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« 『第一次世界大戦 忘れられた戦争』って、本当に忘れられた戦争なんだろうか | トップページ | 今年もCEATECの秋がやってきた! »

2017年10月 3日 (火)

新馬場……って?

 今日は(って、「今日も」か)小ネタです。

 品川から京浜急行各駅停車に乗って北品川の駅を過ぎると、次の駅が新馬場であります。

 下の写真が新馬場北口。

Dsc_00012

 で、駅の反対側に出てもそこは新馬場南口。

Dsc_00072

 って考えれば別にそれは普通なんだけれども、昔はこの目黒川を挟んで、北の品川方面が北番場、南の青物横丁方面が南番場っていう別の駅だったんだ。

Dsc_00042

 っていうことで、今はこの駅は目黒川の上にホームがあって、川の北側と南側に改札口がある新馬場っていう駅になったんだが、そう、昔はこの駅は南と北に分かれていた。

Dsc_00172

 例えば、多摩川を挟んで川崎駅と六郷土手駅や、荒川を挟んだ東武伊勢崎線の北千住駅と小菅駅など川の両岸に駅があるケースは多いんだけれども、両方とも広い川と河原があるので、それぞれの駅の間隔は一キロ以上ある。しかし、ここ新馬場駅だと、なんせ挟んでいる川が目黒川なんで、二つの駅の間隔は数十メートル。北番場の駅のホームの南端から南番場の駅のホームはほんの目の前にあったのである。

 まあ、今でも新馬場駅の南側のホームに立つと青物横丁の駅のホームがすぐそばにみえるけれども、それよりもっと近くに、北番場と南番場の駅はあったわけなのである。もう目の前に次の駅があった。

 まあ、バスの停留所で「〇〇橋北詰」「〇〇橋南詰」っていうのがたまにあるけれども、まあ、そんな感じで昔の私鉄の駅はあったんですね。要は、その場所周辺の商店街の思惑なんてのがあったりして。

 まあ、その辺が「駅の場所はここに定める」っていう感じで「お上からの指令」で作った省線電車(今のJR)との違いなわけだ。

 そんな北番場・南番場の両駅がなくなって新馬場になったのは1976年だそうである。

 つまり、私がサラリーマンになる前には、まだ北番場、南番場があったわけなんだなあ。つまり、運転免許証の更新なんかで鮫洲まで行っていた時期は、まだまだその両番場駅があったんですね。うん、確かにあった。それがいつの間にか新馬場っていう一つの駅になってしまったんだ。

 う~む、時代は着実に変化しているわけですね。

Dsc_00212

NIKON Df AF Nikkor 35mm f/2 D @Shinagawa ©tsunoken

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