フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »

2017年4月

2017年4月30日 (日)

日光御成街道川口宿

 本郷東大農学部正門前の「本郷追分」で旧中山道と別れた日光御成街道(本郷通り)は、岩淵宿、川口宿、鳩ケ谷宿、大門宿、岩槻宿と過ぎて、幸手宿でもって日光街道に合流する。

Epsn30552

 その内、「宿場=泊まった場所」として唯一確認できるのは、「岩槻宿」として将軍が使ったとされる岩槻城祉だけである。あとは「宿場跡」などの道標があればいい方であり、まあ、歴史の積み重ねってやつは、そんなもんでしょう。

 岩槻宿以外は宿場といっても「泊まる場所」ではなくて、「休憩所」的な宿場だったようだ。

Epsn30562

 ここ川口宿も同じ事情で、宿場跡らしき町並みなんてものはなくて、はてさて宿場跡はどこにあるんだろう。

 川口駅の西口は完全なマンションなどの住宅街だし、東口も駅前こそは商業ビルなんかもあるが、その一枚裏側はやっぱり高層マンションばっかりだ。

 話は関係ないけど、多分この辺に住んでいる人たちって、固定資産税を払う時と選挙の時ぐらいしか、自分たちが埼玉県民であるとか川口市民であるなんてことを考えない人たちなんだろうなあ。っていう位、東京の感覚に近い街である。

Epsn30192

 で、唯一昔からの大通りらしき「川口本町大通り」を行くと、成田山別院なんてのがある。まあ、だいたいこんな建物があるとそばに神社があり、その神社が昔の町の中心地だったってのが相場なんだよなあ。

Epsn30212

 で、行ってみるとありました「川口神社」。元々は大宮の氷川神社から分祀したものらしいんだが、明治になって川口町内の天神社、稲荷社、金山社を順次合祀して明治42年に社名を川口神社と改めたというんだから、まあ神社としては結構新しい神社なんだ。最も氷川神社としては中世からある神社らしいんだけれどもね。

Epsn30372

 ななかな大きな神社で、社殿も立派だ。

Epsn30292

 で、その川口神社の社殿に優るとも劣らない立派な社殿が境内にあるんだが、そこが金山神社。

Epsn30272

 う~ん、金山神社も元々は由緒のある神社だったんだろうなあ。

 で、この川口神社が昔の川口の中心地であり、川口宿の中心でもあったようだ。この川口神社から少し荒川の方に行ったところに、川口宿の絵図というのもある。

EPSON R-D1s LEITZ ELMARIT-M 28mm f2.8 @Kawaguchi ©tsunoken

2017年4月29日 (土)

『すべての教育は「洗脳」である』は典型的な「G人材のための、G人材による、G人材の人」の書なんだなあ

 う~ん、そりゃ『すべての教育は「洗脳」である』っていう論はよくわかるし、私もそう思う。しかし、それを久留米大学付設高校出身で東京大学文学部中退ののホリエモンが言ったって、全然説得力ないもんなあ。

 結局、堀江氏だって東大に入るまでは「普通に学校のお勉強を頑張っちゃった」クチでしょう。そんなひとが『すべての教育は「洗脳」である』って言ったって、あんただってそんな「洗脳」を受け入れていたんじゃないかよ、ってなもんですな。

Photo 『すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論』(堀江貴文著/2017年3月20日紙版刊・2017年3月17日電子版刊)

 インターネットによって「国民国家」という概念はなくなったというのが堀江氏の見解だ。

『もう、「国民国家」というフィクションは力を持っていない。「国家」はなくなりつつある。早晩、僕らがイメージしていたような形の国家は消滅するだろう』

『もちろん、まだ「国」という枠組みは残っている。国家(税金による富の再分配)という機能は今後も残るだろう。だが、それを支える「国民」、そして国民国家という概念はもはやファンタジーにすぎない。というより、そもそも想像上の産物なのだから化けの皮がはがれたと言うべきか。
 今や「国民」を作るための洗脳装置は不要になった。これから人類は、「国」から解き放たれた、真に自由な「民」になるのだ』

『時代に合った良質なフィクションは、人々に「居場所」を提供してくれる。かつてはそれが、「国家」「企業」「学校」だったのかもしれない。人々は、自分がその共同体の一員だと信じることで、自分の居場所を実感し、アイデンティティを育むことができた。
 しかし、インターネットによって国家の壁が取り払われた現在、人々の居場所はもっと違うところにある』

『N幻想(国民国家幻想:引用者注)がなくなり、誰もが共有する「幸せの正解」がなくなった現在、人は国民ではない「民」の一人として、自分だけの幸せを探し、生き方を探し、働き方を探さなければならない。それは、画一的な「学校」で教えられるものではないというのが僕の意見だ』

『国民国家(N)という幻想が崩壊する。それは別に、世界中の人間がいきなり「地球人」として新しい枠組みの中で生きるようになる、という意味ではない。
 今後人々は、生まれた国や地域に関係なく、生き方、考え方、働き方の面において大きく二つの方向に分かれていくだろう。
 一つは、世界規模――〝グローバル〟を行動範囲とする「G人材」。
 そしてもう一つは、地元――〝ローカル〟に根づく「L人材」である』

「国民国家」という幻想はなくなりつつある、というのは事実だろう。しかし、一方で国民国家側からはそれへの大きな巻き返しもあるのも事実であり、まあ、しばらくはそんな国民国家側と「国民国家は幻想である」と主張する側のせめぎあいが行われるはずだ。「国民国家に代わる新たな社会体制」が整うまでは、そんなせめぎあいが続くだろうし、その時に備えての「G人材」と「L人材」という考え方の浸透という風に考えないと、今はっきり「G人材」「L人材」に分けて、「皆、G人材を目指そうよ」ってやってもうまくはいかないだろう。

『L人材が好むコンテンツを見れば、その嗜好性は明らかだ。『ONE PIECE』のメインキャラクターたちは、常に仲間のために死に物狂いで戦い、涙する。ジャニーズやAKB48、EXILEといったアイドル歌手が売りにしているのも、歌というよりはむしろグループメンバー間の絆や、ファンとの連帯感の方だ』

 とは言うものの、そんな「L人材」の生活を支えているのは実は「G人材」が生み出した富であるということはあまり知られていない。

『「大都市よりも、地方都市の方が快適だ」と言う人は多い。確かに地方は家賃が安く、駐車場代もかからない。少し車を飛ばせば、大型商業施設にたどり着ける。そこに行けばなんでも揃うし、遊ぶ手段にも事欠かない。
  ただ、こうした〝楽園〟の維持費となっているのは、その地方自体の税収ではなく、地方交付税交付金だ。つまり、大都市圏で働く高所得層の納めた税金が地方に回っているからこそ、地方の居心地の良さは守られているのである。
 そして今後、少子高齢化による税収の先細りは避けられない』

 というのは事実だが、じゃあ一体「L人材」はどうやって生きていけばいいんだろう。世の中には「G人材」と「L人材」に分かれていくと言いながら、しかし、それぞれの生き方について言及しないのは、ちょっと片落ちなのではないだろうか。

 勿論、堀江氏自身は典型的な「G人材」なんだからそのままを生きていけばいい。しかし、世の中には堀江氏と同房だった長野刑務所の受刑者たちみたいな、典型的な「L人材」がいる訳である。

『たとえば、僕もかつてはぶら下げていた「東大生ブランド」。いまだに「やっぱり大学に行くなら東大でしょうか」などと聞いてくる人がいるが、僕にはまったく理解できない。もちろん僕の答えは、「大学なんて全部無意味!」だ』

『僕が10代だった頃、「東大生ブランド」の価値はそれなりに高かった。つまり、コスパが良かったのだ。頭の固い両親も「東大に入るなら」と上京を許してくれたし、ヒッチハイクをしても「東大生なら信用できる」と車に乗せてもらえた。起業した時も、「現役東大生が起業!」とマスコミにもてはやされた。
 では、今はどうだろう? 「東大生」なんて、もはや珍しくもなんともない。珍しかったのは、大学進学率が1~2割しかなかったような時代、あるいは東大生が民間(特にベンチャー)に少なかった時代の話だ』

 というのはすべて事実ではあるにしても、でも、未だに世の中にはそんな「東大生ブランド」という神話が生きている部分もあるんだ。そんなブランドを信じている人たちに向かって「そんな神話は捨てろよ」って言ったって、「そんなバカな」と言われるだけがオチなのである。

 堀江氏がそんな「L人材」に向けて、それを脱出する方法を提示して初めて。というか、そもそも「L人材」が自分でそんな方法を見つけられるはずもないので、その人たちに堀江氏自らその方法論を提示して初めて、本書の結論が言えるのではないだろうか。

『その時にこそ、今までの思い込みが幻想であったことを痛感できるだろう。
 そして、「誰かに力を貸してもらわないと自分は変われない」という自己否定のブレーキが、単なる洗脳の結果だったことを実感するはずだ。
 学校、そして会社という幻想から自由になれた時、あなたの「脱洗脳」は完了する。洗脳が解けたあとの清々しい世界をもしもあなたが体感できたなら、著者としてそれに勝る喜びはない』

 とね。

『すべての教育は「洗脳」である 21世紀の脱・学校論』(堀江貴文著/2017年3月20日紙版刊・2017年3月17日電子版刊)

2017年4月28日 (金)

今日は日記風に

 今日のブログは日記ブログ風に……。って、まあ特にテーマがないってだけなんだけれども。

Epsn29892

 昨日は本駒込六丁目のキャピトル・コーヒーで買った大和郷ブレンドが少なくなってきたので、神田までコーヒーの買い出しに行った。

Epsn30022

「おお、もうすぐ神田明神のお祭りだなあ」なんて考えながら神田へ向かったと思いねえ。

Epsn29982

 で、たどり着いたのが斉藤コーヒー店。学生時代は駿河台下に店があって、よく屯していた喫茶店なのだが、当時は神田に本店があってコーヒー豆の卸をやっているなんて知らなかった。

Epsn29972

 で、私のお気に入りはこの「フレンチロースト」。キャピトル・コーヒーの大和郷ブレンドもお上品でいいが、私としては、こちらのガツンとした味の方が好きだな。

 普段は神田までは歩きでくるんだが、今日は午後に別の用事があったので山手線で。ここまで4,500歩。

Epsn30102

 午後は某日本医大まで外来の検診。結局、様子見は6月1日まで伸びることに。

 あ、5月3・4日の旅行には差し支えないそうなので、ご心配頂いた方々にはご報告をしておきます。

Img_01582

 で、せっかく某日本医大まで来たので、前にある根津神社まで行ってきたのだが、ツツジはまだチラホラ。まあ、5月のGWまでに満開になればいいのかな。

Img_01622

 某日本医大までは家から歩きでやってきて、根津神社でほゞ10,000歩。

EPSON R-D1s LEITZ WETZLAR SUMMILUX 50mm f1.4 & iPhone @Kanda Chiyoda, Nedu Bunkyo ©tsunoken

2017年4月27日 (木)

茅ヶ崎慕情

 いつものように、池袋で用を足した後は湘南新宿ラインに乗って、約1時間。何となく茅ヶ崎まで行ってしまった。

 藤沢や平塚は何度も行っているので、というのが茅ヶ崎に行った理由なんだが……

Dsc_00272

 駅ビルの「ラスカ」なんかを見ていたら、なんか既視感があるなあ。

Dsc_00072

 ああ、そうか。以前、書店未来研究会という組織のサイト作りを担当していた際に、会員書店である老舗書店「長谷川書店」を訪れたことがあったのだ。

Dsc_00132

 でも、その時は北口の駅周辺をチョロチョロしていただけだったので、今回は南口を出てみた。

 別に何もない普通の住宅街なんだが、「雄三通り」なんてのがある。。つまり加山雄三氏の名前をとった通りがある。なるほどねえ。なるほどねえ、茅ヶ崎といえば加山雄三か。

Dsc_00412

 で、海まで出てみれば、「おおそうか、『烏帽子岩』なわけで」そうなんだよなぁ。ここ茅ヶ崎はサザンオールスターズの桑田佳祐氏の出身地でもあったんだよなあ。

 で、それ以外のモノはあるのかと言えば……、別にない。

Dsc_00472

 まあ、藤沢と平塚に挟まれた静かな住宅地だったんだな。

Dsc_00552

 茅ヶ崎ってのは。

Dsc_00433

 あっ、行ったのは大岡越前祭り(4月22日・23日)より前なので、映像はありません。っていうか、茅ヶ崎と大岡越前ってつながりが見えなかったのだ。

 それに4月22日・23日って、両方ともアメフトの試合があったんでね。

NIKOD Df AF Nikkor 50mm f1.8G @Chigasaki Kanagawa ©tsunoken

2017年4月26日 (水)

