フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 前橋シャッター通り2017 その変化 | トップページ | 文京区自転車シェアリングはじめる »

2017年1月24日 (火)

『パリ、恋人たちの影』ヌーヴェル・バーグの残滓は何処へ?

 自分で浮気をしていながら、妻の浮気にはかなり強く当たるという、まあいかにもな夫ピエール(スタニスラス・メラール)と、数少ない浮気がダンナにばれて、結局は別れてしまう妻マノン(クロティルド・クロー)なんだが、結局は元のさやに収まるという、なんかあまりフランス映画らしくない展開が、ヌーベル・ヴァーグの次世代の旗手の作品っていうと、なんか不思議な感じがする。

Photo 『パリ、恋人たちの影(原題:L'OMBRE des FEMMES〈女の影〉)』(監督・脚本:フィリップ・ガレル/共同脚本:ジャン=クロード・カリエール/撮影:レナート・ベルタ/音楽:ジャン=ルイ・オベール)

 とにかくスタッフが豪華なんである。

 共同脚本のジャン=クロード・カリエールはルイス・ブニュエルの「小間使いの日記」「ブルジョワジーの秘かな愉しみ」「欲望のあいまいな対象」、ジャン=リュック・ゴダールの「勝手に逃げろ/人生」、ルイ・マル「五月のミル」、大島渚「マックス、モン・アムール」などの作品に脚本家として参加してきている人だし、撮影のレナート・ベルトはゴダール「勝手に逃げろ/人生」、エリック・ロメール「満月の夜」、ルイ・マル「さよなら子供たち」や、その他アラン・レネなどとも組んできた人だし、音響のフランソワ・ミュジーはゴダールの「パッション」「ゴダールの探偵」「右側に気をつけろ」「ヌーヴェルバーグ」「新ドイツ零年」「ゴダールの決別「フォーエヴァー・モーツァルト」「愛の世紀」「アワーミュージック」「ゴダール・ソシアリズム」「カルメンという名の女」などを手掛けてきた人だ。

 もうこうなったらばりばりヌーヴェル・バーグの映画になるはずなんだが、あまりゴダール臭はしない。まあ、ヌーヴェル・バーグって言ってもジャン=リュック・ゴダールとフランソワ・トリュフォーでは全然作風は異なるわけで、つまりヌーヴェル・バーグっていうのは映画誌『カイエ・デ・シネマ』に集まっていた評論家たちが、やがて自分たちも映画を作り始めたっていうだけで、何らかの映画の作風を表す言葉ではなかったということなのだ。

 ゴダールは「ガレルは息をするように映画を撮る」と言ったそうだが、ジャン=クロード・カリエールが脚本に参加しているとはいっても、あくまでも作品は監督のものである以上、作品コンセプトはフィリップ・ガレルのものであるし、作品に責任を負うのもガレルしかいないのだ。

 で、そのガレルが作り上げたストーリーは……。

 ドキュメンタリー映画を製作しているピエール、マノンはそんな夫を世間に認めさせたいと、自分は食堂でパートタイマーをしながら、自身もキャメラを回したりして夫のドキュメンタリー映画製作に協力している。

「開戦の頃、18歳だった。友達を巻き込んで逮捕され彼の母には恨まれた……」

 と話す元レジスタンスの闘士を取材しているピエールとマノン。

「難しい作品になりそうだ」というピエール。どうも製作作業は難航しそうだ。っていうか、どうまとめたらいいのかわからなくなってしまったようなんだな。

 そんなある日、スタジオでフィルム保存係で研修中のエリザベット(レナ・ボーガム)と出会ったピエールは、その日のうちにエリザベットと意気投合、エリザベットの部屋でベッドイン。ピエールは打ち明ける……。

「言っとくが、妻がいる」「だと思ってた」と、二人は体を重ねる。

 妻がいると知りながらピエールと関係を続けるエリザベットだが、こっそりピエールとマノンが住むアパートを探しに来て、仲睦まじそうに話す二人の姿を見る。

 そんなエリザベットが、ある日、偶然立ち寄ったカフェでマノンと浮気相手の男がいるのを目撃する。そして、また別の日にも……。

 そのことをピエールに告げるエリザベット。

 自分がエリザベットと浮気をしていることを棚に上げて、マノンを叱責するピエール。

 激しい言い合いを経て、マノンはピエールの家を出ていく。その後、ピエールもエリザベットとは疎遠になり……元レジスタンス闘士の言葉も「ウソ」だったということが分かり、映画の製作も頓挫してしまったようだ。

 数年たち、元レジスタンス闘士が亡くなり、その葬儀に参列することで再び出会う二人。映画はどうなってしまうのだろうか。

 その時に、マノンの口から出た言葉……。

「いっそ、あれはウソだった。私たちは騙されていた。ということでもって、映画を製作すれば」

 その言葉で、再び彼らが映画製作を再開するのか、再び共同生活を再開するのか。まあ、多分そうなることを予感させて映画は終わる。

 映画の冒頭、ピエールが街中でバゲットを咀嚼するシーンが長く続く。そして映画の半ばで、マノンとマノンの母親がやはりバゲット(サンド?)をやたら食べているするシーン。そして、ピエールがマノンが出ていったたった一人の部屋でスプーンで(即席?)パスタを食べているシーン。

 この三つのシーンが実はこの映画では大事なシーンなのではないだろうか。「食べること」つまりそれは「生きること」。なので、やっぱり人間はどんな状況になってしまっていても「食べること」でもって、「生きてしまう」ってことなんだなあ。

 で、生きている以上は、それはピエールにとっては「映画を製作すること」なんだろうし、マノンにとっては「そんな夫を支えること」なのかもしれない。

 ただし、最後の葬儀が行われている教会の前で、再び出会ったことを祝福するように抱き合うピエールとマノンを見ていると、まだまだこの夫婦には山あり谷ありの人生が待っているんだろうなあ、とも思えてしまうのだ。

 まさしくそれがフィリップ・ガレルの歩んできた人生なんだろうし、これからも映画製作という現場を歩き続ける以上、避けて通れない人生なんだあ。

 1948年生まれのフィリップ・ガレル、1968年の「パリ五月革命」のときは20歳という、バリバリの「団塊の世代」(日本風の言い方をすればね)、ゴダールが16mmのボリューカメラで「五月革命」を取っていた時に、まさしくその被写体にいたかもしれない人物だ。

 それが、今やフランス映画の大家となって作った映画が『パリ、恋人たちの影』であるならば、その「恋人たちの影(原題に沿って言えば「女の影」)」がどのように結実するのかを我々は見届けなければならないだろう。

 ピエールとマノンが作っていたドキュメンタリー映画がどんな映画になっていたのか、実に気になる。果たしてそれは完成したんだろうか?

『パリ、恋人たちの影』は渋谷シアターイメージフォラムで公開中。その他の劇場でも順次公開予定。公式サイトはコチラ

« 前橋シャッター通り2017 その変化 | トップページ | 文京区自転車シェアリングはじめる »

映画」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/64799039

この記事へのトラックバック一覧です: 『パリ、恋人たちの影』ヌーヴェル・バーグの残滓は何処へ?:

« 前橋シャッター通り2017 その変化 | トップページ | 文京区自転車シェアリングはじめる »

2017年12月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31            

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?