フォト
無料ブログはココログ

Amazonウィジェット

  • Amazonおまかせリンク
  • おすすめウィジェット
  • Kindle

« 85mmで街撮りスナップ in おばあちゃんの原宿 | トップページ | 常陸太田、ニッポンの正しいイナカ »

2016年12月23日 (金)

常陸太田で「水戸黄門漫遊記」を想う

 ちょと「ご当地ネタ」が続いてしまったので、今回はちょっと出かけた場所です。その場所は「常陸太田」。徳川御三家の内、水戸徳川家の領地ですね。

 常陸太田市は水戸市の北に位置する町で、高台に街が展開している。その高台から更に山の奥に入ったところに「西山荘」は位置している。まあ、隠居所という名の別荘ですから、そんな山奥に作ってもおかしくはない。

Dsc_00062

 この西山荘は常陸水戸藩第二代目藩主、徳川光圀が元禄三年(1690年)水戸藩主を引退し、元禄四年(1691年)5月に隠居所として住み始めた場所である。

 ここで徳川光圀(水戸光圀・黄門)は『水戸黄門漫遊記』を書き始めたわけなのだ……、なんてことがあるわけないじゃないか。

 徳川光圀がここでやったのは歴史書『大日本史』の編纂でありました。当時の建物は文化二年(1817年)に野火によって焼失し、現存する建物は、文政二年(1819年)に八代藩主齊脩(なりのぶ)によって再建されたもののようだ。

Dsc_00212

 守護役の侍の居宅もあって資料館になっています。

Dsc_00382

 中に入ると……おお黄門様がいるじゃないか。手前に幽霊のように写っているのは誰だ? って、そりゃ、私です。まあ、手前のガラスに写っちゃうんだから、しょうがない。

Dsc_00332

 邸内には山から湧き出た水を、段差でもって受け止める池が何層にもわたって作られていて、さすがにかなりの山奥に作られた別荘という雰囲気がある。

Dsc_00172

『水戸黄門漫遊記』は、光圀の伝記資料としてある、正伝である『義公行実』をはじめ『桃源遺事』『久夢日記』など様々なものがあり、宝暦年間にはこれらの伝記資料を基に実録小説である『水戸黄門仁徳録』が成立し、幕末になって、講談師がこれらの伝記や十返舎一九作の滑稽話『東海道中膝栗毛』などを参考にして『水戸黄門漫遊記』を創作したと考えられている、というものらしい。ああそうか「助さん。格さん」ってのは「弥二さん、喜多さん」なんだ。

 なので、『水戸黄門漫遊記』には原作というものがなく、以降の脚本家が勝手に作ってもよいという、いやあまったく「傑作」というもののあり方としては最高の作品(原作)となったのでありますなあ。

Dsc_00082

NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Hitachiota ©tsunoken

« 85mmで街撮りスナップ in おばあちゃんの原宿 | トップページ | 常陸太田、ニッポンの正しいイナカ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/549500/64650553

この記事へのトラックバック一覧です: 常陸太田で「水戸黄門漫遊記」を想う:

« 85mmで街撮りスナップ in おばあちゃんの原宿 | トップページ | 常陸太田、ニッポンの正しいイナカ »

2017年3月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  

PEN PEN チョートクカメラ日記

自転車フォトグラファー 砂田弓弦

シュクレはお留守番

アローカメラ&我楽多屋

まだ東京で消耗してるの?