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2017年1月18日 (水)

天守のない城、水府城

 水府っていうのは常陸太田にある地名なんだけれども、もう一方では水戸市を指す言葉でもある。

 で、水戸市と言えば徳川御三家のひとつ、水戸徳川家の本拠地であったわけですね。

Dsc_00382

 当然、そこには特別大きかった水戸城があったわけです。

 水戸城は手前に千波湖を抱え。

Dsc_00052

 背後には那珂川を配する天然の要害を抱え、城自体は丘の上にできているという、まさしく「砦」としても十分な要素をもっていた城なのである。城そのものは「平城」ではあるけれども、同時に「平山城」の性格も持っていた。

Dsc_00302

 が、そこには天守閣(址)というものがない。一番上の写真が水戸第一高校にある薬医門というもので、唯一江戸時代から残ったものだそうだ。

 三の丸にある小学校にはなんか江戸時代を思わせる門があったり……

Dsc_00112

 中学校にも江戸時代の城跡を思わせる塀があったりするんだけれども。

 それらは現代になって作られたもの。

Dsc_00252

 でも、昔の遺構らしきものは残っていて、三の丸と二の丸の間の空堀跡は道路になっている。

Dsc_00162

 本丸と二の丸の間の空堀はなんと水郡線の通路になっていたりするんですね。

Dsc_00462

 まあ、江戸城に天守閣があったから、水戸にはいらないという考え方もあったのだろうし、もともと戦のための城じゃなかった水戸城なので、天守閣は作らなかったという考え方もあったんだろう。道路や線路に使っている空堀もそんな意味ではあまり意味はなくて、多分、もともとあった「丘の谷」をそのまま使ったんじゃないだろうか。

Dsc_00532

 で、水戸城から水戸駅の方まで降りてくると、「水戸黄門神社」ってのがある。まあ、水戸黄門(徳川光圀)が生まれた場所なんでしょうけれども、まあ、だからどうなの? ってなところでしょうね。

 私にとっては、徳川光圀よりは、第15代将軍徳川慶喜の、明治以降の生き方の方が気にかかるわけです。

 それについてはいずれまた。

NIIKON Df AF NIKKOR 28mm f1:2.8 @Mito ©tsunoken

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