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2017年7月19日 (水)

野沢通りはオリンピック通りだったんだ

 東横線の代官山駅を降りて、旧山手通りを道玄坂方面へ向かって歩くと左側に西郷山公園という山がある。元々は西郷従道の別荘だったそうだが、我が家にとって薩長は仇敵なので、ここは無視。

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 西郷山公園からその下の道に降りてくると、青葉台から降りてくる道に出る。

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 その道が、今日歩く野沢通りなのです。目黒区なのに何故「野沢?」という疑問が出てきて当然なのだが。その種明かしはもうちょっとお読みください。

Dsc_00172

 青葉台からズンズン降りてくると、現在の山手通りと交差するんだが、この辺りは目黒川の流域なので一番地盤が低い。で、山手通りを過ぎると再び上り坂となり、また下る。

 で、この下り坂に名前がついているらしく道路わきに説明がついている。

『半兵衛坂 江戸時代、この辺りに清水半兵衛を代々名乗る旧家があったため、半兵衛坂と呼ぶようになった。尚、この道路は昭和十五年の幻の東京オリンピックの際に整備されたので、通称「オリンピック道路」とも呼ばれている』

 なるほど、1940年に予定されていた東京オリンピックは駒沢公園がメインスタジアムだったので、そこへ至る道として「野沢通り」という名前の通りができて、現在もそれを使っているんだな。それで「何故、目黒区で野沢通り?」の謎が解けた。

Dsc_00382

 で、野沢通りをもうちょっと行くと、一昨日のブログで書いた「蛇崩」の交差点に至るんだけれども、なぜかその先に行くと「野沢通り」は「五本木通り」に名前を変えてしまい、それも途中から道が右に折れて、野沢通りの方は東横線に阻まれて立ち消えてしまい、祐天寺の駅前にでてしまう。

Dsc_00402

 まあ、そういうことか。つまり、野沢通りは蛇崩の交差点の先まで来たところで、日中戦争を理由に国際的にもオリンピックの日本開催への批判も出てきて、国内的にも反対論が続出して、結局、オリンピックは開催返上、オリンピック通りもいらなくなっちゃった、ってことらしい。

 で、名前だけが残ったのね。

Dsc_00552

 ということで、祐天寺の駅前の本屋さんで文庫本を買って、東横線の人となったのであります。ところで、この本屋さん「王様書房」っていうのが店の名前なんだけれども、「お客さんが王様」というのが本来の意味らしいんだけれども、実は親父さんが「王様みたいな人」なんですね。本当の話。

 んで、これまた泉麻人氏の『東京いい道、しぶい道』の「Ⅳ 城西エリア 26 幻のオリンピックの面影…野沢通り」を踏破。

 う~ん、結構使えるなあ。この本。

『東京いい道、しぶい道』(泉麻人著/中公新書ラクレ/2017年4月10日刊)

NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Nozawa Tori Ave. Meguro ©tsunoken

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