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2016年6月

2016年6月30日 (木)

『名ばかり大学生』って、やっぱりね

『名ばかり大学生』ってなんとなく、いわゆる「Fラン大学の学生」って感じなんだよね。まあ、何をしに大学に来たのか本人にもまったく分かっていないし、大学で何を学ぶのかも考えていないし、大学を出てからどんな職業に就くのかも考えていない、って感じなのかなあ。

 そんなんで「大学生?」って言うのは簡単なんだけれども、『21世紀の大学生は、70年代の暴走族レベル?』って言われちゃうと、「えっ? そうなの?」というのと同時に、「ああ、そうなのね」って納得できてしまうのも怖い。

Photo 『名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉』(河本敏浩著/光文社新書/2009年12月20日紙版刊・2013年4月30日電子版刊)

『現在、日本の大学制度は世界でも類を見ない不思議な境地に達しようとしている。大学生とは名ばかりの学生を大量に輩出し、卒業させている事態がそれである。勉強をしない高校生は世界中にたくさん存在している。また、勉強せずに大学に入ることが許されている者も世界中にはたくさん存在している。
 しかし、学ばない、基礎学力がない、といった状況を高校まで放置し、かつ大学への入学を許し、さらに卒業までさせている国は、おそらく日本だけである』

 ってのはその通り。なにしろ、日本の大学は入学さえしちゃえばだいたい普通に勉強していれば卒業できちゃう。まあ、「4年間のモラトリアム期間」と呼ばれているのはその通りだし、高校卒業で世の中に放り出されてしまうのを嫌う人たちが行く施設だってのが、基本的な「大学」に関する捉え方だろう。

『米国でも、EUでも、一般の高校生は決して優秀ではなく、そのカリキュラムは日本に比べてむしろ軽減されているが、それでも大学を卒業するためには、勉強を強いられる。制度設計として、大学在学中に勉強する覚悟を求めているのである』

『米国と日本の大学進学率はほぼ同じだが、中退率はかたや五〇%超、かたや一〇%台である。もしこれが日本の大学教育の成功や日本の大学生の優秀さを示すものならば、大学生批判など皆無だろう。一〇%という数字は明らかに、大人の側の事情で出現した数字である』

『少なくとも、東京大学や慶應大学では、何人中何番までが合格という試験をいまだ続けている。そして入れれば大概卒業させる。ハーバードのように編入試験を大々的に行い、成績下位者をどんどん入れ替えるようなこともしない。入れ替え戦があれば、大学生もピリッとするだろうが、それはなぜかしない。入ってしまえば、学生も教授もそれで終わりなのだ。
 これは「名ばかり大学生」も同じである。彼ら/彼女らは、入ったから勉強は終わりなのだ]』

『こうして「名ばかり大学生」は、屈託なく今日も明日も大学生であり続けるのである』

 まあ、これは大学生だけじゃなくて、日本社会の一般的な特性なんだろうな。つまり、大学でも企業でも、自分たちの仲間になった人たち(学生・正社員)は絶対にクビを切らないから、お友達でいましょうね、っていう感覚なのかもしれない。

 でも、そうした「ぬるま湯社会」はもうダメになってしまうんじゃないだろうか。

『少なくとも、東京大学や慶應大学では、何人中何番までが合格という試験をいまだ続けている。そして入れれば大概卒業させる。ハーバードのように編入試験を大々的に行い、成績下位者をどんどん入れ替えるようなこともしない。入れ替え戦があれば、大学生もピリッとするだろうが、それはなぜかしない。入ってしまえば、学生も教授もそれで終わりなのだ。
 これは「名ばかり大学生」も同じである。彼ら/彼女らは、入ったから勉強は終わりなのだ』

『大学に進学するか否かは、大学に進学したいという希望を持ち、学費を払う目途がつくかどうかにかかっている。つまり、理屈からすれば、世代の中で最下層の学力の持ち主であっても、最も勉強しない、筋金入りの「反勉強主義者」であっても、大学進学の望みは極めて容易に叶うのである』

