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2017年5月17日 (水)

高崎線籠原駅……う~ん、地味な駅。という以外に……

 高崎線籠原駅って、熊谷からひとつだけ先の駅で、篭原以北は15両編成に対応できていない駅があるため、多くの15両編成の高崎線は、ここ籠原駅で前5両を切り離さなければならない、という結構重要な駅ではあるんだけれども……、なんか地味な駅だなあ。

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 熊谷駅と籠原駅の間には熊谷貨物ターミナル駅という貨物専用の駅があるんで、やっぱりそれなりに重要な駅なはずなんだけれども、でも、駅の存在自体が地味。

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 う~ん、駅前もなんか昭和30年代を思い出させる駅前通りだなあ。

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 更に、籠原駅の階段脇(というか、誰も入れない裏側)にはひっそりと篭原駅の説明版が、これまた地味に建てられているんだが、多分、これじゃあ読まれない?

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 なので、代読しましょう。

『篭原駅開設七十周年記念<高崎線は日本最初の私鉄として日本鉄道株式会社により明治十六年七月二十八日上野熊谷間が開通し即日熊谷駅が営業開始当時は上野熊谷駅間は一日二往復の運転であった。翌年明治十七年五月一日高崎まで延長になり同年六月二十五日熊谷高崎間の開通式が熊谷にて挙行され畏くも明治天皇には日本最初の私鉄開通式に熊谷駅御着親しくもその模様を天覧された。その后明治三十九年私鉄から省線へと改められ官営となった。当時日本最初の私鉄高崎線を選定された理由には安政年日本開港以来横浜港に於て生糸の一手貿易が行われた為め特に武州(北埼玉)上州(群馬)の養蚕地帯の生糸繭の生産が大きく生糸の安全迅速な輸送急務の為であった。当駅は明治四十二年十月開場であるが明治三十八年当地大正寺住職岡田契意氏中心になり近郷有志森田金次郎清水新七石丸春奄北爪茂重郎権田愛三栗原畄三郎氏等に図り大正寺に於て会合協議を重ね地元民の絶大な協力を得現在地に開場となりました。惟うに計画は交通の便殖産工業発達増進を図るにありたるも先住地元民の賢明なる百年の計を勘案されました事は今日の地域発展の礎となりました。吾々子孫住民は忘れる事なく先代の遺業に心をあらたに敬意を表したいものです。 沿革を誌し開設七十周年を記念す。
    昭和五十四年十月吉日 篭原駅開場七十周年記念事業 実行委員会』

 う~ん、これを読んでも高崎線の開業経緯はわかるんだけれども、肝心の籠原駅の開業経緯が分からない。おまけに、昭和54年に書かれた文章の割には、見事に句読点がなくて、判読するのにちょっと手間がかかる。

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 まあ、一軒だけ残されている蔵造りの家くらいが、なんとなく時代を感じさせる程度で……。

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NIKON Df AF Nikkor 28mm f2.8 @Kagohara Sta. Kumagaya ©tsunoken

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