあ、どちらかというとそんな感じ。

 まあ、お客さんが入ればいいってもんなんでしょう。ちょっと、本郷通りの観光バスの違法駐車にはちょっと迷惑だけれども。

 あ、えーと。ライトアップの時期には皆さん駒込駅に近い染井門の方に並んでいるんだけれども、実は正門だとそんなに並ばなくても入れます。皆さん、染井門のほうが正門だと思っている人が多いようなのだが、何で山手線の駅の方が正門で、江戸城に近い方が裏門だなんて考えているんだろう。もうちょっと、歴史的常識をわきまえてほしいものですね。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D @Rikugien Bunkyo ©tsunoken

2017年11月26日 (日)

tsunokenのリハビリ日記:手術後26日目は黒門町の師匠をたずねて

 噺の世界で「黒門町の師匠」と言えば、八代目桂文楽のことだった。

 高座でいつの間にか寝てしまうなんていう破天荒な五代目古今亭志ん生の落語スタイルに比較して、細部までキッチリ作りこまれた文楽の噺っていうのも、私は好きだった。特に「明烏」なんて最高で、何度も聞きましたがな。

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 で、その「黒門町の師匠」が住んでいる「黒門町」っていうのは、湯島天神なんかがある丘の下、湯島天神から湯島中坂を下りて行って、不忍通りを横切った先にある「黒門小学校」のあたりかと思っていたのだが、どうもそれは違ったようだった。

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 もともと「黒門」って何なのか? 上野寛永寺の総門が黒門だったために、その門前町を「黒門町」と呼んだのがはじまりだったようだ。現在の場所的には、不忍池弁天堂の前を通って、上野公園の裏通りに出て、清水観音堂に至る階段の下あたりから、池之端の交差点に出るまで辺りが、元黒門町だった。

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 場所的には、上野山内の出入り口にあたり、不忍池畔で風光明媚、昔はいろいろな料亭なんかが多く出ていたであろう場所である。うーん、そんな賑やかな場所で生活していたんだろうか、という疑問と同時に、そんな賑やかな場所で生活していたからこそ、「噺」がますます研ぎ澄まされたものになっていったんじゃなかろうか、とも考えられる。

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 いずれにせよ、上野なら鈴本演芸場もすぐそばだし、その寄席に出演した後には湯島あたりの飲み屋で人心地ついて後、黒門町の自宅(長屋?)に帰ったってのも、なんか「粋ですね」。

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NIKON Df AF Nikkor 28mm f2.8 @Ikenohata Taito ©tsunoken

2017年11月25日 (土)

tsunokenのリハビリ日記:手術25日目はお地蔵様の縁日

 昨日、11月24日は巣鴨のとげぬき地蔵尊(曹洞宗萬頂山高岩寺)の「縁日」であります。毎月、4の付く、4日、14日、24日がとげぬき地蔵の縁日で、実はお寺の方ではいろいろな供養などが行われているんだろうが、私は知らない。

 まあ、知らなくても多分この縁日の日にお参りをすると、普段お参りをするよりご利益が多いってなもんで、普段でも「お婆ちゃんの原宿」である地蔵通り商店街は、まさしく「お婆ちゃんの竹下通り」状態になってしまうのだ。

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「縁日」なので、当然いろいろな屋台が繰り出してきて出店している。

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 地蔵通り商店街の巣鴨寄りの入口のそば、真言宗豊山派醫王山東光院眞性寺(江戸六地蔵尊のひとつ)までは、食べ物屋さんの屋台が多く出ているんだが、その大半は焼きそばとかお好み焼きなんかのジャンク・フードばっかりだ。お婆ちゃんたちがそんなジャンクなものを食べるのかと思ったら、むしろお婆ちゃんたちよりは子どもたちが食べていて、まあ、それはそれなりで納得。

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 お地蔵さまから都電の庚申塚駅方面へ行くと、こんな骨董品や世田谷のボロ市みたいな古着屋さんが増えてくる。

 で、どうなのよって見ていると、やっぱりお婆ちゃんたちはこうした屋台は覗くけれども、まあ、ほとんど買わないんですね。そりゃそうだよね、自分ちでいらなくなったものをこうやって古着や骨董で出すわけだから、そんなもの買ったからと言って、結局、家のゴミになるだけだものね。

