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2017年7月21日 (金)

『東大卒貧困ワーカー』

 新潮社による「著者プロフィール」にはこうある。

『1956(昭和31)年生まれ。ノンフィクションライター。東京大学文学部卒業後、1980年毎日放送入社。アナウンサー、記者として勤務後、身内の介護のため退社。以後、派遣労働者として働きながら執筆活動に入る。著書に『中高年ブラック派遣』など』

 ところが、残念ながら本書のどこを読んでも「東大卒」の話は出てこない。勿論、「貧困ワーカー」のルポだから、貧困にあえいでいる労働者の話はいくらでも出てきているのだが、そうじゃなくて、やはりこの『東大卒貧困ワーカー』というタイトルから読者が期待するのは、「東大出ても正規社員じゃなければこんなもんよ」という、著者自身が経験した実態なんだろう。勿論、書かれているのは中沢氏自身が経験した「貧困ワーカー」の実態なんだろうが、それが「東大卒」じゃないと経験できない仕事のやり方の実態ではなくて、別に東大卒じゃなくても、MARCHじゃなかろうが大卒じゃなかろうが、ごく普通の「中年貧困ワーカーの実態」なんだなあ。だったら、別にそれは何も『東大卒貧困ワーカー』というタイトルをつけなくても別に何の問題もないわけで、「いやいやそれじゃあ誰も読まないよ」という意味でそうしたタイトルをつけるのはわからないではないが、そんなら「東大卒ならではの、貧困ワーカーぶり」というものについて書かなければ、『東大卒貧困ワーカー』というタイトルをつける意味はない。

 う~ん、そんな意味ではこの新潮社の担当編集者の、意識的な読者に対する裏切りっていうものがあるのか、あるいは、企画当初は「東大卒ならではの話」を書いてもらう予定だったのに、全然そうじゃない内容になってしまったときに、「中沢さん、この内容じゃ『東大卒貧困ワーカー』っていうタイトルを付けられないじゃないですか。全面的に書き直しね」というひとことが言えなかったのか、のどちらかではあるのだろう。

 いずれにせよ、ちょっとこれは「詐欺的タイトル」の典型ではありますなあ。「東大卒」の人が書いたのは事実だけど、「東大卒貧困ワーカー」の話は、自分の体験だけでしかない。もうちょっと「一般論としての東大卒貧困ワーカー」について書かないとね。

Photo 『東大卒貧困ワーカー』(中沢彰吾著/新潮新書/2017年6月23日刊)

 勿論、別に書いてあることが間違っているわけではない。現状における日本の労働市場の特異さは言うまでもない。

『世界で日本にしかない特異な習慣で、労働市場の流動性を低下させ、学生を萎縮させて自由意思を阻害し、熟考する時間が足りず企業と労働者のミスマッチを引き起こしやすい。企業側のアンフェアなフライングに青田刈り、学生の意向を無視した囲い込みに内定切り、学生側の大量の内定辞退。全員横並びでスタートさせ不本意な結果に終わった学生に無用な挫折感、敗北感を植えつける等々、新卒正社員のうち3分の1が入社後3年以内にやめてしまうのは、よく考えずに決めたことによるミスマッチが原因と指摘されている。それが当たり前になっている異常さを放置すべきではないだろう』

 というのは当たり前の指摘。

『現代の新卒学生の3分の1は3年以内に離職し、フリーターや派遣になる人もいるから、セミナーや職業訓練、転職先の紹介、人材派遣などで卒業後も何度もビジネスの対象になりうる。また、職業紹介以外での余禄も大きい。不動産、車、金融、結婚、旅行、スポーツ、グルメ、美容、ファッション、メディア等々多様な生活関連ビジネスの各分野の子会社を用意して、ダイレクトメールで営業できる。ビジネスの対象を若者に絞ると、極めて効率良く多角的に利益を上げられるのだ。それも長期に亘って』

 結局、それらの原因は大学卒のサラリーマンの採用方法が「新卒一括採用」に偏っているからに他ならない。結局、新卒学生の3分の1は自分が勤めている企業と自分自身のミスマッチに気が付いて、サラリーマンをやめる。ところが、採用の二次市場がないために、結局彼は非正規労働者として働くしかなく、その結果、ある部分の人たちは「貧困ワーカー」となってしまう。結局、「セミナーや職業訓練、転職先の紹介、人材派遣」は、働く人のためにあるのではなく、企業としていかに収益を上げるかのための「(求職者という名前の)お客さん」のためにあるのだ。

 で、非正規のワーカーになってしまう。ところが、その非正規ワーカーにはもっと大きな問題があるのだ。

『通商白書2016によれば、製造業以外の業種の労働生産性を比較すると、概ね米国51、ドイツ45に対し日本は27。特にサービス業の生産性が低い』

『非正規は元々政財界の目論みでは、労働ヒエラルキーの底辺を構成し、必要に応じて便利に使えることが大事で、能力は期待されていない。その格付けがあるからか、非正規職場では次のような退廃的な三段論法が定着している。
「利益を上げるために低賃金非正規を調達した→非正規は能力が高くない→効率が悪くても、あいつらは非正規だから仕方がない」』

 非正規だからいくらでも換えがきく。いくらでも換えがきくので、給料を上げる必要がない。給料を上げる必要がないから、労働コストは上がらない。んじゃあ、その方式でいこう。労働生産性なんて初めから望んではいないのだ。

『使う側がそう思ってくれているのだから、非正規は結果にこだわらずのんびりできる。生産性は向上せずむしろ低下していく。たまに非正規がやる気を出して「このやり方はおかしい」などと注意すると「めんどくせえこと言うな」と追い出されてしまう。優越的な立場を与えられた人はその立場にこだわりがちで、非正規から意見されることをひどく嫌う』

 まあ、それが現状ではあるし、その傾向がそうやすやすとは変わるとは思えない。まあ、「正規・非正規」っていう分かれ方から、「向上心のある人・向上心のない人」っていう風に分かれるだけなんだけれどもね。

 と言うことなので、日本でも少しづつ状況は変わりつつあるようで、企業側も経験者を正規労働者として採用しようという動きも出てきてはいるようだ。勿論、経験者を正規労働者として雇用するということは、当然そこには人によって選別するということが行われなければならないし、実際そうなっているのだろう。

 つまり、仕事ができる経験者は、より高い収入を得ることができるし、「出世」という道も考えられている。その一方、仕事ができない奴は、いくらでも代替ができる「便利な労働者」として切り捨てられて、結局「貧困ワーカー」にならざるを得ないのだ。まあ、欧米は以前からそのような労働市場が成立していたし、少なくとも日本のような横並びの就職っていうものはなかったはずだ。

 それは少なくとも、これからの日本の労働市場が進んでいく道だろうし、前に戻すことができない道でもある。

 じゃあ、そこで「高学歴貧困ワーカー」がいなくなるかどうか……、これがいなくはならないのだ。ポイントは「仕事ができるか、できないか」だからね。

 それが厳然たる事実。

『東大卒貧困ワーカー』(中沢彰吾著/新潮新書/2017年6月23日刊)

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