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2017年8月 6日 (日)

戸越銀座でつかまえて

 私もよく行く戸越銀座。東京メトロ南北線が東急目黒線(昔は目黒と蒲田と結んでいたので「目蒲線」って言ったんだけれどもね)に直通してくれているおかげで、駒込から武蔵小山まで直で行けて、そのまま戸越銀座まで歩いていく道すがらは、結構好きな散歩写真の道だったりする。

 で、その戸越銀座ってどんなところよ、ってところに結構「向き」の本が出ていた。

『明治時代までは水田地帯だったこの地域に人が集まり始めたのは、大正時代前半のことだ。現在のJR山手線の大崎、五反田駅界隈の目黒川沿いに大きな工場が建ち、その周辺が住宅地として発展した。
 池上線が戸越銀座まで延伸したのは昭和二(一九二七)年。住宅が密集しすぎているから大規模な再開発をすることはできず、もちろんマイナーチェンジは繰り返しているものの、町のつくりは戦前からさほど変わらず、現在に至っている。駅舎はいまでも木造だ』

 品川区に属する戸越銀座なんだが、京浜東北線以東の品川区とはだいぶ趣を異にする品川区なんだよね。まあ、下町。っていうか江東区辺りの「下町」っていう雰囲気。

 嫌いではない。

Photo 『戸越銀座でつかまえて』(星野博美著/朝日文庫/2017/1/6刊)

『生まれて初めて親しむ線路によって、その人間の世界観はおおむね作られる。その鉄道を基準鉄道と呼び、駅を基準駅と呼ぶ。誰も賛同しないかもしれないが、私の持論だ』

『私にとっての基準鉄道は三両編成の東急池上線であり、基準駅は戸越銀座駅だった。線路の行き着く果ては、見知らぬ世界でも何でもなく、五反田と蒲田。駅で人を見送るのは家族がどこかへ出かける時で、しかも彼らは夜には家に戻ってきた。ロマンのかけらもない。  第二基準鉄道は山手線で、基準駅は五反田だ。しかしあろうことか、この鉄道には始発駅も終着駅もなく、ぐるぐる永遠に回っている。どこへも到達できない』

 ふ~ん、そんな閉塞感が彼女をして「旅ライター」となさしめたのか?

『若い頃から目指してついた職業なのかというと、そういうわけでもない。確かに異文化を知りたいという熱意はあったが、だからといってカメラマンやライターという職業をイメージしていたわけではない。大学卒業後は一般の会社に就職したし、なりゆきでこうなった』

 とはいうものの、写真家・橋口譲二氏のアシスタントになった時点で、なぜか思うところはあったんだろう。つまり<写真家→旅がつきもの>という具合にね。

『私はたまたま写真や文章の仕事を始めるきっかけになったのが旅行記で、その後も旅にまつわる仕事が割と多かったので、旅行の好きな人間だと思われている』

 いやいや、それは「潜在的なもの」なのかもしれないが、「写真家」を職業として選択した時点で、実はどこかに「旅」へのあこがれがあったんだろう。

『あまりに臆病な子どもだった反動からか、自力で旅行ができるようになると、たがが外れたように旅行をした。無茶な旅行をするのは簡単だ。資金が足りなければ、旅はいきおい無茶で刺激的なものになる』

『しかし一方ではこうも思う。商店街の端にさえ行けなかった仔猫のような子どもと、もっと遠くへ、見知らぬ場所へ行きたがった旅人。
 いまの私には、臆病だった自分のほうが、生き物として信用できるような気がするのだ』

 しかし、そんな旅の毎日も日常的になってしまえば、どこかに違和感を感じるのではないだろうか。つまり、「旅」というのは、「日常からの逃避」であったり、自らの「日常性からの飛翔」だったりするものである。勿論、そんな「非日常性が日常化してしまう逆転現象」「非日常の日常化」に倦む時期がやがてやってくる。で、そんな時、写真家は生まれ故郷に帰りたくなるのかもしれない。

『本書は、生き方を見失った私が、何かを取り戻すため、実家のある戸越銀座に帰ったところから始まる。
 何かをつかまえることはできるのだろうか。
 それとも、また何かを失うのだろうか。
 それは私にもわからない。』

 っていうんだけれども、別にそういうことではないでしょう。

「生き方を見失う」っていうのは、何も仕事をしているからそうなるわけでもなく、別に仕事をしていないからってそうなるわけでもない。まあ、いろいろなきっかけがあって、何となく「自分は生き方を見失っているのではないか」と感じるとき・感じるところが誰にでもやってきたりするんだ。

『戸越銀座には無数のお年寄りが暮らしている。そこに同じ人生は一つもない。彼らが昔どんな社会的地位に置かれ、どれだけの資産を持ち、あるいは持たず、どんな道のりを経てそこにいるのか、私はよく知らない。目に入るのは、必死で生きる彼らの現在である。
 彼らの人生にも教科書はない。前の世代が経験したことのない、前人未到の長寿な老生活を、彼らもまた、日々手探りしながら生きている』

『思い返せば、これまでずっと強くありたいと願い、自分の弱さから目を背けてきた。ありたい自分と現実の自分はどんどん乖離してゆき、いつしか統合できなくなった』

『本当に様々な人生がある。何もかもがうまくいっている人など一人もいない。いちいちここでは挙げないが、これでもか、これでもかと、すごい話が日々の井戸端会議を通して入ってくる。体力と立場が弱くなった時に、人生はこんな試練を与えるのかと、憤りを覚えることも頻繁だ。お年寄りを取り巻くのは、家族にさえ油断がならない仁義なき世界だ。閉じられた関係で外に見えづらい分、家族が最も凶暴な収奪者となる可能性も高い』

『自分が老いた時、どのように前半生から復讐されるのだろうか。これは怖い。本当に。
「若い頃に成功したとか、昔は幸せだったとか、老後には何も意味はない。いつだって一番大事なのは、現在。いまを楽しんで吞気に暮らすことだよ」
 様々な人たちの仁義なき老後を見渡したうえで、母はそんな結論を導き出した』

 まあ、古い町には、お年寄りの古い知恵がいっぱい詰まっていて、その古い町では、そんな古い知恵が一番役に立つってことなんでしょうね。

 それはそれで「古い町」に帰ってきた意味はあるけれども、実は、そこから再度出発する、もう一つの勇気が必要なのではないか。

 その「勇気」っていうのは、「結婚」ってこともあるし、やっぱり「旅」だってこともあるかもしれない。どちらなのかはわからないが、たぶん、星野博美さんに必要なのは、その「もうひとつの勇気」なんじゃないかな。

『戸越銀座でつかまえて』(星野博美著/朝日文庫/2017/1/6刊)

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