 てことで、じゃあお婆ちゃんたちは何が目的で、わざわざ混んでいる縁日の日にお地蔵さまにやってくるのか。勿論、最初に書いたように縁日にお参りすればご利益が多くなるってのはあるんだろうけれども、じゃあ、お婆ちゃんたちのすべてが高岩寺に参詣に行くのかどうかみていると、う~ん、そうじゃない人が結構多いんだなあこれが。

 考えてみると、やっぱり普段は一人暮らしをしているお婆ちゃんたちは、たまの縁日くらいは人ごみに出かけたいってだけの理由で、とげぬき地蔵にやってくるんだろうか。

 で、とげぬき地蔵にやってきてお婆ちゃんたちは、その後、都バスで浅草寿町まで行って、観音様に詣でるんだなあ。

 なんだ、やっぱり人ごみが好きなだけなのか。

RICHO GRDⅡ @Jizo Tori Sugamo ©tsunoken

2017年11月24日 (金)

tsunokenのリハビリ日記:逆光

 昨晩から降っていた雨も上がった午後、やっと出かけられるってなもんで、千石交差点から新目白通りを南下して、春日まで出かける。

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 秋の日も午後2時くらいになると結構傾きを増して、かなりな部分が逆光での撮影になる。勿論、それはそれを「意図すれば」という条件付きなんですけれどもね。

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 逆光になると、その影の部分はほとんど映像として形をなさなくなってきて、「写真」としての情報を持たない映像になってしまう。

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 しかし、この「写真としての情報を持たない映像」こそは、私がそれにフォトジェニーを感じてしまう映像でもあるのだ。

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 ロバート・キャパのようなジャーナリズム・フォトの観点からしたら、この「情報を持たない映像」というものには、何の価値もない。ならば、アンリ・カルチエ=ブレッソンだったらどうなんだろうって考えてみる。とすると、やはりブレッソンの時代には、私のようなあえて情報の少なさを求めて逆光で撮る、というような写真はなかったようだ。

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 それは多分彼らの時代には「あえて逆光で撮る」という発想がなかったんだろう。つまり、写真というものは「その画面に映し出された事実」が大事なんであって、何にも写されていないような写真には価値がなかった時代なのである。

 また、彼らの、まあ「アナログ・フォトの時代」のレンズの描写能力や、フィルムの再現能力では「逆光」を愉しむ余裕のようなものがなかったのかもしれない。その結果、順光撮影や逆光でも、太陽(光源)との位置関係では逆光なんだけれども、それにライトやレフ版を当てて、逆光の逆光という撮り方をするんだ。

 それはそれで撮影テクニックとしてはよく分かっているんだが、私は「逆光で黒くツブれた写真」が好きなんですねえ。要は、デジタル・カメラの高性能レンズのおかげで撮れるようになった、全然撮れない光、っていうのが実は好きなんです。

 なかなか、フォトジェニーでしょ。

NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Hon Komagome, Sengoku ©tsunoken

 

2017年11月23日 (木)

tsunokenのリハビリ日記:ギャラリーバウハウスに「WEIN CT70」を見にいく

 手術からのリハビリテーションとして毎日歩いている。「1日1万歩」には、まだまだもどらないが、まあ、少しづつ近づいていけばいいか。ということなので、しばらくは「tsunokenのリハビリ日記」として書くことにする。

 ということで、神田明神そばのギャラリーバウハウスでお馴染みの田中長徳写真展が「WEIN CT70」と題して、昨日から始まったので見に行った。今回の展示会は長丁場で来年の2月17日までの開催だ。

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 写真展タイトルにはあまり意味はなくて、WEINというのは田中氏が長年在住していた、ある意味での「第二の故郷」みたいな場所である。

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「CT70」というのも、これまた大した意味はなく「チョウトク・タナカ 70歳」というだけの意味。まあ、その位「写真展のタイトル」なんてものには意味がないということなのかもしれない。

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 ウィーンに住んでいた1973年頃のデスペレートな(気持ちで撮った)街の写真と、2016年に何回目かの訪問で撮影した、ある意味での「観光客の写真」が、そこには並んでいる。

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「観光客の写真」というのは別に揶揄したわけでも何でもない。そこに住んでいる人たちが撮った写真じゃないっていうだけで、それ以上の意味はない。でも、その撮影の過程には天と地の違いがある。いつも見慣れた風景も、そこに住んでいる人が「いつも見慣れた風景」と、在住者でないものが「(たまたま、そこにいる間に)慣れ親しんだ風景」では異なるという、ことなのだ。