「声なき声」の大衆は、楽天vs.ロッテ戦へ

 まーたまた訳のわからんタイトルで始めたブログであるが、まあブログなんてそんなもん。

Dsc_00292

 昨日は年に一日だけある東京ドームでの東北楽天イーグルスの主催ゲームが行われた。対戦相手は千葉ロッテマリーンズ。

 へーぇ。プロでも高校野球や大学野球みたいに、ノックとか試合前に円陣を組んでミーティングなんてやるんだと思ったら……

Dsc_00272

 トレンディエンジェルの元楽天(契約)社員、斉藤さんの始球式でもって試合開始。この斉藤さんって、元高校球児だったそうな……。

Dsc_00562

 楽天辛島……

Dsc_00612

 ロッテ西野の両投手の投げ合いで始まった試合は……

Dsc_00652

 一回裏、アマダーの犠牲フライで……

Dsc_00772

 ペゲーロがホームベースを踏んで先制。

Dsc_00782

 後は皆さんが知っての通り、九回裏の攻撃を残して楽天が4対2で勝利って結果だったんだが、この日のゲームは「楽天球団史上最高入場者数」でもって「満員御礼」が出たんだなあ。

 でも、なんで普段大学野球や高校野球は義理で見に行くけど、プロ野球なんて興味がない私がプロ野球 を見に行ったんだろう。

 って、実は楽天カード会員に対して「年に一度の東京ドーム主催ゲームに無料招待」ってのに応募して、当たっちゃったからなんだよね。なので、今日のお客さん、外野席の熱心なファン以外はほとんどが「タダ券」で入場した楽天カード会員か、あるいは楽天社員ばっかり。だったら、そりゃあ「楽天球団史上最高入場者数」でもって「満員御礼」になるわけだ。そう、「入場者数」は最高かもしれないけれど、「入場料金収入」は最高じゃないってことですね。

 しかし、昨日(4月25日)は北朝鮮の「建軍節」(朝鮮人民軍創建記念日)に合わせた「6回目の核実験」や「ICBM(大陸間弾道ミサイル)発射」などが予想され、アメリカの対応次第では日本も巻き込まれる米朝戦争勃発の危機の日でもあったのだ。

 でも、そんなのぜ~んぜん気にしないで、東京ドームだもんね。

 昔、60年安保の時に岸信介が「国会周辺は騒がしいが、銀座や後楽園球場はいつも通りである。私には“声なき声”が聞こえる」と発言したのと、状況は全く違うが、現象としては似たようなものが起きていたわけだ。

 まあ、「平和ボケ」と言ってしまえばその通りなんだけれども、もうちょっと緊張感をもった方がいいのかもね。な~んてことを、東京ドームで野球の試合を見ていた当の私が言える訳はないでしょ。

NIKON Df SIGMA DG 150-500mm f5-6.3 APO HSM  @Tokyo Dome Bunkyo ©tsunoken

2017年4月25日 (火)

「ゴースト・イン・ザ・シェル」それは「Ghost in the Shell」なのか「攻殻機動隊」なのか

勿論、原作コミックがあって、先行する劇場版アニメがあって、テレビシリーズ、OVAシリーズ、もう一つ別の監督が作った劇場版がある本作であり、それらを比較することに何の意味もないことは分かっている。

 が、しかし、それら先行する映像がある以上は、見ていてどこかそれを比較したくなってしまうのだ。つまり、ヴィジュアルにおいて、ある種の映像はある種の映像を継ぐものであり、あるいは否定するものでもあるということ。

 ここでは先行する二つの劇場版、押井守版「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」「イノセンス」そして、原作コミック「攻殻機動隊」を考察することにする。TVシリーズやOVAシリーズは(当然のことながら)草薙素子の「ゴースト」は所与のものとしてあり、それを巡っての考察よりも、むしろそれを所与のものとした「探偵あるいは警察シリーズ」だからだ。

 むしろ重要なのは「ゴースト」なんだからね。

3 『ゴースト・イン・ザ・シェル 攻殻機動隊』(原作:志朗正宗/監督:ルパート・サンダース/脚本:ジェイミー・モス、ウィリアム・ウィーラー、アーレン・クルーガー/製作:アヴィ・アラッド、アリ・アラッド、スティーブン・ポール、マイケル・コスティガン/製作総指揮:ジェフリー・シルバー、藤村哲哉、野間省伸、石川光久/©2017PARAMOUNT PICTURES ALL RIGHT RESERVED/主演:スカーレット・ヨハンソン)

 押井守はプログラムに書く。

『デジタル技術を使って、実写を素材にしてアニメーション映画を作る。自分はその発想の一端は『AVALON アヴァロン』(01)で実践したのだけれど、『ゴースト・イン・ザ・シェル』ではそれを質・量ともに圧倒的な形で行っていました。その点で、ジェームズ・キャメロンの『アバター』(09)をはじめて観た時のインパクトも思い出しましたね。
 さらに驚かされたのがスカーレット・ヨハンソンの演技。自分の中で彼女の印象が完全に上書きされましたね。
 彼女の演技がよかったのは「全身義体」として演技をしていたところです。しかもそこに、義体である自分の身体に対する戸惑いも滲んでいて、それが全編を通じて一貫している。彼女の演技によって、このデジタルな映画に魂=ゴーストが宿っていました。ああいことができる役者は滅多にいません。
 こういうことに冒頭10分ぐらいで気づいた。だから、20年前のアニメーション映画のシークエンスのコピーをやっていようがいまいが、この映画の真価とはまったく関係ない――という気持ちで観終わりました。
 1995年に『GHOST IN THE SELL/攻殻機動隊』を監督した時に描こうとしたのは、決してサイバー社会の危険性などではありません。描きたかったのは「身体論」。人間はなぜ身体を再獲得する必要があるのか。「攻殻機動隊」という原作を通じてそこに迫ったのです。これは古典的といえば古典的なテーマだけれど、同時に普遍的でもあるテーマです』

 原作コミックにおいて「魂」「ゴースト」というものは、あらかじめ所与のものとして取り扱われている。つまり、それは連載物(毎週連載ではないが)としては当然の扱いで、いちいち毎週「ゴーストとは何か」「魂とは何か」について語っている場合ではない。取り敢えず「所与のもの」としての「魂」や「ゴースト」についての疑問はさておき、ポイントは「警察モン」としての体裁を如何にして作り、毎週毎週の読者を獲得していくのかということなのである。これはTVシリーズやOVAシリーズも同じ。まあ、「連載物」としての宿命だろう。

 その「魂」や「ゴースト」に真っ向から立ち向かっていったのが、押井守版「攻殻機動隊」、つまり『GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊』であり『インセンス』なんだろう。特に『イノセンス』では、そのテーマが、そちらのテーマが大きすぎて、少し消化不良を起こしていた向きもある。多分、それは「あらかじめ『所与』のものとして与えられていたテーマ『魂』や『ゴースト』を、原作からそのまま引き継いで、映画のテーマと使用した姿勢からくるものだ。

 一方、本作『ゴースト・イン・ザ・シェル 攻殻機動隊』では、実は「少佐」が草薙素子になる前の姿を描いている。基本的に、映画の製作者は「原作を別の解釈」で映像化して見せたり、あるいは原作の続編(シークェル)として映画を製作するのだ。しかし、ルパート・サンダースとその製作チームはそうした映画製作とは全く異なった方法論で行ったのだった。

 つまり、それは原作の前編(プリクェル)、如何にしてその原作に至ったのか、というある種不遜な態度で原作と向かい合うという姿勢だ。つまり、「少佐」は母なる存在=オウレイ博士によって、別の記憶を植え付けられ「少佐」となり、公安9課の兵士となる。しかし、昔、彼女とともに反政府活動を行ったクゼと共に捕らえられ、クゼは失敗した実験の結果、身を隠し、密かに反逆の道を探っている。一方、「少佐」は同じく失敗に終わった「プロジェクト2571」の結果、別の女性の過去にまつわる「記憶」を植え付けられ、しかし、同時に少佐の真の過去にまつわる「鍵」だけを、密かに「少佐」に与えていたのだ。それが「クサナギモトコ」という「ゴースト」なのだ。

 つまりここで実写映画版『GHOST IN THE SELL』は実にプラグマチックに「ゴースト=魂」論や「ゴースト≠魂」論を乗り越えてしまったのだ。つまり、それはスカーレット・ヨハンソンという「実体を持った肉体」を獲得せしめてしまったことによる。押井が『1995年に『GHOST IN THE SELL/攻殻機動隊』を監督した時に描こうとしたのは、決してサイバー社会の危険性などではありません。描きたかったのは「身体論」。人間はなぜ身体を再獲得する必要があるのか。「攻殻機動隊」という原作を通じてそこに迫ったのです』とそこに書くとき、それは決して「実体としての身体」を持たないアニメーション表現において、如何にしてそれを描くのかということが大きなテーマとなり、、そkで発見したのが、映像を作るときには「どんな嘘でもついていい」ということである。

 したがって、やはり押井が言うように『20年前のアニメーション映画のシークエンスのコピーをやっていようがいまいが、この映画の真価とはまったく関係ない――という気持ちで観終わりました』という、ある種の実写映画版『GHOST IN THE SHELL』に対するアニメーション映画版『GHOST IN THE SHELL』の勝利宣言でもあり、更にその一方、原作ありきの映像表現において、そんなつまらない「本家争い」をしたって何の意味があるんだ。所詮、原作コミック『攻殻機動隊』と、アニメーション映画『GHOST IN THE SHERLL』と、実写映画版『ゴースト・イン・ザ・シェル』は別の作品であるのだからね。というようなことを言っているんだ、

 まあ、その辺がイギリス生まれの映像プラグマチスト、ルパート・サンダースには理解できないことなのかもしれない。

2017年4月24日 (月)

御嶽山は「おんたけさん」なのか? 「みたけさん」なのか?

 多分、東京都の北西部に住んでいる人にとっては「御岳山」(=みたけさん)なんだろうが、同じく東京都の南東部に住んでいる人にとっては「御嶽山」(=おんたけさん)なんだろう。

Dsc_00092

 日本中に沢山ある「御嶽山」(おんたけさん、みたけさん)なんだけれども、要は山の上に「御嶽神社」(みたけじんじゃ)がある山が「御嶽山」(おんたけさん、みたけさん)なんだけれども、それらの中心にあるのが2014年に噴火した、あの木曾の御嶽山なんである。

Dsc_00132

 その木曾の御嶽山の末社とでもいうんだろうか、要は木曾の御嶽山の支店みたいなのが全国にあって、それが全国の御嶽神社(みたけじんじゃ)となっているようなのだ。

Dsc_00142

 つまり山の名前が「おんたけさん」というのは木曾の御嶽山だけであり、それ以外の「御嶽山」「御岳山」はともに「みたけさん」と呼ぶのが正しい言い方らしい。

Dsc_00282

 それからすると、ここ東急池上線の「御嶽山駅」は本当は「みたけさん-えき」って読んだ方がいいようなのだが、「おんたけさん-えき」なんだよなあ。

Dsc_00302

 まあ、それはつまり大田区の北嶺にある「御嶽神社」が「おんたけじんじゃ」だからなんだろうけれども。

Dsc_00452

 ところが、その「御嶽神社(おんたけじんじゃ)」が経営している幼稚園の名前が「みたけ幼稚園」っていう名前なんだなあ。

 なんだか、よく分からない。

Dsc_00352

NIKON Df AF Nikkor 50mm f1.8 G @Hokurei Ota ©tsunoken

2017年4月23日 (日)

BULLS予想通りIBMに大敗、でも……

 昨日から春のXリーグ公式戦「パールボウル・トーナメント 2017」が始まった。

「パールボウル」とは何か? 基本的に春は地域別に行われるXボウル、春はAブロック「富士通フロンティアーズ/ノジマ相模原ライズ/警視庁イーグルス」、Bブロック「IBM BigBlue/東京ガスクリエイターズ/BULLSフットボールクラブ」、Cブロック「LIXIL DEERS/オール三菱ライオンズ/富士ゼロックスミネルバAFC」、Dブロック「オービックシーガルズ/アサヒビールシルバースターズ/明治安田PentaOceanパイレーツ」の4ブロックに分かれて、その1位同士が決勝トーナメントに進むという、なんかトーナメント表を見るだけで、A、Dブロックを除くと、どこが決勝トーナメントに行くのか分かっちゃうようなトーナメント内容なのだ。

