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2017年3月 5日 (日)

傳馬町牢屋敷・跡

 地下鉄日比谷線小伝馬町駅のエレベーター出口の脇が十思公園なんだが、実はそこが傳馬町牢屋敷跡なのだった。

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 公園脇の十思スクエアという中央区の複合施設の前に、平成24年に中央区が発掘調査をした際に出てきた牢屋敷の塀などに使われた石垣の石が並べられている。

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 実はこの十思公園だけではなく、十思スクエア(旧十思小学校)、大安楽寺、身延別院、村雲別院などの周辺の建物も傳馬町牢屋敷だったそうだ。でも、現在の東京拘置所や府中刑務所の規模に比べると、規模はまったく小さい。まあ、100万人前後だった江戸の人口を考えてみればこんな規模でも十分だったのかもしれない。

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 牢舎は揚座敷(旗本の士)、揚屋(士分僧侶)、大牢(平民)、百姓牢(百姓)、女牢(女性)と身分ごとに分かれていたようだ。まあ、それは身分制社会だったから仕方がないんだな。「犯罪者は皆同格」ってわけにはいかず、犯罪者であっても身分は分かれていたんだな。

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 で、十思公園の前にある大安楽寺の境内の延命地蔵の場所が「御椓場死刑場」という刑場だったそうだ。現在は「延命地蔵」が建てられている場所がそこだったらしい。

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 公園内には安政の大獄で刑死した吉田松陰を祈念して「松陰先生終焉の地」という碑が建てられている。

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 まあ、会津藩の末裔としてはざまあみやがれではあるが、しかし、その後の日本のことを考えると、ちょっと残念な死ではある。

 合掌

NIKON Df AF NIKKOR 35mm f2 D @Kodenmacho Chuo ©tsunoken

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