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2016年8月23日 (火)

小池百合子にとっての『女子の本懐』って何だろう

 本書は小池百合子氏が2007年7月4日に防衛相に就任する前日から離任するまでの、56日間の毎日の日記(第1章、第2章)と、そのまとめ(第3章)を記したものが2007年10月20日に文春文庫として出版されたものなのだが、やはりというタイミングで都知事に就任した今月、緊急出版の形で電子化されたものだ。

 まあ、その辺はいかにも電子出版のお手軽さでもあるけれども、防衛相の時はそれほど興味を持っていなかった方も多いだろうから、このタイミングで電子化するってのもいい方法だろう。事実、私も文春文庫版では読んでいなかったが、このタイミングで電子化されたものだから、「こりゃ読まなきゃな」って感じで読んでみたわけです。

Photo 『女子の本懐――市ヶ谷の55日』(小池百合子著/文春文庫/2007年10月20日紙版刊・2016年7月20日電子版刊)

「男子の本懐」というのは城山三郎氏の小説でも有名になった、戦前の首相・濱口雄幸の言葉である。官僚出身でありながら、料亭政治や根回しを嫌った濱口は首相蜷田際に「仮令玉砕すとも男子の本懐ならずや」と言って、自分の意思を貫く覚悟を述べたそうだ。

 じゃあ、小池百合子氏にとって「女子の本懐」ってなんじゃらほい。ということで、取り敢えず本書の中で「女子の本懐」に触れた部分を抜き出して考えてみよう。

『「この度、私は防衛大臣を離任いたしました。七月四日の就任以来、わずか二ヶ月たらずの短い期間ではありましたが、国家存立の基本にかかる崇高な任を務めることができたことは誠に光栄であり、まさに『女子の本懐』でございました」
 防衛大臣を離任するにあたり、私は防衛省の講堂で、幹部職員、隊員およそ五百人に対し、壇上からこう語った』

『古来、男子の世界とされる国防分野に、突然、防衛大臣として乗り込むことになった。就任式で、居並ぶ儀仗隊を前に栄誉礼を受け、巡閲を行った私は、これこそ議員としての「本懐」だと感じた。
 それでも、新参大臣が就任早々「女子の本懐」と口走るのは早すぎる。
 ましてや金融恐慌の嵐、軍拡の流れの中で。金解禁を断行し、その結果、銃弾に倒れた浜口、井上両氏の経験と実績などとは比べようもない。
 私はまだ、何もしていないのだから』

『役所に戻り、お別れの記者会見に臨む。
 わずか二ヶ月弱、五十五日間の防衛大臣ではあったが、防衛省への移行後、二代目の防衛大臣として、国防という国家の最重要部門に関われたことは、まさに「女子の本懐」という気持ちであったと強調した。温存していた「女子の本懐」という言葉以外に、私の偽らざる気持ちを一言で表す言葉を見つけることができなかったからだ』

『「女子の本懐」と大見得を切る私だが、真の「女子の本懐」ともいえる出産を経験していないことは、この上もなくつらい』

『「女子の本懐」を遂げることのできなかった私だが、どうすれば、多くの日本女性が「女子の本懐」を実感してもらえるかを考えるのが、私の役目である』

『こうして、私の市ヶ谷における五十五日間は、八月二十八日の栄誉礼と儀仗で幕を閉じた。
 あっという間ではあったが、きわめて凝縮したものであり、充実感がある。
 だからこそ「女子の本懐」と、心から思った。
 幸い、浜口雄幸らのように銃弾に倒れることはなかったが、切腹はした。
 介錯は総理にお願いした』

 というのが本書において小池百合子氏が「女子の本懐」について触れたすべての部分なんだが……。なんか違和感がある。

 小池百合子氏はもともとフリーのテレビキャスターだったのだが、1992年に日本新党から参議院に立候補し当選、1993年には衆議院に鞍替え、1994年に日本新党解党に伴い新進党結成に参加、1997年新進党解党後は自由党に参加し、2000年自由党分裂に際して保守党結党に参加、2002年には保守クラブを経て自由民主党に参加した。

 2003年に小泉政権で環境大臣、その後内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方担当)、2005年第44回衆議院選で東京10区に刺客として国替え。2006年発足した第1次安倍内閣でもって2007年に防衛大臣就任、55日後に安倍内閣改造でもって辞任。2008年には自民党総裁選出馬。

 などなどを経て、2016年夏、自民党都連の推薦を受けずに無所属で東京都知事に立候補し、大量得点差でもって当選したのは記憶に新しいところ。

 しかし、上記のような移り変わりを経ている小池氏は「政界渡り鳥」なんて言われているのも事実なんだが、べつに「渡り鳥」だっていいじゃないか。もともと、同じ党に我慢しながら残っているっていうのは大臣の座を待っているってだけでしょう。で、それが小池氏みたいな人に追い越されちゃうと嫉妬するっていう構図は、決して美しくないし、政治家として誠実ではない。そんな順番待ちで大臣になったって、それは絶対に「男子の本懐」を遂げたってことにはならないだろう。

 むしろ自分の考え方に忠実に動くほうが、政治家としては誠実な在り方じゃないだろうか。そういう政治家を有権者は支持するんだからね。

 ということで、今回の都知事選でも小池百合子氏は自分の考え方に忠実に動いたわけでしょう。それが自民党都連からは認められないのを見ると、即座に無所属に切り替えて立候補。その姿が「潔い」と言われて、無党派都民というポピュリズムの権化みたいな連中から圧倒的な支持を得て、大量得点差でもって当選っていうんだから、まあ、小池氏の行動は他の少なくとも自民党都連や、野党共同候補よりは正しい選択だったっていうことになるんだなあ。

 ということは、今回の東京都知事選こそは小池百合子氏にとっての「女子の本懐」っていうことなのかもしれない。ただし「都知事になる」っていうのは「本懐を遂げた」ということにはならない。問題は「都知事になって何をやるのか」っていうこと。都知事を引退して「自分は何を成し遂げたのか」ということが確認できるかっていうことがあってこその「女子の本懐」っていうところだろう。

 はてさてどんな都知事になるのかな?

 基本的にはこの人、稲田朋美や高市早苗みたいな右翼国家主義者ではないけれども、超保守派。とは言うものの、女性都知事として女性が活躍する社会を作るっていう部分では期待。なので、期待と警戒半々で、さてどんな都政を運営するのかな?

 ところで小池氏が言うところの「女子の本懐」も、濱口雄幸がいうところの「男子の本懐」も、実は使い方が間違っていて、本当は「武士の本懐」っていうのが正しい使い方なのであります。

「武士の本懐」って要は「死ぬ」ということ。昔の日本において唯一「戦う階級」だった武士。その武士に本懐は何かと聞けば、「戦う階級である以上、戦って死ぬことも辞さない」というのが、本来の「武士の本懐」なのだ。

 なので『「女子の本懐」と大見得を切る私だが、真の「女子の本懐」ともいえる出産を経験していないことは、この上もなくつらい』っていうのは、チャンチャラおかしいのであります。べつに「出産を経験した・経験しない」っていうことは「女子の本懐」でも何でもない、「女は出産をしてこそ一人前」っていう考え方自体が男尊発想での枝葉末節のことなのだ。

 小池さんって、そんなツマランことを気にしてるんだろうかなあ。

 もうちょっとドンッと構えて欲しいものだ。

『女子の本懐――市ヶ谷の55日』(小池百合子著/文春文庫/2007年10月20日紙版刊・2016年7月20日電子版刊)

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