地蔵通りの暑い日
ある暑い夏の日、旧中山道(とげぬき地蔵通り)を歩いた。
って言ったって、年がら年中歩いている「ご近所の散歩道」なんですけれどもね。
と言いながら「マルジの赤パンツ」に始まって、地蔵通りはアジア雑貨のお店でおしまい。
巣鴨地蔵通り商店街は実は江戸六地蔵でおなじみ眞性寺から庚申塚までの1キロ足らずで終わってしまい、都電荒川線(東京さくらトラム)庚申塚駅から北は庚申塚商盛会商店街になり、昔、玉川上水の支流であった千川上水の掘割があったので「掘割」と呼ばれる、大正大学に面している明治通りとの交差点からJR埼京線板橋駅までは滝野川銀座商店街となり、板橋駅から北は板橋三宿の平尾宿(下宿)となります。滝野川銀座には帝京大学の寮もあります。
というところが、豊島区、北区、板橋区の旧中山道の全貌。あとは板橋仲宿で川越街道と別れ、上宿となって戸田まで街道は続くわけです。
庚申塚商店街のメルクマールはこの延命地蔵尊なんだろうけれども、庚申塚商店街自体は既に商店自体はかなりたたんでしまい、あまり「商店街」というイメージは少ない。
そのたたんでしまっている店なんだが、いかにも昔からのお店だったんだろうなあという認識に至るのが、いくつか散見できる「種苗店」(の跡)であります。
その昔、この庚申塚商店街や、その北の滝野川銀座商店街は「種子島商店街」と呼ばれるくらい種苗店が多かったらしい。
その辺はやっぱり「染井吉野桜」の発祥地だけあって、巣鴨の植木屋さんから始まって、それに関連する種苗店があった、っていうことなんだろうなあ。
LEICA M6 Leica Summicron 35mm f:2 @Old Nakasendo Toshima & Kita ©tsunoken
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