 まあ、リーグ戦を行えるような時間が春にはないってことで、トーナメントになってしまうんだろうけれども……。

Dsc_00192_2

 で、余裕のIBMはコイントスで勝ったものの、前半キック、後半レシーブを選択するって、何だよそれ。

 それに応えるかのように(応えなくっていいちゅうんじゃ)、決してフアーストダウン(FD)が奪えないBULLSは必ずと言っていいくらい、4thダウンはパントってわけで……

Dsc_00292_2

 IBM、第1クォーター(Q)残り8分9秒で早速、タイトエンド(TE)#84小林がエンドゾーンにボールを持ち込んで、先制タッチダウン(TD)。

Dsc_00382_2

 その後も攻めあぐんでいるBULLS。なかなかFDが奪えずに、ということは陣取り合戦で、陣が撮れないっていうことで。

Dsc_00812_2

 対するIBMはクォーターバック(QB)#3ケビン・クラフトやランニングバック(RB)#10末吉あたりの一線級は出さずに、余裕で戦いを進めている。

Dsc_00862_2

 第3Q、残り6分53秒でなんとかフィールドゴー(FG)ゾーンにボールを持ち込んだBULLS、キッカー畑木が決めて3点を返す。

Dsc_00922_2

 が勿論、そのまま試合は進んで、結局、5TDのIBMに対して、BULLSは1FGのみという結果で、34対3という大敗ぶりではあった。

 まあ、IBMが一枚落として戦うことは目に見えていたし、まあ1FGだけでも返せたからよかったんじゃね? という見方もなくはないが、ちょっと不甲斐ない試合ではあった。まあ、彼我の力の差を考えればしょうがないけどね。

Dsc_02232_2

 昨日の第2試合、LIXIL DEERS対富士ゼロックスミネルヴァAFCも52対6という大差でLIXIL DEERSが勝ったということで、まあ、いつものXリーグらしい試合ではあった。

 BULLS次の試合は5月7日東京ガスクリエイターズ戦だ。今度は勝てるかな?

NIKON Df SIGMA DG 150-500mm f5-6.3 APO HSM

2017年4月22日 (土)

東京周縁部を往く・若洲海浜公園と若洲リンクス

 夢の島の先に東京へリポートがあって、そのもっと先の一番海に近いところが、「江東区若洲公園」であります。

Dsc_00042

 中にはサイクリングコースや……

Dsc_00122

 キャンプ場や……

Dsc_00172

 磯釣りなんかができる場所があって……

Dsc_00242

 その先が、東京ベイブリッジ。ベイブリッジの右側が「海の森水上競技場」。ここがいいのか、宮城県の長沼ボート場がいいのか、埼玉県の彩湖がいいのかで揉めたところですね。

 何が「海の森」なんだかよくわからないが、っていうかなんで「海に森」があるんだ? ここは結構風が強いところなんで、ボート競技には難儀しますな。

Dsc_00262

 で、若洲公園のお隣が、「若洲リンクス」。ここも、霞ヶ関カンツリー倶楽部とどっちがいいかで揉めましたね。

Dsc_00582

 まあ、クラブハウスはあまり格好良くないけれども、コースはちゃんとしてます。ただし、ここも「リンクス」というだけあって、風対策をしなければなりません。まあ、全英オープンを開催するセント・アンドリュースだってリンクス・コースなんだから、ここだってレジェンドになる可能性はあったのにね。

Dsc_00552

 まあ、そんなことはどうでもいいことですが、対岸は千葉県浦安市にある東京ディズニーランドです。

Dsc_00482

NIKON Df AF Nikkor 50mm f1.8 G @Wakasu Koto ©tsunken

2017年4月21日 (金)

『夫のちんぽが入らない』って、そんな

 昨日のブログ"TOKYO STADIUM : IT’s ALL THAT's LEFT OF ANCIENT WARRIROS DREAMS."「東京スタジアム:兵どもが夢の跡」のTwitter訳が「東京スタジアム: すべての厥古代 WARRIROS 夢の左側です。http://bit.ly/2pC3kU8 」だそうだ。ふふん、面白いな。

 で『夫のちんぽが入らない』問題なんだが……。

 もっと物理的な問題なのかと思ったら、そうではないようだ。でも、深刻。

Photo 『夫のちんぽが入らない』(こだま著/扶桑社/2017年2月8日紙版刊・2017年4月25日電子版刊)

『私と彼は、セックスをすることができなかった。
 ちんぽが入らなかった。
「なんでだろう」
「なんで入らないんでしょう」
 私たちは困り果て、力なく笑った。もう笑うしかない。 「きょうは、もうやめておこう。次はちゃんとできるはずだから」
「すみません」
「謝らなくていいよ。俺も初めての人とするのは初めてだから」
 その言葉の意味するところをすぐには理解できなかった。 処女だと思われているのだ。初めての人。このうまくいかなさは、初めての人間特有のものだと思われたのだろう』

 でも、彼女は処女ではなかった。

『高校二年の夏休みに一度だけ経験があった。
 その行為は、ただ恥ずかしくて痛いだけで、決していいものではなかった。頭の中が真っ白で、何も考えられなかった。血が大量に出た。恥ずかしいうえに知らない人ベッドまで汚してしまい、どうしていいかわからなかった。一刻も早くこの場を立ち去りたい。終了するや否や制服を身に着け、擦り切れた股を両手で押さえ、その人の家をあとにした。
 童貞を捨てるとか処女を捨てるというけれど、私の経験は文字通り「捨てた」ものだった。いらないものだ。知らない人だから恥ずかしい思いをいつまでも引きずらなくていい。これでよかったのだと言い聞かせた。その男子高校生とは二度と会うことはなかった。
あのときの投げやりな気持ちはどうあれ、一年前は確かにちんぽが入ったのだ。一度きりだが、入っている』

『彼はこれまで付き合ってきた相手や風俗の人には問題なく入ったという。こんな現象は初めてだと言われ、ますますおそろしくなってしまった。「ふつうではない」と言われているような気がした』

 その後、彼と結婚してから後の事。

『すべてが終わったあと、汗まみれの「おじさん」が板をへし折るゴリラのように私をぎゅうと強く抱きしめて言った。
「君は大丈夫、全然大丈夫」
 入ってしまった。
 血は一滴も出なかった。
 私はまったく好意のない「おじさん」と、まったく問題なく事を終えてしまった』

 行きずりの男とは普通にセックスができるのだ。

『男の人と会い、しようと言われたら、した。精神が病んでゆくにつれ、「私はメールをくれた全員とちゃんとヤらなければいけない」という義務感のような、強迫観念のようなものに取り憑かれ、ひとつひとつ地道にこなしていくようになった。
 ずっとまともにセックスができなかったのに、学級が崩壊したことでセックスに依存するようになるなんて、どうかしていた。まともにできるようになったからといって、その行為を好きになったわけではなかった。しなければいけない、という思いに強く囚われていた。誰でもいいので「君は全然大丈夫」と言ってもらいたかった』

 それが愛する夫とだけはできないって、どういうことなんだろう。

 結果

『三十六歳にして、どうやら閉経した。
 二十代や三十代で月経がこなくなることを早発閉経というらしい。医師には、持病の自己免疫疾患が関係しているのではないかと言われた』

『信じたくないが三十八歳になってしまった。
 これは野生のゴリラの寿命に匹敵するらしい。
 私は持病をこじらせて手足が奇妙な角度にひん曲がり、夫はパニック障害で通院を続けている。お互いなかなかの人生だ』

 うーん、まあ夫婦の形っていろいろあるわけだし、その中には私なんかの思いも及ばない世界があったりするんだろうなあ。

 私みたいな素人が考えてもまったく理解ができない理由で「ちんぽが入らない」夫婦関係を送る人がいるのかもしれない。

『ちんぽが入らない人と交際して二十年が経つ。もうセックスをしなくていい。ちんぽが入るか入らないか、こだわらなくていい。子供を産もうとしなくていい。誰とも比べなくていい。張り合わなくていい。自分の好きなように生きていい。私たちには私たちの夫婦のかたちがある。少しずつだけれど、まだ迷うこともあるけれど、長いあいだ囚われていた考えから解放されるようになった』

 子供がいない夫婦っていうのは世の中にあまたいる。子供を作りたくて毎日励んでいても、全然できない夫婦もこれまた世の中にあまたいる。その中のごく少数の例として「夫のちんぽがはいらない」妻っていう人がいるのかもしれない。

 多分それは人間以外の哺乳動物には見られない現象なのかもしれない。肉体的な問題もあるかもしれないし、精神的なもんだなのかもしれない。

 いずれにせよ、私たちは「そんな夫婦も世の中にはいるんだ」ってことを承知していなければならない、っていうことなんだろうな。

『夫のちんぽが入らない』(こだま著/扶桑社/2017年2月8日紙版刊・2017年4月25日電子版刊)

2017年4月20日 (木)

TOKYO STADIUM : IT’s ALL THAT's LEFT OF ANCIENT WARRIROS DREAMS.

 英文タイトル「東京球場:兵どもが夢の跡」っていうつもりなんですがね。これで伝わるのかなあ。

Dsc_00232

 都電荒川線の町屋駅前から三つ目の停留所が荒川区役所前である。

 そこから日光街道に向かって千住間道を数分行くと、荒川総合スポーツセンターがある。

Dsc_00252

 実はここ、1962年から1972年まで大毎オリオンズ(現:千葉ロッテマリーンズ)の本拠地だった東京球場(東京スタジアム)があった場所なのであります。

 南千住から歩いていける場所で、冬はスタンド席を使ってアイススケートリンクなんかが作られていて、結構下町の球場として親しまれていた。私の家も当時は毎日新聞をとっていたので、たまに招待券なんかがもらえて、よく見に行ったもんだ。

Dsc_00422

 狭い球場なので、ホームランを打つと簡単に場外ホームランになってしまって、となりの学校の校庭に入ってしまうという、ちょっとはた迷惑なグラウンドではあった。ナイターはまだしもデーゲームの時は危なくってしょうがない。

Dsc_00352

 ただ、現在の荒川総合スポーツセンターのある方をホームベースとして見ると、外野フェンス越しには都立荒川工業高校があって、なんか昔場外ホームランが入った学校とは違うようだ。場外ホームランが入った学校は区立の小学校か中学だったような気がするのだ。

Dsc_00472

 ということは、荒川工高とは反対側にある荒川区立瑞光小学校がその学校だったのだろうか。

Wiki ©Wikipedia

 ということでWikipediaの昔の写真を見ると、やっぱり球場の上の方に見えるのが瑞光小学校で下に見えるのが荒川工高のようだ。ということは、上の写真の左の方がJR南千住の駅だから、JR南千住の駅から行くと手前側がグランドスタンドだったような記憶は逆だったということになるんだなあ。

 まあ、人の記憶ってそれだけいい加減だってことなんですね。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D @Arakawa Sport Center  Arakawa ©tsunken

2017年4月19日 (水)

玄武館道場は何処に

 三月に小伝馬町牢屋敷跡を訪ねた際に見つけた「玄武館道場跡」なんだが、前回行った時には、それがどこにあるのかが分からなかった。

Dsc_00423

 で、4月16日に再度訪ねて場所を調べてみたんだが、落語の外題「五貫裁き」で有名な徳力屋ビルの前の地図にはちゃんと載っている。

Dsc_00102

 なるほど「一八通り」沿いなんだなと確認して行ってみたんだが……

Dsc_00452

 財団法人無外流の道場はあるんだけれども、北辰一刀流の道場は見当たらない。無外流に関しては、池波正太郎の小説『剣客商売』で、主人公の秋山小兵衛・大治郎父子が無外流の達人という設定になっているので、それはそれで興味はあるんだけれども、本日のテーマからは離れるので、あえて無視。

Dsc_00172

 どうもこの家の辺りの筈なんだけれどもなあ。

Dsc_00132

 やっぱりこのビル建設現場が玄武館跡なのかもしれない。

Dsc_00152

 ということは平成30年5月15日にビル工事は完了予定なので、多分、完成すればそこにまた玄武館道場跡の碑ができるんだろうと期待して、またこよう。

Dsc_00322

NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Higashi Matsushitacho Chiyoda ©tsunoken

2017年4月18日 (火)

『結婚と家族のこれから』

 う~ん、なんか単純なようでいて、実はなかなか入り組んで、難しい問題なのかもしれないなあ。

Photo 『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』(筒井淳也著/光文社新書/2016年6月20日紙版刊・2016年7月8日電子版刊)

