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2017年4月 2日 (日)

『会社が消えた日』

『松下電器産業、日立製作所、東芝、ソニー、シャープ、三洋電機、富士通、NEC、三菱電機、パイオニア、日本ビクター。日本には「大手」と呼ばれるだけで11社の電機メーカーがあった。民生、重電、情報・通信と軸足を置く分野は分かれるが、テレビ、携帯電話、パソコン、白物家電といった事業の多くはオーバーラップし、市場で激しく競い合っている』

 しかし、輸出がどんどん成長していた時代ならまだしも、テクノロジーはすぐに陳腐化し、そんな陳腐化した製品はコモディティとして安く作れる韓国や、中国に輸出競争力では負けてしまう。

 2009年にパナソニックに吸収されてしまった三洋電機は2011年には上場廃止となってしまい、三洋電機という会社は完全に消えてしまった。

 しかし、その後に何があるというのだろうか。

『三洋電機がたどった軌跡と重なるのが現在のシャープであり、その後ろにパナソニックとソニーがいるようにも見える。通信や電力といったインフラに重点を移したNECや日立、東芝も、もはや日本経済の成長ドライバーにはなり得ないだろう』

 つまり最早ダウンサイジングの真っ最中の日本なのである。

『安倍政権はアベノミクスの第3の矢「成長戦略」で日本経済のダウンサイジングを止めようとしているが、これといった妙手は見当たらない。そもそも成長とは唯一のプロフィットセンターである民間企業が自ら考え、実行した結果として実現するのが筋であり、政策で生み出せる人為的な成長にはおのずと限界がある』

 というのが事実なんだなあ。

Photo 『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』(大西康之著/日経BP社/2014年5月20日紙版刊・2014年7月11日電子版刊)

 きっかけは2004年10月23日の中越大地震だった。

『2004年10月23日土曜日、午後4時56分。新潟県中越地方を最大震度7の巨大地震が襲った。次の年、三洋電機は早期退職を募集し、半導体部門で420人の社員が会社を去った。だが、それは「終わりの始まり」に過ぎなかった』

 三洋電機は新潟県小千谷市に新潟三洋電子という半導体部門の製造子会社を作っていた。

『新潟三洋の被災が業績崩落のきっかけを作ったのは確かだが、現実には被災前に三洋電機の経営は事実上、破たんしていた。一言でいえば放漫経営である』

『強気の投資のほとんどは空振りに終わる。半導体や大型液晶パネルは在庫の山を作り、生産ラインの稼働率は低空飛行を続けた。パンパンに膨れ上がった風船に突き刺さった1本の針。それが新潟三洋の被災だった』

 その結果……

『2006年、追い詰められた三洋電機は資本増強のための第三者割当増資を実施し、米ゴールドマン・サックスグループ、大和証券SMBCグループ、三井住友銀行の金融3社から3000億円の出資を受けた。経営の主導権を握った金融3社は敏、敏雅、野中を三洋電機から追い出し、電機大手最後の同族経営は幕切れとなった』

 で、当然、その金融3社はハゲタカだったわけで……

『金融3社は三洋電機の有力事業を次々と売却し、残った本体をパナソニックに売った。パナソニックは「サンヨー」ブランドを廃止した。ピーク時に世界に10万人いた三洋電機の社員は散り散りになり、パナソニックの中に残ったのは9000人強。パナソニックの完全子会社になった三洋電機は残務処理のため法人格としてはまだ存続しているが、残務処理が終わればそれも消滅するものと見られる』

『2014年2月18日、パナソニックは三洋電機を対象にした早期退職の募集を始めた。250人が対象だった。間接部門に900人いる三洋電機社員を約3割減らす。大阪府守口市の旧三洋電機本社ビル1号館は守口市に売却することが決まった。ピーク時、売上高2兆5000億円だった三洋電機という巨大企業の痕跡がこの世から消えようとしている』

 西松屋というベビー服のチェーン店がある。

『ここにはパナソニック、ソニー、シャープ、NEC、富士通、ルネサスエレクトロニクスなど、電機大手から転職した技術者が62人もいた。ベビー用品の会社で電機のエンジニアが何をしているのか。彼らの話を聞くと、そこには、これから日本が向かう産業構造変化の実像があった』

 西松屋だけではない。

『仙台に本社を置く日用品メーカー、アイリスオーヤマが大阪・心斎橋で9階建てのビルを買った。2014年の春からここで三洋電機を含む約30人の元電機メーカー社員が働く。アイリスオーヤマの「R&Dセンター」だ。
 LED照明で家電事業に進出したアイリスは電機大手を辞めた技術者を続々と採用している。仙台の会社が大阪に開発センターを設けたのは、三洋電機、シャープ、パナソニックの関西電機3社から大量の技術者があふれ出すことを見越しているからだ』

『アイリスが作るのはLED照明、加湿器、扇風機、電子レンジ、高圧洗浄機といった軽家電である。三洋電機やシャープから来た技術者に電源など肝の部分を設計させ、全国8カ所の自社工場や中国の受託工場を使って格安の製品を作る。これを従来の日用品の商売で太いパイプを持つホームセンターなどで売りさばく』

 まあ、結局「技術屋」さんは、別に大手の家電会社でなくとも活躍できる場所があるってことなんだなあ。勿論、プライドを捨てればという条件は付くけれども、人間どこかで生きていかなければならない以上、プライドを捨てればどんな会社でも自分の技術や能力は生かせるってことなんだ。

 まあ、プライドでメシを食っていけるわけでもないのだから、こうした発想の転換はいいことなのかもしれない。

『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』(大西康之著/日経BP社/2014年5月20日紙版刊・2014年7月11日電子版刊)

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