 その異なっているようで同じ写真、同じようで異なっている写真を見比べてみようじゃないか、というのが本写真展の主旨なのである。

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「田中長徳写真展 WEIN CT70」は2017年11月22日から2018年2月17日まで開催中。
12月9日、1月20日には田中長徳氏によるギャラリートークがあります。
ギャラリーバウハウスの公式サイトはコチラ

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D @Kanda ©tsunoken

2017年11月22日 (水)

退院1日目は、ご近所徘徊から

 退院して1日目は、医師の「たくさん歩きなさい」という言葉にノせられたわけではないが、自宅から巣鴨地蔵通りを通って、明治通り掘割まで歩いた。まあ、入院以前に歩いていた距離と比べると、「ホンのお散歩」程度ですけれどもね。

 快晴の一日でありました。

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 こういう日差しの強い日に「絞り優先モード」(私のデフォルト撮影モード)で撮っていると、メインの被写体を「明るい方」に選ぶか「暗い方」に選ぶかで、大いに写真の効果が変わってくる。

 基本的には「ハイコントラスト」の効果の写真になるわけで、「明るい方」を選べば暗い部分はベタッとした「黒」になるし、「暗い方」を選べば、明るい部分は「白トビ」した雰囲気の写真になるわけです。

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 実は(私も含めて)モノクロ写真好きの連中は、結構このハイコントラストの写真が好きで、「森山大道風だっ!」なんて、アホなことを考えながら写真を撮っていたりする。

 カメラもカメラで、今私が使っている「大ニコン様がマニア用に作った」ニコンDfだと、メニューの中に「ピクチャーコントロール」というのがあって、勿論、その選択肢には「モノクローム」があるし、モノクロームを選ぶと「輪郭協調」「コントラスト」なんかを好きなようにコントロールできるようになっているんですね。

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 で、みんな最初は「モノクローム」を選んで、「輪郭協調」を少し強め、「コントラスト」をメチャメチャ上げて「森山大道調」を装って面白がったりしているんですね。

 ニコンカレッジの講師に褒められたことがあって、つまりそれは皆、浅草の写真をカラーで撮っていたんだけれども、私だけモノクロで撮影、でもそんなにコントラストは強調している写真じゃなかったってことなんだ。で、褒められた理由が「普通モノクロモードで撮っている人はコントラストをやたら強めにしている人が多いのですが、tsunokenさんはそうじゃないところが、いいです」ってもんだからねえ。

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 いやいや、これは冷や汗もの……、実はこの時の撮影実習(2年位前)の直前まで、私の写真は「森山大道風」だったのだ。写真講座を受けるにあたって、設定をノーマルに戻したばっかりのことなのでありました。

 なあんてことを思い出した、今日の巣鴨地蔵通りではありました。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D @Jizotori Sugamo ©tsunoken

2017年11月21日 (火)

日本医大より、生還!

 いやあ、いよいよというかやっとというか、10月28日の入院から24日後、10月31日の手術から20日後、その後ICUなんかに入って、一般病棟に戻ってから、やっと16日後にして昨日、日本医大付属病院を退院しました。

 う~ん、やっぱり心臓手術ってのはそれなりに大変な手術なんだなあ、術後、退院まで三週間も入院しなければならないんですね。もうちょっと短いと思っていたんだがなあ。

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 それと、今回の誤算はUQ-WIMAXの電波がかなりいい加減にしか届かなかったこと。つまり、PCがほとんど使えない状態になったままの三週間半だったわけで、途中、ブログのUPもままならず、11月7日の『とりあえず現状報告:一般病棟に戻ってきたヨ』の一階だけになってしまった。

 それでも、この間の皆様からのページビューは7,357と、なんと一日平均300を超えるクリック数を数えたわけです。いやはや、ありがたいことです。更新も全然ないのに、その期待感だけで毎日々々300PVですからね。

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 まあ、とにかくもう退院したんだから、これからどんどんトバしてブログ書いていくぞ……、とも考えたんだけれども、実はなかなかそうはイカのなんとやらでございまして……。