『「男女がともに相手を好きになり、合意の上で親密な仲になる。関係がうまくいかなければ、別れる。好きな相手ができたら、女性でも積極的に男性に求愛する」
 このような関係のあり方は、いかにも現代的な恋愛や結婚のあり方です。
「男女ともに財産の所有権を持つ」
 これもいまでは当たり前のことでしょう。
 いきなりこのようなことを書いたのには、わけがあります。実は、これらは日本の古代社会の男女関係のあり方なのです』

『結論からいえば、家父長制的な家族、父系の直系家族は、日本では10世紀くらいから徐々に浸透していった制度なのです』

『「男性は外で働き、女性は家庭で家事や育児をする」
 これも、しばしば伝統的家族の特徴として考えられていて、いまとなっては古臭いと感じる結婚生活のあり方でしょう。いまや、共働き夫婦は当たり前です。このような古風な夫婦生活のあり方は、昔の映画のなかにしかないのでは、と考えたくなります。
 しかし、社会学者の間で「性別分業」といわれているこの夫婦のあり方は、極めて「モダン」なものなのです。つまり、私たちの社会が近代化するまであまり見られなかったものだ、ということです』

『少し乱暴に単純化していうと、日本における家族や結婚のかたちは、古代の男女平等に近いかたちから、中世と近世(江戸時代)と近代(第二次世界大戦の終戦まで)の非常に長い男性優位の時代を経て、再び男女平等に近づいている、ということができます』

 とはいうものの、現代の家庭の作り方と徹底して違うのは、ここである。

『男性も女性も同時に複数の相手と親しい仲になることがあって、「誰かと付き合っているときは他の人と付き合ってはならない」という強い規範はありませんでした。これを「対偶婚」といいます』

 つまり「家」という概念がなかった頃のお話である。男女は好き勝手に出会って、好き勝手に性生活を営むという生き方。

『「妻問婚」といわれる日本古代の結婚生活の方式も、このつながりで理解できます。妻問婚とは、昼間は自分の家にいる配偶者の男性が、夜に妻の住居を訪ねるという方式の結婚生活です』

 結局、女性は母になることによって「家」に繋がってしまい、その結果、女性は「家」と「家族」を抱えていかなくてはならないようになる。結果として、それは女性の男性に対する従属という形になってしまうのだ。

『しかし、「家」の成立から近代初期まで続く「家族」は、個人をそれを通じて保護するというよりは、どちらかといえば女性を男性に従属させ、子どもを作るという営みをそこに縛り付けるための仕組みに近かったようです。そしてその代わりに、男性は家族を守る責任を負うことになります』

 それがやっと解放される時がきたというのであろうか。

『「産む性」としての女性が抱えている様々な問題は、もはや家族、特にジェンダー家族によって解決される必要がない、ということになります。子どもを生み、育てる女性が頼るのは、特定の男性、つまり夫ではなく、社会全体でもよい、という主張です』

 まあ、フランスや北欧なんかの女性政策なんかの例ですね。結果としてそれが少子化を防ぐことになったという。

 しかし、これは『取り敢えず「性」の問題と、「心」の問題を別においている論」であるのかもしれない。

 で、その視点を加えると。

『近代化にともなって、人々はある特定の恋愛のかたちを理想として考えるようになりました。それは、「一人の人と恋に落ちて、その人と結婚し、一生添い遂げる」という生き方です。このような恋愛のかたちを「ロマンティック・ラブ」といいます』

『「好きな人と付き合って、結婚して、醒めたら別れる」というのは日本の古代社会でも見られた恋愛のかたちですが、現代社会でも、個々人が自分の経済基盤を確保していれば、短い付き合いを繰り返すことは可能です。ここで、これからの恋愛では、こういったアド・ホックな付き合いが増えるのだろうか、という問いが出てきます。この問いに答えを直接出すことは難しいのですが、同棲や離婚・再婚が増加していることは、ロマンティック・ラブの終焉の傍証になっているかもしれません』

 実はこの引用、本書冒頭の(問題提起)部分と、結論を勝手に結びつけただけなんだけれども、なんか簡単にリンクしちゃう。ってことは、もしかするとこの当初の設問は、実は簡単に結論が出てしまう問題であって、ということはそうそう簡単には解決しない問題なのかもしれない。

『リベラリズムとは、生存や承認など、基本的な人権については政府が率先して保障し、また経済の領域でも不公正な取引を排除することを目指す立場です。そのかわりに、第三章でも触れたように、私的な領域、つまり友人関係や恋愛関係、そして家族関係については消極的にしか介入しない、という立場でもあります。つまり、公的な領域と私的な領域に線引きをし、公的領域では公正さを保障するが、私的領域は個々人の自由に任せる、ということです』

 ということは、ある種「私的領域」に属する「男女の関係論」に、政治が踏み込めない領域があって、それがある以上は政府は最終的な男女関係については決定権はもてないってことなんですね。

 フランスや北欧って、どうやってその辺の問題を解決してるんだろう。

 うん、次に読む本のタイトルが見えてきたぞ。

『結婚と家族のこれから 共働き社会の限界』(筒井淳也著/光文社新書/2016年6月20日紙版刊・2016年7月8日電子版刊)

2017年4月17日 (月)

Shooting in Machiya

 4月14日のブログに"Changing the mood in Ginza"っていうタイトルをつけたら、Twitterで「Bingによる英語からの自動翻訳 銀座 http://bit.ly/2pePiKB で気分を変える」っていう翻訳が付いたので、面白がって、また英文タイトルをつけてみた。

 考えてみたら、あまり町屋の街について撮影をしたことがなかった。

 都電に乗っちゃうと終点の三ノ輪橋まで行ってしまうし、町屋の手前の西日暮里、日暮里、谷根千なんかはしょっちゅう撮影に行ったり、足立区方面に行くと帰りはだいたい町屋を経て帰ってくるんだが、わざわざそこで下りて写真撮影をしたことがなかった。

 ということで、銀座よりは狭い町屋ってことで、35mmレンズを付けて撮影に出かけた。

Dsc_00072

 町屋って都電荒川線、東京メトロ千代田線、京成本線と三つの路線の駅がある、結構便利な場所なんだよなあ。

Dsc_00092

 メインの通りはこの「尾竹橋通り」一本で、面白いのはこの通りにある交差点がすべて斜めに交差しているということ。つまりこの尾竹橋通りは新しくできた道路で、それと斜めに交差している道が昔からの道だってことなんだろう。昔の通りのほうが隅田川に並行して走っている。

Dsc_00542

 大きな施設としては、この町屋斎場くらいかな。

Dsc_00202

 いかにも「町屋」な「激安ショップ」を過ぎると、少し町は静かになってくる。

Dsc_00502

 表通りは商店街(っていうか飲み屋街)、ちょっと裏に入ると住宅と町工場が密集している、商住工が入り混じっている町なのである。結構、この町って奥深そうな雰囲気はある。

Dsc_00232

 で尾竹橋まで来るとそこは隅田川で、対岸は足立区千住。帝京科学大学がある。

Dsc_00392

 尾竹橋通りはこのように尾竹橋と京成本線の高架橋の間の本の数キロだけの道だし、町屋の街もその位の狭い街なんだけれども、思ったより奥が深そうなので、いずれまた取材に行きたくなりそうな街なのであった。

 意外と近くに面白そうな街があったんだなあ。谷根千ばっかりじゃないよね。

NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Machiya Arakawa ©tsunoken

2017年4月16日 (日)

『テレビじゃ言えない』って言ったってなあ

 ビートたけし氏が『テレビじゃ言えない』なんて言ってはいけないのだ。

 今や「テレビ(お笑い)界の帝王」として君臨しているビートたけし氏なんだから、もちょっとテレビの世界に風穴を穿つことを実行すべきなんだけれどもね。勿論、テレビにおける編成権はテレビ局が持っていて、単なる「一出演者」がどうにかできることではないのは知っている。でも、何とかビートたけし氏にはそこに風穴を開けて欲しいのだ。

Photo 『テレビじゃ言えない』(ビートたけし著/小学館eBooks/2017年2月6日紙版刊・2017年2月7日電子版刊)

 ということなので、大半の部分は無視して『第1章●テレビじゃ言えない「危ないニッポン」 ニッポンは「一億総活躍社会」どころか 「一億総自主規制社会」だ』についてのみ触れます。

『何が「一億総活躍社会」だ。オイラはそもそも、この頃のニッポンは「一億総自主規制社会」だと思ってる。最近は、別に犯罪行為をやったわけでもないタレントがスキャンダルで叩かれて、世間から「一発退場」になってしまう。『ゲスの極み乙女。』のボーカルと不倫騒動を起こしたベッキーも、それまで「超」がつく人気者だったのにテレビから一瞬にして姿を消してしまった』

『結局、こういう「右にならえ」の一斉外しという対応は、企業側が「コンプライアンス」だの「モラル」だのいくら言い訳したって、つまるところは「トラブル回避のための自主規制」でしかない。要はCMスポンサーに降りられたり、「何でアイツを使ってるんだ」と世間から袋叩きに遭うのがイヤなだけなんだから。それって、クラスでのイジメを見て見ぬフリしてる気弱な中学生と変わらない考え方だ。タレントを早々に降ろして「リスク回避できた」みたいに胸を張るのは、何か違和感があるんだよな』

 っていうのはテレビの世界にも蔓延している「事なかれ主義」ってもんでしょ。別に一般社会が訳の分からん「コンプライアンス」なんて言葉を持ち出して「事なかれ主義」に陥るのは仕方のないことなんだけれども、マスメディアがそこに陥ってはいけないんでしょう。そこの原因は何なのかに切り込んで話して欲しかったな。せっかく『テレビじゃ言えない』なんだから。

『まァ、オイラに言わせりゃ、「何を言ってやがるんだか」って感じだよ。テレビなんて、昔から「事実を曲げてばかり」なんだから。オイラが何か危ないことを言おうとすると、いつもすぐにカットされちまう』

『その一件はともかく「真実を報じるのがテレビ」なんて認識は間違いで、「真実をオブラートに包んでしまうのがテレビ」ってのが本当のところなんだよな』

 う~ん、今はもっと壊滅的な状況なんじゃないだろうか。

『テレビがいかに規制だらけで不自由かってことは話したけど、一方で「ネットは規制がなく自由で素晴らしい」って論調も間違ってる。そもそもテレビががんじがらめの自主規制を強めたのはネットの影響が大きいだろう』

 まあ、「炎上」を恐れるってやつですかね。

『昔はバカなヤツが自分のバカさを拡散する方法なんてなくて、「近所にヤバいヤツがいるから近づくな」程度で済んだ。だけど、今や誰もがスマホから自分のバカさをワンタッチでアピールできる。だからやることがエスカレートするし、迷惑をかけられる対象も広がっちまう』

『「ネットで調べれば何でもわかる」と考えるヤツは、 「そこに書かれていないもっと深い世界」に思いが至らない』

『IT起業家は、いわば現代の戦国大名だよな。「流行のスマホを手に入れたぜ」「最新のアプリをダウンロードしたよ」なんて喜んでるヤツラは、そういう「儲かる仕組み」を作ってるヤツラに、いいようにカネを巻き上げられてるってことに気がついてないんだよ』

 18歳選挙権についてこう話しているのは、なかなか好感が持てる。

『最近の若い人たちは、オイラの若い頃と比べて「素直すぎる」って気がしちゃう』

『もしかしたら、18歳選挙権ってのも権力にとってものすごく利用しやすい好都合なものかもしれない。深く考えず、雰囲気だけでブームに踊らされるってのは、よくよく考えりゃ怖いってことに気がついたほうがいい』

 ただし、18歳に選挙権を与えるのだって、それでも18歳を少年法で守るっていう矛盾には若者は気付くべきなんだよな。

『「18歳に選挙権」なら、10代を少年法で守る必要はない。 若者は大人たちの「ガキ扱い」に怒るのがスジだ』

『政治家や権力がなぜ若い世代に選挙権を広げたかというと、それは単に「都合が良かった」からだ。別に「10代に政治への興味を持ってもらうため」でも「若者の声を政治に反映させるため」でもない。そう主張してたとしても、単なる建前だよ。実際は、「知識がなくて浅はかだから、選挙権をやっておけばこっちの思うとおりに操れる」ぐらいに思われているだけ。都合のいい票田と見なされたんだよ』

 タモリについて述べている部分が面白い。

『ちょっと前までやって人気だった『ヨルタモリ』(フジテレビ系)とか、すでにNHKの看板になっている『ブラタモリ』なんてのは、あの人のやりたいことを全部やってる気がするね。「遊び」の部分というか、歳を取った余裕がすごくいい方向に出てる』

