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2016年6月30日 (木)

『名ばかり大学生』って、やっぱりね

『名ばかり大学生』ってなんとなく、いわゆる「Fラン大学の学生」って感じなんだよね。まあ、何をしに大学に来たのか本人にもまったく分かっていないし、大学で何を学ぶのかも考えていないし、大学を出てからどんな職業に就くのかも考えていない、って感じなのかなあ。

 そんなんで「大学生?」って言うのは簡単なんだけれども、『21世紀の大学生は、70年代の暴走族レベル?』って言われちゃうと、「えっ? そうなの?」というのと同時に、「ああ、そうなのね」って納得できてしまうのも怖い。

Photo 『名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉』(河本敏浩著/光文社新書/2009年12月20日紙版刊・2013年4月30日電子版刊)

『現在、日本の大学制度は世界でも類を見ない不思議な境地に達しようとしている。大学生とは名ばかりの学生を大量に輩出し、卒業させている事態がそれである。勉強をしない高校生は世界中にたくさん存在している。また、勉強せずに大学に入ることが許されている者も世界中にはたくさん存在している。
 しかし、学ばない、基礎学力がない、といった状況を高校まで放置し、かつ大学への入学を許し、さらに卒業までさせている国は、おそらく日本だけである』

 ってのはその通り。なにしろ、日本の大学は入学さえしちゃえばだいたい普通に勉強していれば卒業できちゃう。まあ、「4年間のモラトリアム期間」と呼ばれているのはその通りだし、高校卒業で世の中に放り出されてしまうのを嫌う人たちが行く施設だってのが、基本的な「大学」に関する捉え方だろう。

『米国でも、EUでも、一般の高校生は決して優秀ではなく、そのカリキュラムは日本に比べてむしろ軽減されているが、それでも大学を卒業するためには、勉強を強いられる。制度設計として、大学在学中に勉強する覚悟を求めているのである』

『米国と日本の大学進学率はほぼ同じだが、中退率はかたや五〇%超、かたや一〇%台である。もしこれが日本の大学教育の成功や日本の大学生の優秀さを示すものならば、大学生批判など皆無だろう。一〇%という数字は明らかに、大人の側の事情で出現した数字である』

『少なくとも、東京大学や慶應大学では、何人中何番までが合格という試験をいまだ続けている。そして入れれば大概卒業させる。ハーバードのように編入試験を大々的に行い、成績下位者をどんどん入れ替えるようなこともしない。入れ替え戦があれば、大学生もピリッとするだろうが、それはなぜかしない。入ってしまえば、学生も教授もそれで終わりなのだ。
 これは「名ばかり大学生」も同じである。彼ら/彼女らは、入ったから勉強は終わりなのだ]』

『こうして「名ばかり大学生」は、屈託なく今日も明日も大学生であり続けるのである』

 まあ、これは大学生だけじゃなくて、日本社会の一般的な特性なんだろうな。つまり、大学でも企業でも、自分たちの仲間になった人たち(学生・正社員)は絶対にクビを切らないから、お友達でいましょうね、っていう感覚なのかもしれない。

 でも、そうした「ぬるま湯社会」はもうダメになってしまうんじゃないだろうか。

『少なくとも、東京大学や慶應大学では、何人中何番までが合格という試験をいまだ続けている。そして入れれば大概卒業させる。ハーバードのように編入試験を大々的に行い、成績下位者をどんどん入れ替えるようなこともしない。入れ替え戦があれば、大学生もピリッとするだろうが、それはなぜかしない。入ってしまえば、学生も教授もそれで終わりなのだ。
 これは「名ばかり大学生」も同じである。彼ら/彼女らは、入ったから勉強は終わりなのだ』

『大学に進学するか否かは、大学に進学したいという希望を持ち、学費を払う目途がつくかどうかにかかっている。つまり、理屈からすれば、世代の中で最下層の学力の持ち主であっても、最も勉強しない、筋金入りの「反勉強主義者」であっても、大学進学の望みは極めて容易に叶うのである』

『「名ばかり大学生」とは、少子化と実質的な大学定員増によって生み出された存在である。しかし、先にも述べたように、こういう状況を納税者が放置し続ける事態は考えづらい。たとえ「暴走族」並みに勉強から遠い存在であっても、大学生である限り、大学教育に適合する学力を持つ存在へと成長してもらわなければならない』

 というのは、いまや「ごまめの歯ぎしり」でしかない。実際は「花園大学のモラトリアムだけの大学生」ってのが、まあ、普通の大学生のあり方なのだ。

『こうして「名ばかり大学生」は、屈託なく今日も明日も大学生であり続けるのである』

 勿論、そんな「名ばかり大学生」が「自分は普通の大学生」だと思って就活なんかすると、そこで「世間の壁」にぶち当たっちゃうんだなあ。

「世間」は別に本人から授業料を取るわけでもないし、むしろ働きに応じ報酬を払わなければならない立場だ。つまり、それまでは「自分が(親が)払っていた」ものを「誰かが(会社が)払ってくれる」立場に急変するわけで、そこでその立場の変化についていけない「名ばかり大学生」が「そのまま名ばかり大学生」でもって就活に臨んでしまった状況ってのはどうなんだろう。

 まあ、実は私の息子が、今、人事部で採用担当をしているので、その辺からはいくらでも取材できるんだけれども、今それをやっちゃうと奴の会社からの信用の問題もあるので、直接的には書かない。

 ただ、A・B・C・D・E・Fっていう具合に大学のランク付けがあるのは事実っていうか、実際にはそんなランクをつけて大学を見ている企業はないんだけれども、結果を見てみると、そのようなランク付けになってしまうらしいんだなあ。

 いわゆる「Fラン大学」に入ってしまった学生さんたちよ、取り敢えず「大学でどんなことをしたのか」ってことを、キチンとしておくことですね。それも、「バイト」や「サークル活動」じゃなくてね。

「えっ? じゃあ、何?」って、アナタ大学生でしょ。「大学生の本分は?」ってことも分からないのかなあ?

 お勉強ですよ、お勉強。

 今まで大嫌いでやらなかった「お勉強」を、少なくとも大学4年間だけはちゃんとやりましょう。

『名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉』(河本敏浩著/光文社新書/2009年12月20日紙版刊・2013年4月30日電子版刊)

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