 問題は、体力なんだよなあ。

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 さすがに三週間半の入院生活であります。

 手術の直後は動けないし、多少、ベッドから離れて歩き始めたって、せいぜい、病院の同じ棟の中だけ。まあ、せいぜい歩いて一日1千歩ってところ。

 入院するまでは毎日毎日1万歩以上歩いていた状況から比較すると、まあ「ほとんど歩いていない」状態。それこそ足の筋肉が落ちてきているのが自分で触って分かるくらい。もう、体力は落ちちゃって、落ちちゃって……。

 執刀医の先生は「手術の後は、とにかく歩け歩け」と言うんだが、まあ、それは入院している間は無理なことなので、せいぜい退院後はたくさん歩くことにしよう。

 ということなので、明日から正式に再開するこのブログ。まあ、いろいろなところを歩いて回って、写真にとって……、ってまあ、入院以前のブログと変わらないんだろうが、問題は入院以前とは歩く距離が違うって言うか、まあ、当初は大分少ないと思う。なんせ、まだまだ体力が……。

 もし変わるところがあるのだったら、多分、手術による心境の変化っていうものもあるのかもしれない。その辺は、あとから検証しよう。

 ということで、お楽しみに。

2017年11月 7日 (火)

とりあえず現状報告:一般病棟に戻ってきたヨ

 10月28日入院、10月29日心臓手術についてのレクチュア、10月30日心臓リハビリについてのレクチュア及び麻酔科受診ときて、10月31日早朝より手術室入り、その後は全身麻酔の為意識はなく、術後集中治療室で気が付いた時は午後8時ころ(というのも定かではない)。大体手術そのもの朝のうちには始まっていたそうだから、まあ比較的簡単な類の心臓手術ではあるが、その位の時間はかかるんだろう。

 ああ、なんせ心臓手術ですからね。体の中では一番神経質な部分ですからね。

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 結局、10月31日の夜から集中治療室で6日間過ごし、11月5日の午後に一般病棟に移り、体からいろいろな管が取れはじめたのが10月5日ってことで、今こうしてブログを更新できているっていうわけです。

 お待たせしました。

 受けた手術は「オフポンプ冠動脈バイパス術(心肺不使用・セルセーバー使用)というもので4月と6月に受けたカテーテル術(う~ん二回とも失敗)とは異なり、まだ詰まっていないほうの別の冠動脈を詰まっているほうの冠動脈につなげ、その部分をバイパスさせるというもの。心臓に血液を循環させるためのポンプは使わずに、心臓は一度も止めないでやる手術だそうで、どちらかというと日本医大はカテーテルよりはバイパスのほうが得意らしい。

  カテーテルは血管の詰まっている部分に針を通したり、通した針からフーセンを膨らましたり(っていうのはあくまでも「たとえて言えば」の話)針を通した血管の中に網をとおして再び血管が縮まるのを防ごうというもの。この手術の場合、胸を開かなくてもできる手術。つまり、開腹手術ではない方法のほうが、患者に対する負担も少なくて、術後のケアも楽になる。ってんで、最近の手術はこうしたお腹を開かない手術が多い。まあ、「腫瘍を取り除く」類の手術には、まさしく有効な手段なんだろう。

 まあ、言ってみれば「バイパス手術は 以前から確立されていた方法論」「カテーテルは新しく確立された方法論」(本当は、まあ、こんなに単純な話ではないのですけれどもね)みたいなもので、今回の私の体は「以前からの方法論の方が適合する、いかにも古い人間らしい、体だったんだ」ってことなんですかね。

 まあ、古かったのはアタマばっかりじゃなくて、体も古かったというわけで、お後がよろしいようで……。

 っていう訳にはいかないんだよな。いやいやいやいや、「治療記」とか「闘病記」ってのは専門家に任せて、私がこれから書くのは「心臓手術リハビリ失敗談」みたいなアホな素人話なんであります。

 まあ、とりあえずまだ1~2週間は入院していなければらないようなので、まあ、しばらくは「毎日更新」といかないと思うけれども、まあ、またボチボチ始めますんで、これからもよろしくお願い申し上げます。

 取りあえず今日は夜も遅いんで、帰還報告だけです。

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 まあ、一般病棟に帰ってくると、この程度には「一般食」に近くなる、っていうんだけれども、これが病院が進める健康食かって考えると、それもスゴいもんですね。

 

 

 

2017年11月 1日 (水)