『最近じゃ、いろんな人がタモリのことを論じているようだけど、一言で言えば、この人っていうのは「白米のようなタレント」なんだよな。オカズが毎日どんなものに変わっても、結局は欲しくなる「変わらなさ」を持ってるってことでさ』

『だけどタモリってのは、元々は「オカズ」的なタレントでね。あの人が世に出た頃の「4か国語麻雀」とか寺山修司の物真似とか、『今夜は最高!』でやってたこととか、まさに異色の雰囲気でさ』

 ふ~ん、してみるとビートたけしはどんなタレントなんだろう。タモリの場合は「日本食における白米」の立場、つまり「お米(主食)があってオカズがある」って関係なんだけれども、やはりビートたけしの場合は「肉(主食)があって野菜(オカズ)がある」っていう、欧米食的な意味での主食なんだろうなあ。

 そしていまでもその主食の場にいるってことなんだろう。

 しかし、それも疲れますね。そろそろ、本人もオカズになりたいって考えているのかもしれないなあ。

『テレビじゃ言えない』(ビートたけし著/小学館eBooks/2017年2月6日紙版刊・2017年2月7日電子版刊)

2017年4月15日 (土)

Changing the mood in Ginza

 結局、何のための三日間の入院だったんだろう。ってな気分を変えたくて、いつもの銀座まででかけた。

Dsc_00322

 いい天気……

Dsc_00132

 多くの人波にもまれているうちに、気分が良く……なるわけないか。

Dsc_00192

 銀座ニコンサロンの脇の(って逆か)GINZA SIX(元の銀座松坂屋)が、昨日は4月20日の正式オープンを前にしてプレス内覧会を行っていた。

Dsc_00242

 いつもの銀座がある。でも、少し変化が……

Dsc_00082

 外国人観光客が中国人から若干東南アジアの方にシフトしてきたような雰囲気がある。

Dsc_00402

 しかし、こんなJaywalkおじさんは相変わらずだなあ。

Dsc_00472

NIKON Df AF Nikkor 50mm f1.8 G @Ginza Chuo ©tsunoken

2017年4月14日 (金)

なかなか簡単に『tsuoken生還!』とはいかないようで

 一応、昨日「某」医科大学付属病院は退院してきたんだが、簡単に「tsunoken生還!」とはいかないようで、確かに生還ではあるのだが、それは当然でありまして、実は何もしていないのだから。生還して当たり前ってところなんですね。

Dsc_00042

 入院して一日目はいろいろな検査をして終了し、二日目の午後二時半までちょっと待たされて処置室へ……。

4114月11日の夕食

 処置室に入ると裸にされて、ちょっと「いよいよ手術が始まるのかな」的な緊張感が漂ってくる。

 まずは左手首からカテーテルを差し入れて検査であります。何となくモニター画面の一部が見えているんでちょっと覗くんだけれども、なんだか管みたいなものと、心臓みたいなものがウネウネしているだけでよくわからない。

 その後もずっと左手首からのカテーテル検査が続く、そのうちに、あれっ? カテーテル検査は終わってしまったようで、T字帯と浴衣を着てストレッチャーに乗せられて、病室へ戻ってきてしまった。

 検査開始から一時時間位経ったろうか。

41224月12日の朝食(この日は午後からカテーテルなんで昼食は抜き)

 左手首からのカテーテルで手術もできちゃったんだろうか、なんだか不思議だな。と思っていたら、若手のカテーテルの主治医からお話があった。

412_24月12日の夕食

 つまり冠動脈が思ったより狭くなっており、石灰化もかなり進行していて固くなっている。ということで、このままの状況で鼠径部から太いカテーテルを入れて手術が成功する確率は50~60%、これが80~90%ならやりましょうということになるんだが、50~60%ではちょっとそれは言えない。

 なので、今日は検査のみ。

 どうするかは、いずれ考えましょうということになってしまった。

4132 4月13日の朝食

「うーん、先延ばしかあ」

 というのも正直なところ思ったんだけれども、まあ、慎重にも慎重を重ねるっていうのが医者の世界だからなぁ。

 しかし、これで私の心筋梗塞治療も「振リ出シにモドル」ってわけで、またまた最初からやり直しだぁ。

 で、いつから、どんな格好でやり直しが始まるんだろうか?

iPhone 及び NIKON Df AF 28-85mm f2.8-4 D @Nippon Medical School Hospital ©tsunoken

2017年4月13日 (木)

『都政大改革』

 まあ、自ら「チーム小池」を名乗り、知事選挙の際は選挙対策本部責任者を務め、現在は東京都知事政務担当特別秘書ならびに小池百合子政経塾「希望の塾」事務局長をやっている人の「小池都政宣伝パンフ」みたいな本なので、それなりのスタンスで読まないと、足をすくわれることになるだろう。

 まあ、それでもまだ知事になって1年もたっていない割には、随分といろいろな形でメディアにも取り上げられ、高評価の出ている小池知事であることは認めよう。

 で、その小池知事がこれまでどんなことをやってきたのかを書いてあるんだが……。

Photo 『都政大改革 小池百合子知事&「チーム小池」の戦い』(野田数著/扶桑社新書/2017年1月1日紙版刊・2017年1月25日電子版刊)

 ここでは都知事選について書いた『第1章 小池百合子氏、組織なき都知事選に勝つ』、都議会について野田氏の見解を述べた『第2章 私が体験した都議会の実態』は無視して、『第3章 小池百合子都知事、東京大改革のロードマップ』についてのみ書く。

『都議会定例会に先立ち、小池知事は9月1日、「東京大改革推進体制の整備」のために、都や関連団体の政策や予算、仕事のやり方、組織のあり方などを抜本的に見直す「都政改革本部」を始動させた。  自らが本部長となり、「都民ファーストの都政の実現に向けた改革を推進するため、『都政改革本部』を設置します」とその設立趣旨を説明した』

『都政改革を進めていく視点は、「都民ファースト」「情報公開」「税金の有効活用(ワイズ・スペンディング)」だ』

『改革本部は、これら三つの視点を踏まえて、当面は「自律改革」「情報公開」「オリンピック・パラリンピック」の三つの課題に取り組んでいくことになる。』

『まず、「自律改革」だが、これは都政改革本部の重要な柱である。役所にありがちな、できない理由を挙げるより、どうしたらできるのかということを考えていける組織に生まれ変わる必要がある。外から改革を強いられるのではなく、自らが改革していこうということだ』

『なにごとも制度改革、技術革新に加え、意識改革の3点セットが必要ということである』

『次に「情報公開」である。情報公開は、「都民ファースト」の行政を確立するためのインフラだ。
 行政の硬直化を抑止するには、あらゆる情報を原則公開することが有効である。だが、都庁の政策形成過程、決定理由などについて、残念ながら十分に公開されていないという声をしばしば聞く。例えば、開示請求しても、黒塗りが多くて、まるで〝海苔弁当〟ようなものが出てくる。また、審議会の一部も非公開となっている。
「都民ファースト」を徹底しようとするならば、役所が何をしているのかということを外に対して説明していかなければならないだろう。そうしないと都民からリクエストも来ない。あるいは、苦情も前向きな形でいただけない』

『これに関しては、「情報公開調査チーム」を設置し、次の5点について調査検討していく。  
① 各種会議体の情報公開のあり方……審議会の議事録の公開方法の見直しなど。
② 広報のあり方……ホームページ、スマートフォンの一層の活用を、「分かりやすさ」、「使いやすさ(情報のアクセスなど)」の視点を踏まえて行う。  
③ 公益通報制度の改良……現行(庁内または外郭団体への通報)体制の見直しと外部弁護士事務所などへの通報の検討。職員の目安箱、都民、受注事業者などから通報を受ける手段を整備。  
④ 情報公開制度の見直し……情報公開制度全般について、現状評価、及び制度と運用の改善。  

『そして、三つ目が「オリンピック・パラリンピック」である。
 まず何よりも、2020年の東京大会は成功させなければならない。都民、国民に愛され、支持される大会にしていかなければならない』

『見えないところで何かが決まるのではなく、オリンピック・パラリンピック予算、準備体制、工程表、その妥当性、これについては第三者の目も借りて検証していきたい。また、東京都の負担、国と組織委員会、さらには各地方自治体との関係は一体どうなるのか、これも明確にしていかなければならない』

『○ アスリートにとってのレガシー……アスリートが施設・設備の主役であり、彼らがオリンピック・パラリンピック最大のコンテンツである。彼らにとってオリンピック・パラリンピックは何なのか、をきちんと見直していきたい。  
○ 将来の都民にとってのレガシー……2020年以降の都民にとって、オリンピック・パラリンピックを開催した結果、何が良かったと思えるかなどをもっと明確にしていく。
○ 世界都市東京の未来の姿……グローバル競争の中で生き抜いていかなければいけない大都市東京の未来の姿を示す。各局全体が、消防や福祉の分野も含めて、オリンピック・パラリンピックを機にどのように東京を変えていくのかということを考える』

『全体ガバナンスの問題については、組織委員会はその設立にあたって東京都が97・5%出資しているいわゆる外郭団体だが、そのわりには組織委員会に対する管理監督がきちんとされてきたかというと、かなり疑問がある。
 組織委員会は小池知事の関与を嫌がったのか、出資金の都への返還を申し入れてきたが、いずれにせよ「成功させるため」という観点に立って、今の組織委員会のあり方が、このままでいいのかどうかを見ていかなければならない』

 基本的に東京都の職員はかなり優秀な人が多く、中には国家公務員総合職(キャリア)を捨ててまで都庁の職員になる人もいるらしい。まあ、東京都の莫大な予算を動かせるとなれば、それはそれで魅力があるんだろうが、しかし、そうした優秀な人たちほど「情報公開」と「自律改革」とは逆の方向に行きやすくなるものだ。要は、「自分のやっていることが一般の人に理解できるはずがない」って考えることでね。

 それを如何に風穴を開けて、「情報公開が大事なんだ」っていうことを身をもって知ってもらうことが、小池都政がうまくいくかどうかの試金石なのであろう。少なくとも、豊洲移転問題に関しては、その道半ばという感じだろうか。うまくいっている部分もあり、「まだだなあ」という部分もあり。

 オリンピック・パラリンピックに関しては、豊洲移転問題より更に後退しているんではないだろうか。

 まあ、まだ都知事になって1年も経っていない小池氏には、まだまだこれからですね。とだけは言っておこう。

『都政大改革 小池百合子知事&「チーム小池」の戦い』(野田数著/扶桑社新書/2017年1月1日紙版刊・2017年1月25日電子版刊)

2017年4月12日 (水)

根津神社「つつじ祭り」は、まだ時期尚早

 六義園のライトアップが4月6日に終了したら、もう根津神社の「つつじ祭り」のポスターが町の掲示板に貼られている。4月8日から5月5日まで。

Dsc_00112

 ちょっとまだ早いよな、と思いながら根津神社まで行ってきたんだが。

Dsc_00022

 まだまだ、神社の境内は人出も少なくて。

Dsc_00082

 肝心のつつじはまあ、こんな感じや……

Dsc_00162

 あんな感じ。

Dsc_00142

 っていうよりも、主催者自身がまだ茶店を開いてないし(茶店は4月15日から営業開始)……。つつじ祭りを始めちゃったんだから、茶店も開いていただきたいんですけれどもね。

Dsc_00172

 屋台の準備状況だってこんな感じなのです。まあ、まだまだ「つつじ祭り」の本格スタートには時期尚早だってことですね。

Dsc_00202

 こっちのほうがよっぽどフォトジェニー。

Dsc_00192

NIKON Df AF Nikkor 24-85mm f2.8-4 D @Nedu Shrine Bunkyo ©tsunoken

2017年4月11日 (火)

今日から某医大附属病院に入院

 今日から某医科大学付属病院に入院することになった。

Dsc_00012「某医科大学」なんて言っても、これじゃバレバレ?

