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2016年11月 2日 (水)

追浜ワークスってのが昔あった

 日産自動車追浜工場は、昭和20年の太平洋戦争終戦まで横須賀海軍航空隊とその飛行場があったが、その広大な土地を利用して日本ではじめての本格的自動車生産工場として1961年に操業を開始した、というもの。総合研究所やテストコースもある本格的な研究・開発・製造工場なのである。

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 で、ここに昔、日産追浜ワークスっていうのがあったのだ。つまり、1960年代 - 1970年代の日産自動車のワークス・チームのうち、神奈川県横須賀市の追浜工場内にある日産の総合研究所配下のチームっていうわけなんだけれども、実は日産にはもう一つワークスチームがあって、それが大森ワークスっていうものなのだ。追浜ワークスと大森ワークスには、根本的な思想の違いがあるんだけれども、それは後述。

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 で、日産には更にもう一つワークスチームがあって、1966年に日産がプリンス自動車と合併したために組織改編が行われ、旧日産側のチームは「特殊車両部第1実験課」と名称を改めラリー活動に専念することになり、サーキットレース用の車両については旧プリンス側チームが母体の「特殊車両部第2実験課」が担当することになった。旧プリンス側の部隊については、本拠地は追浜ではなく旧プリンスの村山工場内に置かれていた。 第2実験課は日本グランプリ参戦用マシンとして、R380 - R383といったプロトタイプレーシングカーの開発を担当(R380まではプリンス自動車、R380Ⅱ以降は日産)。一方で第1実験課はサファリラリー等の国際ラリーに出場するマシンの開発を担当していた。 プロトタイプカーを開発する追浜と旧プリンス系ワークスは「一軍」とみなされ、ツーリングカーやGTカー(市販車の改造マシン)でレースを行う二軍的チームとして大森ワークス(日産宣伝部が管轄)が存在した。

 ねえ、複雑でしょう。まあ、これがいろいろ合併とかやってきた会社らしいって言えばらしいんだけれども、問題はそうじゃなくてレース活動というものをどういうものとして捉えたのかっていうこと。

 つまり追浜や旧プリンス系のワークスチームは、レースというものを純粋な技術的競争であると捉えていたわけで、そのためにはどんなにお金がかかっても関係ない、っていうか基本的にお金がかかるのはやむを得ないものなのだ、と考えていたわけです。その一方、大森ワークスはレースとは日産の自動車を売るための宣伝の場として考えていたわけで、だからこそ街で走っているツーリングカーやGTカーを改造して走らせることに注力していたわけで、当然それは販売促進としての予算の中でレース活動を行っていたわけです。これが前述の「思想の違い」ってこと。

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 で、結局どうなったかといえば、1970年、「排ガス対策の開発に集中する」という理由から日産が日本グランプリへの参加を取りやめたため、第2実験課はプロトタイプカー開発を中止し、ツーリングカーの開発にシフト。追浜ワークスがツーリングカー開発に参入したため、それ以降の両ワークスは同じ日産直属の組織でありながら、ライバル関係が激化する。両ワークスの切磋琢磨の結果、スカイライン2000GT-RやフェアレディZといった車種がレースで圧倒的な強さを発揮するが、1974年にオイルショックの影響から日産がツーリングカーレースへの参戦も取りやめると、第2実験課は実質的な活動を停止した。

 でも、その後、1980年代に入ると景気が回復したため、追浜もスカイラインターボCに代表されるシルエットフォーミュラの開発など、サーキットレース用の車両開発を徐々に再開。しかし1984年に大森ワークスをベースにNISMOが設立され、日産のモータースポーツ活動を全てNISMOに集約することとなったことから、追浜ワークスは消滅した。

 まあ、結局は大森ワークスの後身であるNISMOが生き残って追浜ワークスは前面から姿を消したわけですね。当然、そうはいながらも技術的には追浜ワークスは生きていて、NISMOに協力する形で技術的な支援はしているんだろうけれども、そうは言いながらも前面から姿を消したっていうのは、やはりレース活動っていうのは自動車メーカーにとっては販売促進の面の方が強いってことなんでしょうね。まあ、ここで初めて日産のレース活動の思想が定まったっていうわけ。

 実はトヨタと日産の違いがここにある。トヨタは初めから「レース活動は販売促進のためにある」っていう考え方で車両開発なんかもやっていて、1966年の日本GP、普通だったらミッドシップのプリンス(日産)R380に対抗してフロントエンジンのトヨタ2000GTってわけはないじゃないですか。勝てる訳はないんだもん。

Photo 日産追浜工場©GOOGLE

 まあ、その辺を見るだけでも、トヨタと日産の社風の違いっていうものが見えてくるのが面白い。

 う~ん、私がどっちが好きかって? そりゃやっぱり合理的じゃない日産の方が好きですね。基本的に「バカ」ですから。

NIKON Df AF NIKKOR 20mm f1:2.8 D @Oppama, Yokosuka ©tsunoken

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