『通りすがりのあなた』の古くて新しさって

 昨日、無事手術は終わり、現在はICUで回復へ向けてリハビリ中。なのでこのブログは小人さんたちが、エッサカ・ヤッサカ上げてます。

 まあ、2~3日くらいで一般病棟に帰って、再びブログも再開できそうです……、ってなればいいな。

Photo_2 『通りすがりのあなた』(はあちゅう著/講談社/2017年10月1日刊)

 目次から本書の構成を見る。

「世界が終わる前に」
「妖精がいた夜」
「あなたの国のわたし」
「六本木のネバーランド」
「友達なんかじゃない」
「サンディエゴの38度線」
「世界一周鬼ごっこ」

 という、すべては男と女の関係に話は発するのだが、別に結婚話ではなくて恋愛話でもなくて、まあそれは「男と女」じゃなくても、あってもよさそうな話なんだが、でもやぱり「男と女」じゃないと成立しそうもない微妙な線の話ばっかりだ。まあ、女性作家っていうと、そのほとんどが「男と女の恋愛感情」にかかわる話ばっかりが求められるところから、そんな話を拒絶したいっていう、はあちゅうさんの思いのようなものが感じられる。

 はあちゅうさんは、慶応大学の学生時代に友人と書いていたブログが書籍化されて、まあそれはそれで「文壇デビュー」なんだけれども、まあ、ブログ本くらいじゃあ認められない文壇なので、はあちゅうさんとしてはなんとしてでも「文学誌」に書いて、その結果として書籍を出版し自分も「作家」として認めてほしいという願望が強かったんだろうか。

『この本では「名前の付けられない人間関係」を扱っています。日本は曖昧なものの美しさを愛でる国でありながら、人間関係だけは明確な名前が付いていて、その人間関係における一般的なルールからはみ出した人や「らしくない」振る舞いをした人を社会全体で叩く風潮があるように感じています。でも、人間ははみ出すものだし「らしくない」ことをするものだと思うのです。人の数だけ人間関係があっていいし、その関係性の数だけ、それぞれのルールがあっていい。誰かのルールにあてはまらない人間関係があっていいし、それをお互いに許容する社会であればいい。そんなことを最近思っています。友達でないけれど恋人とは言い難い人、、普段生きている場所は違っても心の支えになっている人、一度しか会っていなくても人生に大きなインパクトを残してくれた人……。呼び方のわからない人間関係を多く持てば持つほど、人生は彩り豊かなものになっていくように思います。この本は、曖昧なものを、曖昧なまま残しておくのもいいんじゃないかという私なりの提案です』

 っていうのが本書の最後「エンドロールのようなもの」における作者はあちゅうさん自身による『通りすがりのあなた』改題なんだが、ああ、そうかそれを引用しちゃうと、本書をまだ読んでいない人にはネタバレになってしまうなあ。いかん、いかん。

 つまりそういう小説なんだ。別に恋愛関係があるわけでもないし、男と女としての肉体的接触があるわけでもないし、人間関係においてストーリーの始めと終わりで特に大きな変化がないというストーリーなのだ。う~ん、それで小説として成り立つのか……、っていえば、別に成り立つわけなのですね。

「そういう関係も人間関係なんだ」って言っちゃえば、それはそれ。まあ、実を言うとそういう「何の変化もない普通の人間関係」が人と人との関係論の中で一番多い関係なんだ。でも、普通それを小説に書いちゃうと「ストーリーがない」と言って批判をされるんで、それを皆避けているというのが実際ではある。

 じゃあ、この小説が今までなかった全く新しい小説ジャンルなのかといえば……、実はそうでもないんだよなあ。つまり、日本には「随筆文学」という考え方があって、それはまああまりストーリーに起伏がないことが良いとされているジャンルの文学なんですね。

 そういう意味でいえば、このはあちゅうさんの「小説」は、新しくて古い文学なんだってことは言えるのであります。

 じゃあ、そこで描かれた世界についてお前はどう考えるんだ? って言われちゃうと、「まあ、そんなこともあるんじゃないの?」っていう、これまたいい加減な返事しか返せないのが、ちょっと情けない。

『通りすがりのあなた』(はあちゅう著/講談社/2017年10月1日刊)

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 いい天気なのはわかるんだけれども、建物の中にしかいないので、寒いのか暖かいのかが全く分からない、ってのがちょっと残念ですね。

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