 ことの発端は今年1月に受けた定期健診で「過去に知らない間に心筋梗塞を起こしていた可能性がある」と診断されたこと。

 で、3月になって某医大で精密検査を何回か行った結果、「無痛性心筋梗塞」あるいは「無症性心筋梗塞」と診断された。CT検査の結果、心臓の冠状動脈に動脈硬化が見られ、一部は石灰化しているということだそうだ。

 本来は心筋梗塞を起こすと胸が強烈に痛くなるそうなんだが、糖尿病に罹っていたりすると、それが感じられなくなって「知らない間に心筋梗塞を起こしていた」ということがあるらしい。まあ、私の場合まさにそれ。放っておくと重篤な状況になって、下手をすると心臓麻痺ということにもなりかねないということ。う~ん、これはちょっと怖い。

 ということで、本日入院し、明日手術を行うことになった。

 手術は(多分)部分麻酔で、(多分)鼠径部から冠状動脈までカテーテルを入れて、バルーンで血管を開き、そこにステントという金網状の筒を置くという手術らしい。

 まあ、カテーテル手術の成功確率は99.8%らしいので、あまり心配はしていないが、それでも0.2%の失敗の確率もあるので……。

 とは言うもののそれほど心配はしてはいません。皆さんも心配はしないでください。って、別に私のことなんて心配していないか。

 しかし、生まれてこの方、何度か入院の経験はあるのだが、そのすべては骨折や事故(バイクに轢かれたり、酔っぱらっての自損事故や自転車での胸椎骨折)などの外科なのだったが、今回は生まれて初めての内科での入院であります。外科での入院っていうのは、別に体の内部には何の異常もない外傷のみなので、体が動けるようになってしまうと、毎日が退屈で、結局、病室を抜け出して煙草を吸いに外に出たり、(さすがに私はそんなことをしてはいなかったが)病院を抜け出して酒を飲みに行ってしまったりという、まさしく「小人閑居して不善を為す」ってなことの集大成になってしまうんだなあ。

 そんな意味では初めての内科入院ということで、多少の不安はあるのだが、まあ、罹っちまった以上は仕方がない、罹っちまったものはね。ってことで、あきらめて大人しくしていましょう。せいぜい、一週間だ。

 病院にはパソコン持ち込み禁止だそうだ。入院患者用の図書室があり、そこにパソコンもあってインターネットはできるそうだが、あまり長時間独占するわけにはいかないだろう。iPhoneから投稿するのも大変だし、 取り敢えず、書き溜めた分のブログは引き続き日付ごとに更新されていきますが、多分、どこかで更新されなくなるかもしれません。今のところ、14日金曜日までは既に投稿済み。それからあとはiPhoneからになるのかな。それ以前にiPhoneか割り込むのかな。あるいは放っぽらかすか。

 まあ、いずれにせよデジタル機器にほとんど触れない「ほぼアナログ環境」の生活って何年ぶりだろう。まあ、いまから25年くらい前までは、それで当たり前だったんだけれどもね。

 で、更新されないまま数週間も過ぎたら……、ってことでしょうね。

 まあ、多分一週間程度で更新再開すると思いますので、取り敢えず「今日は更新してるかな?」って感じで、毎日ブログを覗いてくださいな(そうすればPVも落ちないし)。

 その内「tsuoken生還!」ってなブログが再開されると思います。

 その時は「心筋梗塞から生還! tsunokenの二度目の人生ブログ」とでもタイトルを変えようかな。

 では、皆さん、行ってきます!

NIKON Df AF Nikkor 24-85mm f2.8-4 D @Sendagi Bunkyo ©tsunoken

 

2017年4月10日 (月)

『正社員消滅』はもしかしたら「いいこと」かもしれない

『いまや正社員ほど、ワークライフバランスの満足度が低い──そんな調査も出てきている。正社員、派遣社員、契約社員、アルバイトの四雇用形態で、現在のワークライフバランスをたずねたところ、正社員は「良い」が一八%で四形態のなかで最も低く、派遣社員は四一%、契約社員とアルバイトはともに三四%だった』

 おお、じゃあやっぱりフリーターの方が生活が充実してるんだ。う~ん、まだまだバブル期の生き方が認められてるんだな。と思ったらそうではないようだ。

Photo 『正社員消滅』(竹信三恵子著/朝日新書/2017年3月30日紙版刊・2017年3月31日電子版刊)

『標準的な「フツーの働き方」にすぎなかった正社員が、社会に出ようとする若者にとって、どんどん「レアもの化」していった。そんな変化の中で、二〇〇五年ごろから、非正社員についてのマスメディアの描き方も変わった。「不自由だが安定したアリ」としての正社員に対して「自由に生きたいキリギリスたちの働き方」と、明るく受け止められていた非正社員像が、「貧困の温床としての劣悪な働き方」に変化していったのだ』

 まあ、結局、労働組合に所属しているわけでもない非正社員たちの待遇・処遇がどんどん下げられて行ってしまっても、それに対抗する手段のない非正社員たちにはどうすることもできないもんなあ。

 一方、正社員の方だっていろいろあるようだ。

『極端な長時間労働や、家庭生活の障害になるような転勤や配置換えも「正社員だから」と正当化される。「正社員だから」ときわめて高度な貢献を求められるのに、待遇はそれに見合ったものではない「名ばかり正社員」である。正社員は無期雇用と引き換えに、会社から強い拘束を受けるのが当然だという認識が、会社側だけでなく働く人たちのあいだにも広がったことが、名ばかり正社員の蔓延の背景にある』

 なるほど「名ばかり正社員」ね。

『イケア・ジャパンでは二〇一四年九月から、フルタイム社員と短時間社員でも仕事が同じなら待遇を均等にする人事制度が導入され、話題を呼んでいた。本国スウェーデンはもちろん、それ以外の他の先進国では、フルタイムかパートか、期限の定めがない無期契約か短期契約か、直接雇用か間接雇用かにかかわらず、果たしている職務が同等なら待遇は同等という均等待遇が原則となっている』

 基本的に「同一労働同一賃金」の考え方がしっかり根付いている北欧諸国に対して、そんな考え方のないその他の国では、基本的に企業経営者の考える「最大の収益を求める」という考え方が企業経営の基本である。だとしたら、その「最大の収益を求める」経営者の考え方からすれば、正社員であろうが非正社員であろうが、彼らに支払う給与を如何に下げるかというのは、言ってみれば最大の目標なのだ。別に、正社員の立場を守るために非正社員の給与を下げるんだっていうわけではなく、ただただ、人件費を削れば企業収益が上がるっていうだけなんだもんね。

 なので、正社員といっても、実際にやっていること、やらされていることは非正社員と同じこと。なので、そんな正社員の給料を上げる必要なんかないじゃないか。というのが経営者の論理。

 じゃあ、それに対抗する働く側の姿勢ってどんなものだろう。

 竹信氏は言う。

『①「正社員の身分を守る」という発想から抜け出そう。
②自分の法律顧問を持とう。
③働き手のネットワークをつくろう。
④情報を収集しよう。
⑤辞めない権利を生かそう。
⑥ライフスタイルを点検する。
⑦企業や政府からの「働き方改革」に振り回されるのでなく、働き手の目線からの改革を提唱していこう。』

 って言うんだけれども、なんか大人しいんですね。まあ、どこかのいい大学を出て、1976年、朝日新聞社に入社。シンガポール特派員、学芸部次長、編集委員兼論説委員などを経て2011年から和光大学現代人間学部教授っていう、いかにも絵に描いたようなエリート街道を突っ走ってきた人だけはある。

 新聞記者人生の中でいくらでもフリーで生き生き働く人は見てきたと思うんだが、何故、そんなに「勤め人」として生きることに拘るんだろうか。私も竹信氏と同じような正社員として生きてきたんだけれども、たまたま出版社にいたせいか、多くのフリーで生き生きと働く人を見てきた。そんな目からすると、別に正社員はなくても大丈夫なんだ、と思えてきてしまうのだ。

 私は決してエリートではないが、大学を出て出版社の正社員を37年間続けてきて、見事定年っていう、まあ、これまた幸せな人生を送ってきた人間がいうことではないが、しかし、これからの時代はそんな生き方や、「正規でも非正規でも」社員という生き方を捨てる生き方じゃなければ、幸せになれない時代なんじゃないだろうか、という気がするのだ。

<一流の大学で一般教養と若干の専門知識を学び→一流企業の正社員になり→定年まで勤めあげる>という人生のあり方から、これからは<大学でもどこでもいいからプログラミングなどの専門知識とスキルを学び→数年企業に勤務した後 or 初めから→独立して個人事業主(フリー)として生きる>という人生のあり方に変わっていくのではないだろうか。で、そんなことができない人間が<勤め人><社畜>として生きていくのだ。というか生きていくしかないってことでしょうね。

「えっ? 国民みんながそんな生き方をしちゃったら、日本の産業はどうなっちゃうの? 日本の企業はどうなっちゃうの?」なんてこと言われても、そんなことは知るもんかってなもんですね。だって、日本の企業の行き方そのものが日本の企業の行き方そのものが(社畜をどんどん増やしちゃって、その結果として)「国民皆フリー化」のきっかけになってるんだから、それは仕方のないことでしょう

 よしんばそれで日本という国がダメになっても、そんな一人で生きていけるスキルを持った人なら、世界中で生きていける。別に、日本の個人や企業だけが仕事の相手でなければならないということはないんだから、世界中どこでも生きていけるっていう、素晴らしい未来が開けているんではないでしょうかね。

『正社員消滅』(竹信三恵子著/朝日新書/2017年3月30日紙版刊・2017年3月31日電子版刊)

2017年4月 9日 (日)

マンション管理組合セミナーに行ってきた

 昨日は、株式会社東京建物アメニティサポート(マンション管理会社:以下「アメサポ」)が主催する「第5回管理組合セミナー」というのに参加してきた。

 東京建物が開発しアメサポが管理しているマンションの理事を対象のセミナーなのであります。

Dscf86682

 内容は:

第一部:「防災に対する弊社の取組みについて」

第二部:「災害時の生活再建の『知識の備え』で防災を自分ごとに」

第三部:研修センター、防災備品見学会

第四部:交流会

 という構成で、私としては第四部の交流会で、他のマンションの方々とお話しできるのが主目的で参加してきたのだった。

 セミナーはアメサポのお客様センターグループリーダーの小林氏の司会で始まった。

Dscf86692

 その後、アメサポ管理業務部の和田部長の挨拶があってセミナーは開始。

Dscf86702

 同じく管理業務部保安グループの三須氏から「防災に対する弊社の取組みについて」の説明があって……

Dscf86722

 本日のメイン、弁護士でマンション管理士、フナンシャルプランナー、医療経営士、防災士、防災介助士って、何なのこの人、もしかして「資格ゲッター」(?)っていう、岡本正氏の講演「災害時の生活再建の『知識の備え』で防災を自分ごとに」があって……

Dscf86772

 防災備品の紹介とかがあって、交流会っていういつもの流れなんだけれども。

 実は小林氏から「〆め」の発声をと言われたのをいいことに、ちょっと別の提案をしてみたのだった。

 実は、最初のアメサポの話の中で、<防災訓練の実施状況>という部分で「安否状況表示」があり、そのな中でマグネット式の「安否確認カード」の話があった。これは何でも関西の方のブリリア・マンションで実施している方法なんだそうだ。実はマグネット式ではないけれども、似たようなものを新宿区が作って、区民各戸に配布したという情報を一年ぐらい前に入手したので、それを私のマンションの理事会で披露。我がマンションでも作ったらどうかという提案をしたことがある。

Photo

 で、これが実際にブリリア・マンションでも作られているんなら、じゃあみんなで作った方がいいんじゃないかということで、昨日参加した各マンションの理事さんたちや、アメサポのマネージャーたちには、早速、次の理事会でこの話をしてほしいという話をしつつ、実は、昨日参加してはいなかったけれども、東京建物本社の方でもこうした「安否確認カード」をデフォルトでブリリア・マンションで付けちゃえば、「東京建物は住民の安全に気を使っている住民の方を向いているデベロッパーだ」ってな評判にもなるんじゃないかしら。、ってなお話をさせていただいた。

 その後は、いつもの「江戸一本締め(『XXX XXX XXX X』1回のみ/神田明神式)」です。

 さあ、私の提案はどうなるんでしょうかね。

FUJIFILM X 10 @Yaesu Chuo ©tsunoken

2017年4月 8日 (土)

東小金井から花小金井へ

 4月4日に東都中大対日大戦を見に行くことができなかった理由がこれだ。

 K談社社友会レクリエーション部主催「小金井公園・玉川上水&狭山・境緑道 お花見ウィーキング」

 要は、JR中央線東小金井駅から、西武新宿線花小金井駅まで北上し、最後は花小金井駅前の居酒屋で宴会って催しに参加したのだった。

Dsc_00012

 東小金井駅を出発した一行は、まず浴恩館公園へ。

Dsc_00102

 皆さん、旧浴恩館(現・小金井文化財センター)に見に行ったのだが、下村湖人や「次郎物語」に興味のない私は、一人浴恩館公園を散歩していました。

Dsc_00192

 すると発見したのがこんなトカゲ。冬眠から出てきたばかりなのか、まだあまり動きはよくない。

Dsc_00342

 次に行ったのが、当然途中にある玉川上水。五日市街道沿いにちょっと上流の方へ行って、「行幸松」なんかを見てから小金井公園へ。

Dsc_00392

 菜の花越しに見える桜の花なんてね。ちょっと自慢したりして。

Dsc_00582

 で、小金井公園の次は石神井川の源流であります。小金井公園の隣にある小金井カントリー倶楽部の中に石神井川の源流がある、なんて知ってました?

