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2016年6月 8日 (水)

『年上の義務』なんて、実はないのだ

『年上の義務』って言ったって、別に義務なんてないんだろうと思うのだが、「やっちゃいけないこと」っていうのはあるんだろうな。

Photo 『年上の義務』(山田玲司著/光文社新書/2016年5月13日電子版刊・2016年4月20日紙版刊)

「義務」って何だろうと思うんだが、山田氏によればこうだそうだ。

『僕は、「年上の義務とは何か」について、いくつかの結論に達した。
 その中心になるのがこの3つだ。
「愚痴らない」
「威張らない」
「ご機嫌でいる」
 挙げようと思えば他にもいろいろあるのだけど、本質的なものはこの3つに尽きると思う』

 まあ、この程度であれば、別に私でも大丈夫だな。

 そもそも山田氏は本書を書いた理由が

『今の「老人中心の政治」が、経済、エネルギー、医療、環境など、すべての問題を若い世代に押し付けて、逃げ切ろうとしていることに心底腹が立っているからだ』

 ということだそうで、確かに年金や社会保障、待機児童問題やデフレのことなんかもすべて「先送り」で目前の選挙対策しかやっていない日本の政治家(別に自民党だけじゃなくて民進党なんかもすべて同じ)や、エスタブリッシュメント層には、前期高齢者目前の私だって腹を立てている。

「団塊の世代」対策ばっかりで高齢者にいかに再分配をするかということばっかり考えて、若者層に対する対策を一切断ち切っている日本の政治のツケがやがてやってくることは明白なのに、それに備えようとせずに、そんなことが来る前に自分の議員年金のことだけを考えているような「老害政治家」には確かに腹が立つ。

 しかし、問題はそんなエスタブリッシュメント層に腹を立てて、文句を言っているだけじゃダメなんだ。むしろ、若者層からエスタブリッシュメント層を打ち破る有効な手立てを考えた方がいいんじゃないんだろうか? 例えば、今年の参院選から始まる「18歳選挙権」をいかに自分たちのために行使するかというのは、実は一番有効な手立てかも知れない。

『現代の結果至上主義の世の中では、もはや「年上なら誰でも神になれる」なんていう呑気な考え方はとっくに終わってしまっている』

『「老害」と言われる年長者たちは、「俺たちの時代はこうだった」と、自分の昔話(自慢話)と、現代の状況を比較し、「だからお前たちはダメなんだ」といって、すでに役に立たなくなった、かつての「やり方」を押しつける』

『過去の成功体験にとらわれたまま何も起こせない年長者は、進化が急速なパソコンにたとえるならばいまや時代遅れのWindows95のように見えるだろう。あれだけ熱狂的に買われたWindows95だが、今や「使えない」ガラクタとしてあつかわれている』

『そんな「Windows95おじさん」が、自分はまだ「最新」だと思い込み、自分は若くて価値があると勘違いしているとしたら、なかなか恐ろしい』

『最悪なのは「年上」たちが、その「スルーされていること」にすら気づかないことだ。ついには「最近の若いヤツは何考えてるかわからない」と言い出すのだ』

『つまり、「若いヤツ」がわからない人(心を開いてもらえない人)とは、「尊敬されていない人間」ということなのだ』

 まあ、「年上」が「年上だというだけで」尊敬されない時代ってのは、もう既に私たち(1951年生まれ)の時代からあったわけで、別に新しい動きでも何でもない。要は、下の世代は常に上の世代を追い落とすように動いている訳で、別に「上下関係」が固定化されている時代なんてものはなかったのであります。

 つまり

『「年長者は絶対である」という江戸以前からの儒教的教えが体育会系のノリとして残ったこの国では、「年上」というだけで、逆らうことはできないのだ。
 しかし、どんなに人間的に未熟でも、「年上というだけで偉い」ということになっているというのは、考えてみるとおかしな話だ』

 なんていうことは、以前からあり得ない話であり、最近そのように感じることが多いのであれば、多分、それは「団塊の世代」の「のさばりよう」なのであると思う。

 そんなのどんどん無視してスルーしちゃえばいいのである。何も年寄りの言うことを聞く必要はないし、単に先に生まれただけの人がなんでそんなに偉いのか、なんてことに腹を立てる必要なんてないのだ。

 山田氏よ

『いろんな問題が深刻化しているはずなのに、本質に迫る突っ込んだ議論がテレビから聞かれなくなった。昔はたくさんいたように思えた「政府や企業を批判する人」が、少しずつテレビから消えていったように多くの人が感じていた。
 一方ネットでは、「工作員」と呼ばれるアカウントが、何かに対して批判したり、疑問を呈したりしている人を見つけては攻撃している、という匿名の情報が流れていた。
 すべてが曖昧なまま放置され、社会に不穏な空気が漂いはじめた。
 この時「かつて日本を支えていた年長者が作った社会」が、完全に、信用を失ったのだ』

 とご自分でも書いているではないか。なので、そんな年長者なんて無視、無視。

 年上のことなんか気にしないで、年上のバカなんかにかまって、腹を立てるよりも、好きなことをやっていればいいのであります。その方がよっぽど精神衛生上はいいのじゃないか、と思うんだけれどもね。

『年上の義務』(山田玲司著/光文社新書/2016年5月13日電子版刊・2016年4月20日紙版刊)

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