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2016年7月20日 (水)

旧東海道・今度は保土ヶ谷宿だっ

 はてさてやってきました、旧東海道は程ヶ谷宿(と昔は書いた保土ヶ谷宿)です。

 保土ヶ谷駅東口は今の東海道(国道1号線)が走っており、私が行ったのは西口の旧東海道の方。下の写真、上の青線が国道1号線で、下の赤線が旧東海道(見えずらいかな)。

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 で、こちらが旧東海道。いかにも「昔の道」っていう感じの通りですね。

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 で、まず最初に出くわすのが問屋場跡。宿場町としては一番大事な馬の確保や飛脚の伝令所。

Dsc_00422

 と次に立て来るのはこれまた宿場町では大事な高札場。幕府や藩主のお触書を貼ってある場所ですね。

Dsc_00412

 で、次に出てきたのが金沢八景や鎌倉方面へ行く「かなさわ・かまくら道」と旧東海道の分かれ道の「金沢横丁」。江戸時代以前は鎌倉幕府があったわけで、むしろここで左へ曲がる方が本線だったのかも知れない。

Dsc_00392

 金沢横丁を過ぎて東海道線の踏切を渡ると旧東海道は国道1号線と合流して、最初にあるのが、現在は門だけが残っている本陣跡。

 ただし、参勤交代の大名は箱根を超えると小田原、戸塚、江戸と1日10里の行程が普通だったので、保土ヶ谷などそれ以外の宿場は通過するか、休憩場所だったようだ。

Dsc_00072

 なので、脇本陣(水屋跡)なんてのがある。要は水飲み場所ってことですね。

Dsc_00142

 この旅籠は「金子屋」といって、現在も金子さんが住んでいるようです。昔は飯盛女を置いていたようで、まあ、宿泊施設っていうよりは、そんな使い方だったんだろうな。

Dsc_00182

 で、もう一つ茶屋本陣(う~ん、水屋よりはちょっと格が上?)なんてのがあると……

Dsc_00342

 道の反対側に外川神社といういかにも昔からあった神社があって……

Dsc_00252

 その脇に江戸から数えて8っ目の一里塚と「上方見附」という、つまり「京都からみて、ここからが保土ヶ谷宿ですよ」という印がある。

Dsc_00292

 というわけで、保土ヶ谷宿は全長1キロくらいのあまり大きな宿場ではないということがわかる。これは神奈川、川崎も同じ。品川宿はちょっと別の意味があったので、もうちょっと長かったのだろう。

 ということで、 品川、川崎、神奈川と続いて保土ヶ谷まで来た旧東海道宿場町ブログなんだけれども、ここから先も戸塚、藤沢、平塚、大磯、小田原、箱根とちゃんと旧東海道と宿場巡りをするんだろうか。

 まあ、「tsunokenのブログ」自体はそんな旅するブログじゃないし、ネタに困った時に、一里塚とか宿場とかのシリーズでできるものを始めるという悪癖が出ただけなんで、どこまでこの旧東海道宿場町ネタを追いかけるかはわかりません。

 まあ、どこまで真面目に旧東海道宿場町を追いかけるのか、皆様興味津々にお付き合いください。

 来週辺り、突然小田原辺りに行っちゃうかもね。

NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Hodogaya Yokohama (c)tsunoken

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