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2017年5月 2日 (火)

『フランスはどう少子化を克服したか』で見ても、とてもかなわないこと

 4月18日のブログ『結婚と家族のこれから』で「フランスや北欧って、どうやってその辺の問題を解決してるんだろう。 うん、次に読む本のタイトルが見えてきたぞ」なんて書いて、その結果読んだ本なんだが、う~ん、こうなると益々日本における「少子化の問題」やら「保育園落ちた、日本死ね」の問題の解決は難しくなることがよくわかって、ちょっと困ってしまう。

Photo_2 『フランスはどう少子化を克服したか』(高崎順子著/新潮社新書/2016年10月21日刊)

『フランスでは毎年9月、その年に満3歳を迎える子供、つまり2歳9ヶ月から3歳8ヶ月の子供たちが一斉に、「保育学校」に入学します。ここはフランス国内のすべての子供が入学できる週4日半・3年制の学校です。日本の文部科学省に相当する国家教育・高等教育・研究省(以下、国家教育省)の管轄で、義務教育ではないものの教育費は無料、2015年時点の入学率はほぼ100%となっています。数少ない例外は病気の子や、親の教育方針で義務教育までは学校に行かない、という子たち』

『朝8時半から夕方16時まで、3歳クラスはお昼寝がありますが、4歳からはそれもなくなって、生徒たちは読み書きの初歩や数字、体の動かし方、色の見分け方などを学びます。教える先生はもちろん、国家教員免状の保有者です。
 3歳から全入の学校があるということは、3歳児以上の「待機児童」はこの国には存在しないことも意味します』

 で、その結果

『フランスは過去10年、合計特殊出生率(一人の女性が生涯に産む子供の平均数)を2.0前後で維持し、「少子化対策に成功した国」と言われています。週35時間労働制で働く父親・母親が家庭で過ごせる時間を増やしながら、多角的なサポートを強化して、いつしか西欧でも指折りの「子供が産める国・育てられる国」になりました』

 ということはよく知っているんだが、そのバックボーンの深さと言うか、歴史というものについては、完全に「彼我の違い」というものをどうあっても意識せざるを得ない。また、同時にそれは「民主主義」というものの社会での根付き方の違いとでもいうべきもののようである。

 まず、その歴史を見てみると……

『保育学校の歴史は1770年から記載されています。その起源は「紡績の学校」。紡績業の盛んだったヴォージュ地方で、工房で働く母親を持った児童たちを、司教オベルランが集めて面倒を見た場所でした。その後もカトリック教会と個人の慈善家が、放置された子供たちの世話をしてきましたが、その動きはあくまで単発にとどまっていました
 組織化されるに至った大きなきっかけは、隣の英国・スコットランド地方の工業地帯で1810年に作られた「インファント・スクール」です』

『この噂を聞きつけたのが、パリの富裕層の婦人たち。ロンドンに視察に飛び、教会の支援を得て設立委員会を立ち上げ、ロンドン方式を真似た定員80名の「保護室」を1826年、パリ中心部のバック通りに開設しました』

『その後様々な制度化が進められ、対象年齢の児童がほぼ全入となったのは、1958年』

『フランス教育制度の中でも評価の高い保育学校ですが、その始まりは篤志家たちの熱意でした。
 子供たちのために」という個人のシンプルな熱意から発した小さな学校が、支持を受けて全国に広がり、国がその価値を認めることで、万人の権利となったのです。
 このダイナミックな過程は、とてもフランス的なように感じられます。フランス革命の昔から、国を変えるのは一人一人の思いであると、この国の人たちは信じています』

 つまり、基本的には産業革命のときにそれは始まって、以降、女性が社会の中でどうやって活躍できるのかをずっと考えてきた世界なんだなあ。一方わが国では、産業革命の結果(といってもそれ自体が明治になってからなのだが)「女工」というものの存在が始まったものの、彼女たちを如何に社会のくびきから解放するかというよりは、結局「女工哀史」という悲しい文学作品だけを生み出したのみであって、それをきっかけに社会を変えていこうとする動きはできなかったわけだ。

 もうひとつは妊娠というものに対する考え方、というか妊娠した母親の権利の問題に関する違いかもしれない。

『それでも一つ確かなのは、この国でお産の形を決めるのは、産む女性たちだということ。麻酔で痛みを軽減するか、自然のままに産むか。そのどちらも強制されるのではなく、自分の意思で選べる。「お腹を痛めない」権利は誰にでもある。「お腹を痛めるか否か」は出産の形の選択であって、「子供を産むか産まないか」の判断とは、別の次元にあるのです』

『妊娠にまつわる表現にはこんなものもあります。「妊娠は病気ではない」。 「だから特別扱いする必要は無い」という意味と、「病気のように治せないのだから、いたわるべき」という相反する意味で使われていますが、フランスの場合は完全に後者です。妊娠が確定したときから医療面でのサポートはかなり手厚く与えられ、平均的なケアを受ける限り、「妊婦は医療費ゼロ負担」が基本。それは産む先が公立病院でも私立病院でも変わりません』

『このシステムは「妊娠は病気でない」ため、保険がきかない日本とは大きく異なります。日本でも自治体が発行する妊婦健診クーポンの綴りや、健康保険による一時金支払いなどがありますが、毎回の健診では基本的に支払いが必須です』

『医療費無料は子供たちも同じで、退院1週間目の初回小児科健診を含む、6歳までの20回の健診、2歳までに4回、そのあと6歳までに3回の発達診断、1歳までに3種類の法定感染症のワクチン、のすべてが保険でカバーされます(前記以外の13種類の義務・推奨ワクチンは自己負担35%)』

『誰がどうやって、この医療保険を維持するお金を払っているのでしょうか。
 ざっくり結論を言ってしまうと、その担い手は民間企業と世帯です。フランスの医療保険は社会保障制度の一環で、その運営費は老年保険、医療保険(疾病、出産、傷害、死亡、職業病)、家族手当、住宅支援基金、労災保険と取りまとめて管理されています』

 で、結局は『フランスでは毎年9月、その年に満3歳を迎える子供、つまり2歳9ヶ月から3歳8ヶ月の子供たちが一斉に、「保育学校」に入学します。ここはフランス国内のすべての子供が入学できる週4日半・3年制の学校です。日本の文部科学省に相当する国家教育・高等教育・研究省(以下、国家教育省)の管轄で、義務教育ではないものの教育費は無料、2015年時点の入学率はほぼ100%となっています。数少ない例外は病気の子や、親の教育方針で義務教育までは学校に行かない、という子たち』なんだから、こりゃ誰でも安心して子供を産むことができるし、同時に仕事をいったん休んでもすぐに復帰できる状況が作られているわけだ。

 はたして日本でこうした制度が落ち着くまでには何年かかるんだろう。

『フランスはどう少子化を克服したか』(高崎順子著/新潮社新書/2016年10月21日刊)

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