フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 高崎線籠原駅……う~ん、地味な駅。という以外に…… | トップページ | 東京周縁部を往く・町田旧街道 »

2017年5月18日 (木)

やっと出てきた、真っ当な『琉球独立宣言』

 う~ん、いよいよ本命「琉球独立宣言」って感じですかね。

 実は、こうしたナショナリズムをベースにした考え方をしないと、解決するべきものも解決しないのかもしれないのだ。

Photo 『琉球独立宣言 実現可能な五つの方法』(松島泰勝著/講談社文庫/2015年9月15日紙版刊・2015年10月1日電子版刊)

 1970年頃の学生運動華やかなりしころの「沖縄問題」への左翼各派の主張って「沖縄奪還」とか「沖縄解放」という言い方で、そこには「沖縄を日本から独立させよ」という主張はなかったように思う。まあ、勿論、新左翼だって結局は日本国内の政党なわけで、その日本の政党が「沖縄独立論」を言うはずもないし、当然、その下部組織でもある各新左翼政党の沖縄支部(ってのがあったのかどうかはあやしいのだが)がそんな主張をするわけはなかったんだろう。でも、そんな新左翼の活動と共にしていながら、私の心の奥底では「いやあ、真の沖縄解放は『沖縄独立』でしょう」と考えて、太田竜、平岡正明、竹中労らのいわゆる「新左翼三バカトリオ」らの主張した「アイヌ独立」や「琉球独立」が正しいと考えていたんだが、そんな考え方は「ナショナリズムである」ということで、新左翼各党派からは退けられていたんだなあ。

 しかし、ナショナリズムをベースにしないインターナショナリズムっていうのは、コスモポリタニズム以外にはあり得ないだろうし、コスモポリタニズムではナショナリズムを相克することはできない。結局、インターナショナリズムというのはナショナリズムをベースにせざるを得ないわけで、その一番悪い例がソヴィエト連邦だっていうことなんだろう。結局はナショナリズムを相克できるインターナショナリズムもあり得ないということになってしまう。

 もし、ナショナリズムを相克するインターナショナリズムというのは、多少暴力的ながらもグローバリズムしかないのだろうし、インターナショナリズムに基づいた社会主義が実現せずに、むしろ結果としてグローバル資本主義が勝ち残っている現状を見るにつけ、結局はインターナショナリズムはグローバリズムには勝てなかったという現実しか見えないのである。

 であるならば、ここは堂々とナショナリズムをベースにして「琉球独立宣言」なのである。むしろ、その先にこそ国際的な平和主義の世界・時代がやってくるかもしれないのだ。

『つまり、「琉球」は、かつて国であったことを想起させる言葉なのです。琉球文化圏とは奄美諸島、沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島などの歴史や文化を共有する文化圏です。この場合「琉球」は奄美諸島も含みます。しかし、1609年の島津藩の琉球侵略以後、奄美諸島は琉球国から切り離されて島津藩の直轄領になりました。1609年以後の時期において、本文中で使用される「琉球」は沖縄諸島、宮古諸島、八重山諸島を指しています』

『歴史的事実として過去に琉球国が日本に属しない、つまり領土ではない時期が長期にわたって存在していました。日本の統治時代は1879年から1945年まで、1972年から現在までの109年程度でしかありません。14世紀はじめに北山国、中山国、南山国という3つの国ができ、1429年に琉球国が統一されました。600年近く、琉球は日本国とは異なる国として存在していたのです。1609年に島津藩に侵略をうけ、それ以降、経済的に搾取されますが、王国体制は変容をとげながらも発展し、内政権、外交権を行使していました。「日本に属していた」のではありません』

『19世紀半ば、琉球は独立した王国であり、日本とアジア大陸との貿易に力を入れていた。1854年7月11日にマシュー・ペリー米提督が琉球との条約に署名した。他の欧州諸国も同じような貿易協定を結んだが、それは琉球の北方にある日本からの脅威を高める結果になった。1874年の終わりから、明治の日本帝国は琉球をより深く併合(incorporate)させ始めた。1875年に日本は琉球に駐屯部隊をおいた。1879年に日本政府は琉球を併合し(annexed)、琉球王国を廃絶させ、日本列島のなかの南の辺境として位置付けた』

