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« 『男たちが見た小池百合子という女』「都民ファーストの会」なんてものにダマされちゃいけないよ | トップページ | 蛇崩・伊勢脇通り・中目黒 »

2017年7月16日 (日)

「中原街道」って、本当は「街道」じゃないのにね

「中原街道」というのは「街道」という名前はついているのだが、別に徳川家康が作った日本橋を起点とする五街道とは何の関係もない。

 たしかに、「中原街道」という名前が付けられたのは徳川家康の時代なのだが、実はそれ以前からあった武蔵国と相模国を結ぶメインの通りだったというだけのことなんだ。東海道ができた当初は東海道の裏街道的な位置づけがされていたようだが、別に、それ以降は東海道の裏街道でもなく、まあ、武蔵国と相模国を結ぶもう一つのメインストリートというくくりの道だったようなのである。

Dsc_00082

 現在の中原街道と旧中原街道の追分道が武蔵小杉の一番大きなパルム商店街の出口のところにある。左が旧中原街道、右が現在の中原街道、でそのまま中原街道を右折すると戸越銀座商店街になる。

 旧中原街道はここから1km足らずの長さしかないが、何となく昔の街並みのイメージが残されている道ではあります。

Dsc_00153

 この追分道のそばにあるのが「平塚橋の碑」。玉川上水から引かれた品川用水というのがあって、品川宿の方まで流れていたようだ。現在は暗渠になっていて下水道などに使われているらしく、記念碑があるだけだ。

Dsc_00233

 中原街道を少し下ると(えっえー、西に行くんだから上るのかなあ)旗の台の駅の方へ別れる追分がまた現れる。別に表示もなにもないのだが、ここも旧中原街道なんだろうか。

Dsc_00263

 同じような追分道がやはり何ヵ所か中原街道にはあるんだが、それらが旧中原街道なのか、あるいはごく普通の分かれ道なのかはよくわからない。

 ただ、現代になって作られた分かれ道だったら、普通は十字路の交差点になっているはずなので、何らかの形で昔の追分道だったんだろうなあ。

Dsc_00453

 ということで洗足池に出るのであります。

 昔の落語の小咄でこの「洗足池」と上野の「千束」と間違えて四苦八苦するタクシーの運転手っていうネタがあったのだが、誰の噺だったのかも覚えていない。私が小学生くらいの頃だったのでよく覚えていないのだが、考えてみればこの「洗足池」がある場所も現在は「大田区南千束・北千束」なので、どちらの「せんぞく」なのかを間違えるというのは、まあ、本物のタクシーの運転手さんだったら間違えないよね。

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NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Nakahara-kaido Ave. Shinhagawa Ota ©tsunoken

 

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