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2016年8月 3日 (水)

『Magnam Photos』はマグナムのカタログでもあるんだな

 昨日は小池百合子新東京都知事の初登庁から記者会見まで(テレビで)付き合っちゃって、夕方からしか外出していないので、6,000歩ちょっとしか歩いていない。どうした「毎日10,000歩」は?

 でなことはどうでもよくて……。

 マグナム・フォトはアンリ・カルティエ=ブレッソン、ロバート・キャパ、ジョージ・ロジャー、デヴィッド・(シム)シーモアの4人によって設立されたフォト・エージェントである。写真通信社っていているけど、写真エージェントというほうが正しいよな。

Photo 『マグナム・フォト Magnam Photos』(野村春久訳/創元社/2011年7月20日刊)

『第二次世界大戦と呼ばれる黙示録が終わった2年後、マブナム・フォトは創立された。この世界で最も権威のある写真通信社は、戦争によって傷つきそして世界はかろうじて生き延びたという安堵感とこの世界にまだ残されているものを見たいという好奇心に動かされた4人の写真家によって作られた。彼らは人間としてまた写真家としての独立した性質とマグナムを規定し続けているレポーターと芸術家の特異な混合を反映するためにマグナムを設立し、見られたものだけでなく人がそれを見る方法も強調した』

 アンリ・カルティエ=ブレッソン『キャパは私に言った。『シュルレアリストの写真家のレッテルを維持するな。フォトジャーナリストであれ。もしそうでないならお前はマニエリスムに落ちいるだろう。お前の小さな胸にシュルレアリストは秘めて置け。友よ、躊躇するな。行動せよ。』この助言は私のヴィジョンの分野を拡大した』

 ジョージ・ロジャー『かれは速くて使うのに静かな小さなカメラのユニークな性質、そしてまた戦争が生んだ感情過剰と接触した時代に私たちが獲得したユニークな性質を認めた。彼は小さなカメラと大きな心のこの結合に私たちの未来を見た』

『主にパルとニューヨークを基点とし、さらに最近ロンドンと東京オフィスが加わった通信社は、ふたつのかなりラディカルな方法で、因習的な実践から離れた。それは創立者マリア・アウスナーとリータ・ヴァンデヴァートを含むスタッフがダイレクトに写真家を支え、作品を出版する出版社ではなく著作権がイメ0ジの著者によって保持される会社として設立された。これは写真家がある場所の飢饉をカヴァーすることを決定すること、「ライフ」にその写真を発表すること、そして「パリ・マッチ」や「ピクチャー・ポスト」などの他の国の雑誌に写真を売ることができること、また契約がなくても彼らに特に霊感を与えたプロジェクトで働く手段を写真家に与えることを意味した』

 つまり、マグナム・フォトが設立されたころは、まだ写真の著作権が写真家にあるなんていう現代の常識は確立されてはおらず、結局、その写真が掲載された雑誌にすべての権利が存在するっていう時代だったのだ。そこにマグナム・フォトは「写真家の著作権」を掲げて登場したわけだ。

 しかし、当時はグラフ・ジャーナリズムが全盛の時代だ。写真家が世界のどこかに行って写真を撮ってくれば、それを発表する媒体はいくらでもあった時代だったのだ。

『創立後5年間にマグナムはまた才能のある新しい写真家たちを会員に加えた。イヴ・アーノルド、バート・グリン、エリック・ハートマン、エレック・レッシング、マルク・リブー、デニス・ストック、クリン・タルコスである。リブーはすぐに中国を撮ったパイオニア的写真家であるカルティエ=ブレッソンのあとに続いた。それは生涯の関心となった多くの旅の最初だった。アーノルドはブラックムスリムの写真の記憶に残るシリーズを撮った。一方タコニスはアルジェリアの独立戦争をカヴァーした。そしてすぐにルネ・ブリ、コーネル・キャパ(ロバートの弟)、エリオット・アーウィット、インゲ・モラスが参加した。通信社は成長した。しかし、悪い方向に進んでいるという感じがあった』

 1970年代まで、まだまだ雑誌は写真家にとってはメインステージだった。

 しかし、その後次第に雑誌が写真家のメインステージではなくなっていく。

『マグナムの写真家たちがテクスト、本、展覧会のデザインの実験を始めたとき、彼らの写真言語もまた進化し始めた。多くの人々にとって、マグナムの創立者たちが信じた直截的な証言は、おはや写真を写真家の視点を犠牲にして編集者とアート・ディレクター、政治家と映画スターの視点を例証するためにますます使うようになったメディアの浸透した世界では十分ではなかった』

『マグナムの過敏な全ての個性とともに、また異なった見方の試みに内在するあらゆる困難とともに、通信社が50年間いかに苦労して生き延びてきたか、多くの人は不思議に思っている。非常に少数の会社がその長寿のために注目されている。その特異性において、また保守主義の拒否において、マグナムは他の写真家たちに与えた彼の痛烈なメモのひとつで言った。「永久の革命をいきよ……」』

 ということで、本書にはABC順に72名のマグナムに参加している写真家の写真が、一人一葉ずつ掲載されている。

 そのうち一人だけ日本人の写真家のものが載っている。

 久保田博二、1939年生まれ、小田原に住む。1962年早稲田大学政治学科を卒業し、研究を続けるためアメリカへ行った。1965年からフリーの写真家となり、1968年日本に住むために帰国。1978年に北朝鮮、翌年に中国を写真に撮り始めた。日本で、1970年の講談社出版文化賞、1982年の日本写真家協会最優秀賞、1983年の毎日芸術賞を含む多くの賞を受賞。ほとんどのアジアの国で写真を撮り続けており、特に人口の爆発の結果、貧困、世界の急成長する地域における環境破壊に興味をもっている。最近の本は、日本を撮っている。

 1971年マグナム参加、1986年から会員である。

『マグナム・フォト Magnam Photos』(野村春久訳/創元社/2011年7月20日刊)

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