フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« チェ・ゲバラさんって、相当なカメラ・オタクだった? | トップページ | 『宝くじで1億円当たった人の末路』って、まあ、そんなもんです »

2017年8月12日 (土)

ウラ国分寺って、何処?

 殿ヶ谷戸庭園とか武蔵国分寺跡とかの地歴的興味もあるし、付き合っていたアニメーション制作会社があったなどの理由で、国分寺駅の南口方面にはかなりの頻度で通っていたんだが、そういえば北口方面には一度も行ったことはなかった。

 結構、剣呑な飲み屋街なんかもあるなんてことも聞いていたんだが、なぜか行ったことがなかったんだなあ。

 何故だろう?

Epsn40362

 ということで、先日初めて国分寺駅北口を出たわけですね。

 そしたら何かもう駅前は整地されちゃって、「駅ビル+タワーマンション」の一大工事の真っ最中なのでありました。

 なんか聞いていたのとずいぶん違うなあ、なんて考えながら、取り敢えず駅前の道を北へ向かって歩行を始めたわけですね。

Epsn40412

 まあ、でもたいして賑やかでもないし、ましてや「剣呑」なんてことも全くない普通の商店街が続いているのでありました。

Epsn40432

 どこまで歩いても同じような中途半端な商店街が続くので、ちょうど八幡様があったのでそこで方向転換。

Epsn40592

 西武多摩湖線の脇の道へ出たわけですね。この辺りの地名は「恋ヶ窪」。

『JR西国分寺駅北東付近は、中世に旧鎌倉街道沿いの宿場であったと言われているが、その様子は明らかではない。
 恋ヶ窪には、鎌倉御家人の中心人物として波瀾の生涯を送った秩父の武将畠山重忠とこの宿場町の遊女夙妻大夫の悲恋にまつわる一葉松(傾城の松)の伝承がある。京都聖護院の門跡の道興准后がこの地に立ち寄った際に、この悲恋を「廻国雑記」の中で次の様な和歌に残したといわれている。
「朽ちはてぬ 名のみ残れる 恋がくほ 今はた問ふも 契ならすや」』

 という由来があるそうだ。

 というか、さすがに武蔵国分寺があった場所だけあって、つまり昔はこの辺が武蔵国の中心部だということなんだろう、国分寺周辺にはいろいろな場所に遺跡が沢山残されているようだ。

Epsn40702

 剣呑な飲み屋街の名残は、この西武多摩湖線の国分寺駅あたりに少しだけあるものの、もはや遺跡すらもない。

Epsn41012

 それから比べると900年位前の遺跡が残っているなんて、やっぱり武蔵国分寺って凄いな。さすがに「古い土地」ってことなんですね。

EPSON RD1s LEITZ Elmarit 28mm f:2.8 @Kokubunji ©tsunoken

« チェ・ゲバラさんって、相当なカメラ・オタクだった? | トップページ | 『宝くじで1億円当たった人の末路』って、まあ、そんなもんです »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/65642309

この記事へのトラックバック一覧です: ウラ国分寺って、何処?:

« チェ・ゲバラさんって、相当なカメラ・オタクだった? | トップページ | 『宝くじで1億円当たった人の末路』って、まあ、そんなもんです »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?