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2016年10月29日 (土)

『定年するあなたへ』

「晴耕雨読」ならぬ「晴撮雨読」を実行している私のブログ。適当に雨の日、晴れの日が入り混じっていた(というか雨も多かった)8月から9月は、適当に本に関するブログも入っていたんだけれども、こう晴天の日が続いちゃうと、ほとんど本は読まずに毎日撮影行、ってことになってしまって、「本ブログ」ほとんど書かないってことになってしまう。

 まあ、現役時代は通勤と打ち合わせなんかの移動で毎日2時間位は電車に乗っていたので、その時間が読書時間だったんだけれども、今みたいに「毎日が日曜日」状態だと、かえって本を読む時間が少なくなるってのは予想外だったなあ。まあ、意識して本を読む時間を作ればいいっていうことなんですけれどもねえ。いやあ、それがなかなか……。

 う~ん、いかんなあと思っていたのだが、昨日は久々の雨でやっと本のことを書けるっていうか、久々に本を読んだっていう感じですかね。

Photo 『定年するあなたへ』(佐々木常夫著/サンマーク出版/2016年1月25日刊)

『定年とは、その所属先を失うことにほかなりませんが、そのときの反応は大きく二つに分かれるようです。
 ひとつは、「定年バンザイ!」というタイプ。会社の桎梏から解放されて、やっと分の好きなことができる。これからがほんとうの人生だ──そんな希望と再生の感覚とともにいきいきと定年後の再スタートを切る。いわば、定年を第二の誕生日のように笑顔で迎える人です。
 もうひとつは、定年を「心理的葬式」のように感じるタイプ。会社という働く場、生きる場を失って、これでおれの人生も終わりかという無力感や喪失感にとらわれてしまう。まるで、それを社会的な死のように悲観的に感じながら、不機嫌なしかめっ面や苦渋の表情で定年を迎える人です』

 まあ、その後者が10月6日に書いた『終わった人』なんでしょうけれども。

『定年とは、上下関係を軸とした組織社会から、水平関係を中心にした地域社会へ居場所を移すことでもありますが、このタテ社会からヨコ社会への移行がなかなかうまくいかない人がいます。
 たとえば定年退職後、地域の自治会へ加入したのはいいが、そこにも会社時代の肩書を持ち込んで、何かというと、上役気分でまわりにあれこれ指図する。加えて、上から目線の命令口調や相手の迷惑を顧みない自慢話。その結果、会員の女性陣から総スカンを食ってしまったなどという話をときおり耳にします。
 こういう人はきっと、現役時代も硬直した価値観をもち、部下を子分扱いしてはいばったり、えらそうな態度をとって、周囲から嫌われたり、うとんじられていたのにちがいあいません。
 そんな会社内部でしか通用しないタテ関係を、退職後のヨコ社会にも平然と持ち込む悪弊にいっこうに気づかない、改めようとしない――こういう中高年男性がいまは少なくないようです』

 えっ? そんな人が「少なくない」んですかねえ。

 私は、今は会社のOB会やら学生時代の旧友たちとか、マンションや地域の町会なんかの付き合いがいろいろあるんだが、そんな会社内部でしか通用しないタテ関係を、退職後のヨコ社会にも平然と持ち込む悪弊にいっこうに気づかない、改めようとしない」っていうひとには会ったことがない。

 なんなんだろう、まず会社のOB会に関して言うと、もともとこの会社には上司などを肩書で呼ぶ風習がない会社なんだよなあ。とにかく上司だろうが部下だろうが年齢が上なら「〇〇さん」って呼ぶ風習がある会社で、そういう意味ではあまり硬直した上下関係のある会社ではなかった。というか、そうしないと年功で皆同じように出世していく会社じゃないんだから(というかそこまで大きくない)、あまり「組織的にガチッ」と決められてしまう社会にすると却ってギクシャクしてしまうのは目に見えている。まあ、もともとが規則なんかもユルい会社なんだけれどもね。まあ、出版社っていうのは基本的に「一匹狼」みたいな社員が多い会社なんで、あまり「共同作業」をやるっていう意識がない。まあ、結局「言い出しっぺ」が何かをやらなきゃならない会社なんですね。出版社っていうのは。

 マンションや町会なんかもそうで、上下関係とかはもともとない社会なので、みながそれを受け入れてるっていうか、まあ、本来はそれが普通の社会。文京区本駒込六丁目っていうのは、マンションにしても町会にしても、そうした考え方を受け入れているインテリ層が多い社会なのかもしれない。

 うーん、そうなると住む場所なんかが大事になってくるんだなあ。要は地域の平等性ってものを皆が受け入れるためには、皆の知的な平等性が必要だってことなんだろう。

『定年の時期はずっと前からわかっていることで、転勤などとは違って、ある日突然、そのときがやってくるものではありません。だから本人さえその気になれば、定年後の日々へ向けて、いくらでも周到な準備をすることが可能です』

『残り一年前くらいになって初めて置かれた状況に気づき、「何の準備もしてない、どうしよう」とあわてる人がいるとすれば、よほど想像力に欠如していたか、怠慢のそしりを免れないと思います』

 って、まあ、それは当然だよね。

『定年後、再就職もしていなければ、地域やボランティア活動、趣味やスポーツなどに精を出しているわけでもない。ただ毎日家にいて、ひねもすテレビをながめているような同級生の存在です。
 社会的なコミットメント(かかわり)をまったく断って──言葉は悪いのですが──ただ単に生存しているだけのような人。こういう人はたとえ体は病気知らずであっても、心が老いているように思えてならないのです』

 まあ、こういう老年にだけはならないようにしましょうね。

『定年するあなたへ』(佐々木常夫著/サンマーク出版/2016年1月25日刊)

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