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2017年7月20日 (木)

『限りなく透明に近いブルー』の時代から遠く離れて

「米軍ハウス」というのは、第二次世界大戦後、進駐してきた米軍の軍人たちが住むために民間人が建てた住宅のことで、横田基地のある福生とか、ジョンソン基地のあった入間とか、調布なんかに多く見られた一戸建ての「アメリカ風の」住居のことだ。

 当時は、まだ基地内の軍人用の住宅が整備されていなくて、そんな住宅が米軍基地の周辺に多く見られた。

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 ベトナム戦争の頃になると、基地内の軍人用住宅も整備されてきて、基地外の米軍ハウスにも日本人が多く住むようになったのである。

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『僕の部屋は酸っぱい匂いで充ちている。テーブルの上にいつ切ったのか思い出せないパイナップルがあって、匂いはそこから出ていた。
 切り口が黒ずんで完全に腐れ、皿にはドロドロした汁が溜まっている。
 ヘロインを打つ準備をしているオキナワは、鼻の頭にびっしりと汗を掻いている。それを見て、リリーが言った通り本当に蒸し暑い夜だと思った。湿ったベッドの上で重くなっているはずの体を揺すりながら、ねえ暑くない? きょうとても暑いわ、リリーはそう言い続けた。
「ねえリュウ、このヘロインいくらした?」
 ドアーズのレコードを革のバッグから取り出しながらレイ子が聞く。十ドルだと答えると、へえ、沖縄より安いや、とオキナワが大声をあげた。オキナワは注射針の先端をライターで炙っている。アルコールで湿した脱脂綿で拭いて消毒してから息を吹き入れ穴が詰まっていないかテストする』

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『限りなく透明に近いブルー』で描かれた、そんな米軍ハウスの中の模様も、いまや昔話になってきている。

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 残り少ない米軍ハウスも、いまやコミュニティスペースになってしまっていて、昔『限りなく透明に近いブルー』で読んだ観光客が出入りする家になってしまった。

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『カズオがニコマートにストロボをつけてケイを写す。ストロボの閃きに床にグッタリと横になっていたモコが顔をあげた。あら、カズオあんた止してよ、断りなしに写真撮らないでよ。これでもあたいギャラ取ってるプロなのよ』

 っていうニコマートみたいに、ニコンDfでもってモノクロモード、更に60年代風にハイコントラストで撮ってみた福生の風景なんだけれども、どうだろうか?

『新装版 限りなく透明に近いブルー』(村上龍著/講談社文庫/2009年4月15日刊)

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