Dsc_00612

 で、最後は狭山・境緑道、っていうよりは私は「多摩湖サイクリングロード」という名前で知っていたんですがね。

Dsc_00662

 実は今から二年半前まで七年間くらい練馬区上石神井に住んでいて、その頃の私のサイクリング・コースが青梅街道旧道、五日市街道とこの多摩湖サイクリングロードだったので、この辺の地理はよく知っているのでありました。

 で、どうでもよいのだが、結局、この日は22,000歩以上も歩くことになった。ちょっと疲れましたね。

NIKON Df AF Nikkor 50mm f1.8 G @Koganei & Kodaira ©tsunoken

2017年4月 7日 (金)

六義園の桜も盛りを過ぎて

 六義園「しだれ桜と大名庭園のライトアップ」も昨日でおしまい。

 ってことで、どんな状況かなと見に行った。

 確かに、しだれ桜は盛りを過ぎている。

Dsc_00082

 花と花の間からは既に葉が少しづつ出てきているんですね。

Dsc_00132

 吟花亭後のしだれ桜ももうちょっと元気がない。

Dsc_00172

 これはしだれ桜ではなくて吹上茶屋の桜は今が一番の盛りみたいだ。

Dsc_00212

 メインのしだれ桜の脇にある山桜なんかは最早花はほとんど落ちてしまっている。

Dsc_00242

 最後は、我がマンションの屋上から見たしだれ桜と山桜。真ん中へんにこんな感じで見えます。今年はあまり派手には見えなかったなあ。

Dsc_00052

 ということで、桜の盛りってほんの一瞬なので、それを見逃すと「ちょっと残念」な気分になってしまう。というか、今年はしだれ桜があまり元気がなかったのかなあ。

 まあ、今週末からは根津神社の「つつじ祭り」が始まります。といってもお祭りの最初の頃は多分つつじもほとんど咲いていません。4月末から5月初め頃が見頃だと思いますよ。

NIKON Df AF Nikkor 20mm f2.8 D & AF-S Nikkor 50mm f1.8 G @Rikugien Bunkyo ©tsunoken

 

2017年4月 6日 (木)

東都大学野球・中大、決め手を欠く攻めで勝ち点GETならず!

 ある理由から(その理由は明日わかります)行けなかった2017年東都大学野球春のリーグ戦第一試合、中大対日大戦。第一戦は6対0と大勝ちした中大。昨日も勝てば早速勝ち点ゲットということで、神宮球場まで行ってきた。

Dsc_00062

 日大、山本……

Dsc_00112

 中大、伊藤の投げ合いで試合開始。

Dsc_00302

 1、2回は両者無得点だったんだが、3回表、中大土谷のホームランでまず1点。

Dsc_00842

 が、6回裏、日大田中がライトへヒット。

Dsc_02322

 長沢が四球で出塁し、1死1・3塁とする。

Dsc_02392

 ここで中大、投手を伊藤から二番手、喜多川にチェンジするも……

Dsc_02472

 北阪のタイムリーで同点……

Dsc_02562

 福田のタイムリーでこの回2点と逆転される。

Dsc_02622

 7回表、中大五十幡の打球をサードがエラー、

Dsc_02822

 飯嶌が四球で出塁すると……

Dsc_02872

 日大も山本から二番手植谷にチェンジ。

Dsc_02892

 しかし、中大吉田のタイムリーで再び同点となる。

Dsc_03042

 その後、9回を終わって同点。延長10回表を終わってまだ同点なので、面白くない試合なんで家に帰ってきてしまった。まあ、この辺が熱心でないファンってところなのでしょうね。

 帰ってきてみれば、10回裏、日大川畑が2ベースヒット、北阪がセンターへのヒットで1死1・3塁となった後、福田の打球をショートがエラーし1点献上。

 なんと、中大vs.日大は勝ち点1を巡ってもう一試合行うことになってしまった。あ~あ。

 今日も用事があって行けないんだよ。

NIKON D7000 AF-S Nikkor 70-300mm f4.5-5.6 G @JinguStadium Shibuya ©tsunoken

2017年4月 5日 (水)

『グローバリズム以後』

 2016年1月12日の一般教書演説でオバマ大統領が「(第三に、)世界の警察官としてではなく、どのように世界をリードし、アメリカの安全を守っていくか?」と発したとき、我々はアメリカ帝国の終焉がやってきたことを思い知らされたわけであるが、その後、トランプ氏がアメリカ大統領になって、完全に帝国の終焉を確認したのである。

Photo 『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』(エマニュエル・トッド著/朝日新書/2016年10月30日紙版刊・2016年10月31日電子版刊)

『1998年と2016年の間に私たちは、グローバリゼーションが国を乗り越えるという思想的な夢が絶頂に上り詰め、そして墜落していくのを経験したのです。それは、一つの国(ナショナル)というよりむしろ帝国(インペリアル)となった米国に主導されながら進んでいきました』

『2016年、米国は疲れています。停滞に、そして長く続く賃金の中央値の低下にも疲弊しています。自分の社会の中の不平等が拡大して破壊的な影響をもたらしつつあることを自覚しています。雇用される人たちにとっては、2008年の景気後退から米国は本当には回復していないのです』

 一方、ヨーロッパはどうなったかと言えば……

『2016年、欧州は危機に陥っています。他のパートナーたちよりも経済的に強いドイツはEUの主導権を握っています。しかし、自身は、数十年にわたるとても低い出生率の結果、人口という点で歴史上前例がない深刻な危機にさいなまれています』

『同じように人口の問題に直面しながら、高齢化と人口減少を受け入れている日本とは逆に、ドイツは、自分とは文化的にかなり違う国々からの大量の移民に門戸を開くという選択をしました』

『西欧は、経済と同じくらい政治、イデオロギーでも消耗しています。理想化された資本主義と民主主義を世界に広めるというグローバル化の夢、フランシス・フクヤマが言うところの「歴史の終わり」は、今日はるかに遠いように思われます。中東は、民主化どころか国家の解体の中にいます。中国は、開放どころかおびただしい腐敗が吹き出しています』

 ロシアやアジアはどうなんだ?

『2016年、ロシアは今、その帝国としての地位を失ったとしても、国としてほぼ回復しています。その政治システムは、石油価格の下落にもかかわらず、みごとに安定しています。その軍事機構は、核戦力についても通常戦力についても再び組織化されました。ロシアは、そのナショナルな空間にクリミアを再統合し、米国を恐れることなくシリアに介入しました。死亡率はまだ高いけれども、下がっています』

『日本は、安定していますが、老いつつあります。そして、安定しているけれども疲れている米国、安定しているが縮んだロシア、解体しつつある欧州、次第に不安定になっていく中国が形作る新しい世界の中で、自分の道を見つけなければなりません』

 というのが2016年から2017年にかけての世界展望だろう。本書は1998年から2016年にかけて朝日新聞によるエマニュエル・トッドへのインタビューから構成されているのだが、まあ、なかなか2017年の現在を言い当てているなあという感じはする。

 で、エマニュエル・トッドは日本に対してこんな提案をするのだ。

『日本に「核武装」を勧めたい』

 う~ん、なんてことを言うんだろう。

 まあ、最早「世界の警察官」ではなくなったアメリカと日米軍事同盟を保っていくというのは、実は現実的ではないというのだろう。

『核兵器は偏在こそが怖い。広島、長崎の悲劇は米国だけが核を持っていたからで、米ソ冷戦期には使われなかった』

『イランも日本も脅威に見舞われている地域の大国であり、核武装していない点でも同じだ。一定の条件の下で日本やイランが核を持てば世界はより安定する』

 それは確かにそうなんだろうけれども、なかなかそうはいかないんだよなあ。

『北朝鮮より大きな構造的難題は米国と中国という二つの不安定な巨大システム。著書『帝国以後』でも説明したが、米国は巨額の財政赤字を抱えて衰退しつつあるため、軍事力ですぐ戦争に訴えがちだ。それが日本の唯一の同盟国なのです』

「日米軍事同盟の維持」と「集団的自衛権」をアメリカと組んでいる以上は、これからは却って日本がアメリカによって戦争に巻き込まれる可能性が高まるってことなんだろう。

 とは言うものの、「唯一の被爆国」という、いささか被害妄想の「思い込み」をしている日本人の核アレルギーはいまだに払しょくされていない(あれだけ原発を持っているのにね)ので、なかなか核兵器保持に対しては、まだまだ国民の抵抗はありそうだ。

 しかし、世界情勢とりわけアメリカと中国との関係論においてはこうなる。

『なるほど日本が現在のイデオロギーの下で核兵器を持つのは時期尚早でしょう。中国や米国との間で大きな問題が起きてくる。だが、日本が紛争に巻き込まれないため、また米国の攻撃性から逃れるために核を持つのなら、中国の対応はいささか異なってくる』

 ここは難しい判断だなあ。政治力のバランスという考え方で言えば、当然、中国、北朝鮮が核武装をしている以上、日本だって(現実的には確実に潜在的核保有国になっている以上は)核武装をすべきなんだってのは理解できるんだけれどもね。

『核を保有する大国が地域に二つもあれば、地域のすべての国に「核戦争は馬鹿らしい」と思わせられる』

 まあ、結局アジアの繁栄と安全のためには日中韓三国(+印)がいかに(核武装をするとかしないとかは別にして)協調体制を取っていくのかがテーマなんだろう。勿論、三国間の歴史認識は全く異なるし、経済体制・政治体制もまったく異なる。しかし、基本的に国境を挟んだ隣国とは、「基本的に緊張感を持った友好態勢」を持つことがヨーロッパでは当たり前だし、日本もそんな「世界の常識」を持って隣国と接していくべきなんだろうな。

 無限定の(ズブズブの)友好関係なんてものはないんだから。

『グローバリズム以後 アメリカ帝国の失墜と日本の運命』(エマニュエル・トッド著/朝日新書/2016年10月30日紙版刊・2016年10月31日電子版刊)

2017年4月 4日 (火)

『粗忽者』『堀の内』

 落語の外題に「粗忽者」とか「堀の内」などと言ったタイトルの滑稽話がある。

 本所林町の粗忽長屋に甚兵衛という粗忽者がいて、始終失敗をしているというお話。堀の内のお祖師様へ粗忽を直すお願いでお参りに行くといって、風呂敷包みに弁当を包んだつもりが、女房の腰巻きに箱枕を包んできてしまい、家に帰って腰巻きの件を言うと、「自分で包んで行ったのでしょ、それより着ける物が無くて、スウスウして困った」と逆に言われてしまった、というオチの噺。

 場合によっては、その後で息子を風呂屋に連れて行って、またまた失敗するという話が続いたりするんだけれども、私はそこまで行かない、上のオチの方が好きだ。

Dsc_00062

『「この道真っ直ぐ行って鍋屋横丁を左に曲がるとお祖師様に出る」と教えられるが、何回も同じ事を聞きながらやっと着いた』

 という鍋屋横丁が上の写真。まあ、落語の世界はずっと昔なので青梅街道ももっと狭かったんだと思うけれども。

 左へ曲がると、こんなクネクネした「如何にも昔の道です」ってな感じの道になり。

Dsc_00172

 途中、帝釈天を過ぎると、「和田帝釈天通り」という商店街になり……

Dsc_00182

 環七を越えると妙法寺参道に至る。まあ、昔は環七なんてなかったので、和田帝釈天通りから直接参道に入ったんだろう。

Dsc_00252

 で「やくよけ祖師 妙法寺」という看板にいろいろこのお寺でかなえてくれる祈願などが書いてあるんだが「粗忽直し」なんてのはない。まあ、一番左に書いてある「諸祈願」が多分それにあたるんだろう。

Dsc_00272

 で、こちらが妙法寺祖師堂。本堂は別にあるのだが、なんかこちらの祖師堂の方が本堂みたいに見える。

Dsc_00302

 で、この境内で弁当を開こうとしたら、女房の腰巻に箱枕が出てきたわけですね。

『新編 落語の落(さげ) Ⅰ・Ⅱ』(海賀変哲著/小出昌洋編/東洋文庫)

NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Myouhouji Temple Suginami ©tsunoken

2017年4月 3日 (月)

『「中学英語」でペラペラ話す』

 月2回刊の『プレジデント 2017年4月17日号』の特集が『世界が証明◎1500単語で大丈夫   「中学英語」でペラペラ話す』という。

Photo 『プレジデント 2017年4月17日号』(プレジデント社/2017年3月27日刊)

 特集内容は……

『トランプ大統領vs孫正義社長「世界一やさしい英会話」を全解明』
『「覚えが悪いのにはワケがある」英語勉強法の脳科学』
『知らないと怒られる「超失礼な学校英語」フレーズ30』
『「英語の品格が上がる」ゴールドマン・サックスが教える言い方』
『〈最高の英語テキスト・英会話スクール〉2017ランキング』
『コスパ検証◎短期集中「スパルタ型」英語塾の実力』
『「1カ月で100点上げる」TOEICレベル別ワンポイントアドバイス』
『教会、カルチャーセンター、交換学習……お金をかけない英会話習得術』
『「訪日アジア人と英会話トーク」通じて感動! 完全ドメスティックの接客法』
『安くて効果抜群の「プチ留学」コースガイド』
『授業参観で驚愕「有名私立中学」のすごい教え方』

 という盛沢山なもの。

 中でも面白いのが一番最初の『トランプ大統領vs孫正義社長「世界一やさしい英会話」を全解明』。

"Carlos Slim, the great bussinesman from Mexico, called me about getting together for a meeting. We met, HE IS A GREAT GUY!"