『統治者の承認とは関係なく、琉球の国としての存在は歴史的事実であり、少なくともアメリカ、フランス、オランダ、中国は認めています。そのほか、かつて琉球国と外交関係を有し、貿易をした国々、韓国、北朝鮮、ベトナム、タイ、フィリピン、インドネシア、マレーシアなども琉球国の存在を認知するでしょう』

『明、清との朝貢冊封関係という外交的、経済的な対外関係を通じて、他のアジア諸国も琉球国を独立国として認め、外交文書を取り交わしました。中国との朝貢冊封関係への参入は、他のアジアの国々との外交と貿易を可能にしたのです。現在も残る『歴代宝案』という琉球国の膨大な外交文書を読めば、琉球が国であったことは明確です。明や清などの中国政府も、琉球を「外藩」として、朝鮮国、安南国(ベトナム)と同列の独自な国として認めていました。日本も遣隋使や遣唐使の時代、足利義満の時代は中国に朝貢しており、外藩の一つでした』

 ならば、そこは堂々と「琉球国」宣言を行うべきだろうし、本書の著者、松島泰勝氏らが発起人として設立しら琉球民族独立総合研究学会は、その設立趣意書に言う。

『琉球は日本から独立し、全ての軍事基地を撤去し、新しい琉球が世界中の国々や地域、民族と友好関係を築き、琉球民族が長年望んでいた平和と希望の島を自らの手でつくりあげる必要がある。・・・。琉球の独立が可能か否かを逡巡するのではなく、琉球の独立を前提とし、琉球の独立に関する研究、討論を行う。独立を実現するためには何が必要なのか、世界の植民地における独立の過程、独立前後の経済政策および政治・行政・国際関係の在り方、琉球民族に関する概念規定とアイデンティティ、琉球諸語の復興と言 語権の回復、アート、教育、ジェンダー、福祉、環境、マイノリティ差別、格差問題、在琉植民者の問題等、琉球独立に関する多角的および総合的な研究、討論を行い、それらを通して人材の育成を行う。 ・・・。学会の研究成果を踏まえて、国連の各種委員会、国際会議に参加し、琉球独立のための世界的な運動等も展開する』

 まあ、「政治活動」とは異なる部分から発した沖縄(琉球)独立運動というのは、多分、これが初めてではないだろうか。

『今、琉球は、「日本との一体化、格差是正」から「アジアとの連携強化」に軸足を移そうとしています。世界的に成長するアジアとの経済関係を深めたほうが、琉球が将来、経済自立できる可能性が広がることは明らかです。1970年代まで琉球よりも「経済レベルが低い」と思われた台湾や中国のほうが、はるかに力強く経済成長するようになりました』

 那覇空港という好立地のハブ空港をベースにした琉球経済圏というものを確立した方が、東南アジアにとっても、更に言ってしまうと日本にとっても、今後の発展に向けて良い歩みかもしれないのだ。

 まあ、問題は「米軍基地利権」のうまい汁を吸ってきた人たちが、これからどうするかっていうことだけで、それはたいした問題じゃないかもしれないのだ。

 だって、もともと沖縄(琉球)は日本じゃなかったんだから。

『琉球独立宣言 実現可能な五つの方法』(松島泰勝著/講談社文庫/2015年9月15日紙版刊・2015年10月1日電子版刊)

« 高崎線籠原駅……う~ん、地味な駅。という以外に…… | トップページ | 東京周縁部を往く・町田旧街道 »

」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/65287418

この記事へのトラックバック一覧です: やっと出てきた、真っ当な『琉球独立宣言』:

« 高崎線籠原駅……う~ん、地味な駅。という以外に…… | トップページ | 東京周縁部を往く・町田旧街道 »

2017年5月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31      

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?