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« 取手宿、その1。西口に出て、失敗編 | トップページ | 「渡し」つながりではないけれど…… »

2017年10月17日 (火)

取手宿、その②本陣染野家住宅

 ということでやってきたJR常磐線取手駅東口方面。

 もうそこは取手市取手っていう地名の通り、まさしく取手旧市街。まず目に飛び込んできたのが、取手名産「奈良漬」の製造元と造り酒屋なのである。う~ん、まさに旧市街ですねえ。

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 電信柱を見れば、そこには誇らしく「本陣通り」の表示が。

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 で、すぐ脇を見れば、そこには「旧取手宿本陣染野家住宅 主屋・土蔵 附 表門」があります。といっても、基本的には金・土・日だけの内部公開なので、もし行こうという人がいたら要注意。

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 染野家は主屋、土蔵、表門などからなっていて、かなりの大きさだ。

 取手の名主であった染野家は第二代水戸藩主徳川光圀(つまり水戸黄門様ですね)から命ぜられ、取手宿の本陣として使われていたそうだ。つまり、宿場の本陣と言っても、別に宿屋とかじゃなくて、普通の家だったのだ。本陣、脇本陣は身分の高い武家が宿泊や休息の場として使っていたわけなので、それは宿屋ではなくてその土地の有力者の家が本陣を命じられて、差し出したわけなのだ。

 もともと水戸街道は取手を通っておらず、取手を通るようになったのは徳川光圀の時代からだったそうだ。で、江戸を過ぎて明治になってからも名主であった染野家は、明治初期には郵便局としても使われていたそうで、その名残の馬蹄形の窓口なんかもあるそうだ。

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 門の脇には説明書きと一緒に「幕末の頃の本陣屋敷図」があるのだが、随分大きな造りの建物だったことが分かる。

 正面からは中に入れないので、裏の駐車場の方へ上がってみると、屋敷の裏や土蔵の一部が少しだけ見られる。

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 で、染野家のそばの利根川の河原に「小堀の渡し(おおほりのわたし)」があるようなので行ってみる。しかし、なんとそれは昔の水戸街道の渡しではなくて、明治の末に南の方(現在の小堀地区)へ蛇行していた利根川の流れを直線的に作り変える工事を行い、その為に分断された小堀地区の人々を取手に運ぶために造られた、というのが小堀の渡しらしい。

 つまり、現在の「渡し舟」なんですね。柴又の「矢切の渡し」みたいなもんか。

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 なんか、「チャンチャン」ってオチがついているようですね。

NIKON Df AF Nikkor 35mm f/2 D @Toride ©tsunoken

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