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« 取手宿、その②本陣染野家住宅 | トップページ | 矢口の渡しのそばに新田神社というのがあるんだが »

2017年10月18日 (水)

「渡し」つながりではないけれど……

 昨日の「小堀の渡し」からのつながりではないけれども、今日は大田区にある「矢口の渡し」なのであります。う~ん、たまたまね。

Dsc_00272

 蒲田駅から東急多摩川線に乗って最初の駅が「矢口渡」駅。「矢口渡」と書いて「矢口の渡し」と読みます。

Dsc_00012

 矢口渡駅を出ると矢口渡商店街があり、それを南の方へ行くと……

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 途中、「放光地蔵尊」なんかを見ながら多摩川の土手に出る。

Dsc_00122

 この放光地蔵は、第二次世界大戦の米軍の空襲で焼け野原になり、多くの死傷者を出したありさまを見て、この家に住む鈴木三郎氏という篤志家が、多くの人の死を悼んで昭和32年9月21日に建立したそうだ。

 確かに、ここ大田区は戦前より軍需工場やその下請け工場が林立していた地域なので、空襲の際にはいの一番に狙われたところなのだろう。

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 多摩川の土手に出るとすぐ右に東八幡神社という神社があり、その社頭に「矢口の渡し跡」の碑が建っている。

Dsc_00232

 ちなみに地名の「矢口」というのは、江戸時代以前は京都が街道の起点だったので、古代は奥州街道が通っていた当地で、日本武尊が東征時に矢合わせ(開戦の合図として、敵陣に矢を打ち込むこと)を行ったという伝承に由来するそうだ。ということは、日本武尊と東北の蝦夷との戦いが、ここ多摩川であったということなのだろうか。

 で、今は東八幡神社のところに矢口の渡し跡があるんだが、どうも時代の変遷とともに場所がいろいろ移っていたそうだ。その話はまた明日。

 なお、江戸川にかかる「矢切の渡し」の「矢切」は、もっと後の戦国時代に命名されたらしい。

NIKON Df AF Nikkor 35mm f1:2 D @Yaguchi Ota ©tsunoken

 

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