"We have Sergeant Bergdahl. Right?"

"Maybe we're not supposed to [get into that fight]. Okay? Okay?"

"They don't have a clue. They can't lead us. They can't. They can't even answer simple questions. It was terrible."

"So important that you get out and vote. So important that that you watch other communities."

"North Korea is a big problem, North Korea is big problem."

 以上は本書に書かれていたトランプ氏のTwitterや演説からの引用なんだけれども、関係代名詞は"that"のみだし、そのほとんどが構文になっていない。カーネギーメロン大学言語科学研究所の調査で分かったことは、トランプ氏の英語は(アメリカの)中学1年生レベルだということ。過去の大統領ではリンカーンが高校2年生レベルで最高、ブッシュ・ジュニアが小学校5年生で最低、ということでトランプ氏は下から二番目らしい。

 まあ、日本の中学1年生ではまだちょっと無理かもしれないが、こんな一番単純な構文の、関係代名詞だって"that"しか使っていない英語なら日本の中学3年生でも理解できちゃう程度の映画なんだなあ。

 英語音声学や英語スピーチなどが専門の米山明日香氏によれば「トランプさんが使う英語はアメリカの小学6年生から中学1年生くらいのレベル。あえてアメリカ人の平均的な英語レベルよりも下げることで、幅広い層に伝わるコミュニケーションを心がけているのでしょう」っていうんだけれども、むしろトランプ氏の「お脳」のレベルが中学1年生なのではないでしょうか。

 ビジネスでも随分失敗して税金を納めていないようだし、まあ、ビジネスの勘なんてインテリジェンスとは関係ないもんなあ。

 で、一方の孫氏の英語も凄いことになっている。

"Today's topic is "Mobile goes broadband."

"As I said in the first part of my presentation, U.S. has been NO.1."

"We are number one internet company in Asia."

"O.K. Theory is becoming reality."

"It's no longer PC Internet."

"What is really driving the Internet growth?"

 まあ、これも「中学生レベル」の英語だなあ。もっともIT関連の用語は基本的にすべて英語なので、基本的に英語とは「なじみ」のよい業界ではある。それにしても、トランプ氏はまだ"that"という関係代名詞は使っていたけれども、孫氏はそんなものには目もくれず、ひたすら「主語+α」という形の一番単純な構文だけを使っている。

 更に、ソフトバンク社長室長の三木雄信氏によれば「孫社長がアメリカ商工会議所で行ったプレゼンで使っている単語を調べてみたら、わずか1480語だった。文部科学省は中学時代に学ぶ英単語の数を1500語前後と定めているから、孫社長は中学生程度の英単語を駆使している」ということだ。

 孫氏はUCバークレーを卒業している。アメリカでも上位に入るUCバークレー卒なので、本来はもうちょっと上級の英語を使えるはずなんだけれども、それでも「日本の社長」としてプレゼンする時は「日本人として」行うわけであるな。

 う~ん、そうかトランプ氏はアメリカ大統領に当選して、最初に会った外国人は孫正義氏なわけなんだが、二人はお互い中学生英語で語り合ったんだろうなあ。

 っていうか、そうなんだよな。語彙としてはせいぜい中学生で学ぶ1500語くらいで日常会話は成り立ってしまう。「主語+α」のビジネス英語はその業界にいれば自然と身につくもの。で、そんな形で身に入れたビジネス英語と、中学英語を「キチンと」マスターしていれば、実は英語なんて簡単、簡単!

 まあ、私の場合は、以前にも書いたけど、赤坂のバーで出張外人と喋っていた「酔っ払い英語」なんですけれどもね。考えてみれば、その頃使っていた英語も「主語+α」だけの単純な英語だったなあ。

 それでも今でも「有効」。

『プレジデント 2017年4月17日号』(プレジデント社/2017年3月27日刊)

2017年4月 2日 (日)

『会社が消えた日』

『松下電器産業、日立製作所、東芝、ソニー、シャープ、三洋電機、富士通、NEC、三菱電機、パイオニア、日本ビクター。日本には「大手」と呼ばれるだけで11社の電機メーカーがあった。民生、重電、情報・通信と軸足を置く分野は分かれるが、テレビ、携帯電話、パソコン、白物家電といった事業の多くはオーバーラップし、市場で激しく競い合っている』

 しかし、輸出がどんどん成長していた時代ならまだしも、テクノロジーはすぐに陳腐化し、そんな陳腐化した製品はコモディティとして安く作れる韓国や、中国に輸出競争力では負けてしまう。

 2009年にパナソニックに吸収されてしまった三洋電機は2011年には上場廃止となってしまい、三洋電機という会社は完全に消えてしまった。

 しかし、その後に何があるというのだろうか。

『三洋電機がたどった軌跡と重なるのが現在のシャープであり、その後ろにパナソニックとソニーがいるようにも見える。通信や電力といったインフラに重点を移したNECや日立、東芝も、もはや日本経済の成長ドライバーにはなり得ないだろう』

 つまり最早ダウンサイジングの真っ最中の日本なのである。

『安倍政権はアベノミクスの第3の矢「成長戦略」で日本経済のダウンサイジングを止めようとしているが、これといった妙手は見当たらない。そもそも成長とは唯一のプロフィットセンターである民間企業が自ら考え、実行した結果として実現するのが筋であり、政策で生み出せる人為的な成長にはおのずと限界がある』

 というのが事実なんだなあ。

Photo 『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』(大西康之著/日経BP社/2014年5月20日紙版刊・2014年7月11日電子版刊)

 きっかけは2004年10月23日の中越大地震だった。

『2004年10月23日土曜日、午後4時56分。新潟県中越地方を最大震度7の巨大地震が襲った。次の年、三洋電機は早期退職を募集し、半導体部門で420人の社員が会社を去った。だが、それは「終わりの始まり」に過ぎなかった』

 三洋電機は新潟県小千谷市に新潟三洋電子という半導体部門の製造子会社を作っていた。

『新潟三洋の被災が業績崩落のきっかけを作ったのは確かだが、現実には被災前に三洋電機の経営は事実上、破たんしていた。一言でいえば放漫経営である』

『強気の投資のほとんどは空振りに終わる。半導体や大型液晶パネルは在庫の山を作り、生産ラインの稼働率は低空飛行を続けた。パンパンに膨れ上がった風船に突き刺さった1本の針。それが新潟三洋の被災だった』

 その結果……

『2006年、追い詰められた三洋電機は資本増強のための第三者割当増資を実施し、米ゴールドマン・サックスグループ、大和証券SMBCグループ、三井住友銀行の金融3社から3000億円の出資を受けた。経営の主導権を握った金融3社は敏、敏雅、野中を三洋電機から追い出し、電機大手最後の同族経営は幕切れとなった』

 で、当然、その金融3社はハゲタカだったわけで……

『金融3社は三洋電機の有力事業を次々と売却し、残った本体をパナソニックに売った。パナソニックは「サンヨー」ブランドを廃止した。ピーク時に世界に10万人いた三洋電機の社員は散り散りになり、パナソニックの中に残ったのは9000人強。パナソニックの完全子会社になった三洋電機は残務処理のため法人格としてはまだ存続しているが、残務処理が終わればそれも消滅するものと見られる』

『2014年2月18日、パナソニックは三洋電機を対象にした早期退職の募集を始めた。250人が対象だった。間接部門に900人いる三洋電機社員を約3割減らす。大阪府守口市の旧三洋電機本社ビル1号館は守口市に売却することが決まった。ピーク時、売上高2兆5000億円だった三洋電機という巨大企業の痕跡がこの世から消えようとしている』

 西松屋というベビー服のチェーン店がある。

『ここにはパナソニック、ソニー、シャープ、NEC、富士通、ルネサスエレクトロニクスなど、電機大手から転職した技術者が62人もいた。ベビー用品の会社で電機のエンジニアが何をしているのか。彼らの話を聞くと、そこには、これから日本が向かう産業構造変化の実像があった』

 西松屋だけではない。

『仙台に本社を置く日用品メーカー、アイリスオーヤマが大阪・心斎橋で9階建てのビルを買った。2014年の春からここで三洋電機を含む約30人の元電機メーカー社員が働く。アイリスオーヤマの「R&Dセンター」だ。
 LED照明で家電事業に進出したアイリスは電機大手を辞めた技術者を続々と採用している。仙台の会社が大阪に開発センターを設けたのは、三洋電機、シャープ、パナソニックの関西電機3社から大量の技術者があふれ出すことを見越しているからだ』

『アイリスが作るのはLED照明、加湿器、扇風機、電子レンジ、高圧洗浄機といった軽家電である。三洋電機やシャープから来た技術者に電源など肝の部分を設計させ、全国8カ所の自社工場や中国の受託工場を使って格安の製品を作る。これを従来の日用品の商売で太いパイプを持つホームセンターなどで売りさばく』

 まあ、結局「技術屋」さんは、別に大手の家電会社でなくとも活躍できる場所があるってことなんだなあ。勿論、プライドを捨てればという条件は付くけれども、人間どこかで生きていかなければならない以上、プライドを捨てればどんな会社でも自分の技術や能力は生かせるってことなんだ。

 まあ、プライドでメシを食っていけるわけでもないのだから、こうした発想の転換はいいことなのかもしれない。

『会社が消えた日 三洋電機10万人のそれから』(大西康之著/日経BP社/2014年5月20日紙版刊・2014年7月11日電子版刊)

2017年4月 1日 (土)

フォトジャーナリスト 長倉洋海の眼

 これはウソじゃないよ。

 東京都写真美術館で現在『フォトジャーナリスト 長倉洋海の眼 地を這い、未来へ駆ける――』という写真展が開催されている。

Dsc_00102

 長倉洋海と言えば写真の勉強をするために時事通信社に入社したものの、時事通信社では国内取材のみで、海外のそれも紛争地などへの派遣はしてもらえなかったために、時事通信社を3年で辞めて、フリーとして海外取材を続けてきたフォトグラファーとして有名だ。

Dsc_00132

 今回の写真展のテーマは九つ、『エルサルバドル内戦と人々』『難民キャンプの少女ヘスース』『アフガン戦士マスードと共に』『南アフリカの鉱山労働者』『コソボのザビット一家』『森に生きるアマゾンの民』『アフガニスタンの「山の学校」』『地球に生きる子どもたち』。そして『未来へ駆ける』として2004年から2016年まで取材した「シルクロード/グリーンランド/ミクロネシア/シベリア/メキシコ/アフガニスタン/オーストラリア/ペルー」などの姿を伝えている。

Dsc_00122

 多くは紛争のあり様と、そうした紛争地でもたくましく生きる子どもたちの姿を伝えている。

Dsc_00112

 しかし、そうして見て行くと、やはり『エルサルバドル内戦と人々』がまず最初に内戦と言うものの過酷さを知り、それを世界に伝える大事さを知った機会であり、『アフガン戦士マスードと共に』という一群の写真が、これまでに一番長倉洋海にとっては思い出深い取材対象だったんだろうなというのが分かる。

Dsc_00082

Dsc_00182

『フォトジャーナリスト 長倉洋海の眼 地を這い、未来へ駆ける』は5月14日まで開催。

東京都写真美術館の公式サイトはコチラ

NIKON Df AF Nikkor 35mm f2 D @Yuebisu Meguro ©tsunoken

« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?