『「名ばかり大学生」とは、少子化と実質的な大学定員増によって生み出された存在である。しかし、先にも述べたように、こういう状況を納税者が放置し続ける事態は考えづらい。たとえ「暴走族」並みに勉強から遠い存在であっても、大学生である限り、大学教育に適合する学力を持つ存在へと成長してもらわなければならない』

 というのは、いまや「ごまめの歯ぎしり」でしかない。実際は「花園大学のモラトリアムだけの大学生」ってのが、まあ、普通の大学生のあり方なのだ。

『こうして「名ばかり大学生」は、屈託なく今日も明日も大学生であり続けるのである』

 勿論、そんな「名ばかり大学生」が「自分は普通の大学生」だと思って就活なんかすると、そこで「世間の壁」にぶち当たっちゃうんだなあ。

「世間」は別に本人から授業料を取るわけでもないし、むしろ働きに応じ報酬を払わなければならない立場だ。つまり、それまでは「自分が(親が)払っていた」ものを「誰かが(会社が)払ってくれる」立場に急変するわけで、そこでその立場の変化についていけない「名ばかり大学生」が「そのまま名ばかり大学生」でもって就活に臨んでしまった状況ってのはどうなんだろう。

 まあ、実は私の息子が、今、人事部で採用担当をしているので、その辺からはいくらでも取材できるんだけれども、今それをやっちゃうと奴の会社からの信用の問題もあるので、直接的には書かない。

 ただ、A・B・C・D・E・Fっていう具合に大学のランク付けがあるのは事実っていうか、実際にはそんなランクをつけて大学を見ている企業はないんだけれども、結果を見てみると、そのようなランク付けになってしまうらしいんだなあ。

 いわゆる「Fラン大学」に入ってしまった学生さんたちよ、取り敢えず「大学でどんなことをしたのか」ってことを、キチンとしておくことですね。それも、「バイト」や「サークル活動」じゃなくてね。

「えっ? じゃあ、何?」って、アナタ大学生でしょ。「大学生の本分は?」ってことも分からないのかなあ?

 お勉強ですよ、お勉強。

 今まで大嫌いでやらなかった「お勉強」を、少なくとも大学4年間だけはちゃんとやりましょう。

『名ばかり大学生 日本型教育制度の終焉』(河本敏浩著/光文社新書/2009年12月20日紙版刊・2013年4月30日電子版刊)

2016年6月29日 (水)

『一流患者と三流患者』って何?

 やっと昨日マイナンバーカードを入手。2月の初めに申し込んで、なんの「お知らせメール」もないままに3ヵ月。そして、およそ4ヵ月後にカード受け取りってかかりすぎじゃない?

 ということはまあいいとして、『一流患者と三流患者』って、なんだ?

Photo 『一流患者と三流患者 医者から最高の医療を引き出す心得』(上野直人著/朝日新書/2016年4月25日刊)

『医者に全てをまかせるのではなく、自分が主体的に関わるだけで、全然違ったアウトカム(結果)が得られます。そうして、はじめて満足度の高い医療を受けることができるのです。
 本書では、そんな主体的な患者さんを「一流患者」と定義しています。
 医者におまかせの患者さんを「二流患者」、文句ばかり言う患者さんを「三流患者」としています』

『患者さんは、マラソンランナーです。
 ペースを守って走りつづけられるのが、一流患者。
 ペースが乱れたり、立ち止まったりしてしまうのが、二流患者。
 ルートを外れたり、後ろ向きに走ってしまうのが、三流患者、なのです』

 ふーん、なるほどなあ。

『「医者まかせにせず、自分自身から医者にコミットし、最適かつ最良の医療を医者や病院から引き出せる患者さん」──です。
 つまり、一流患者とは、患者さん側のスタンスです』

『一流の患者さんになれば、医者の「当たりはずれ」にも一喜一憂しないようになります。トンデモナイ医者は別ですが、どんな医者に当たっても自分にとって最適な治療が引き出せるようになるのです』

『一流の患者さんは医者の提案を受けとめたうえで、自分なりの解答を導き出します。統計データに頼りすぎず、自分で治療を選択する。医者の言うことや統計的にベストな治療選択が、自分にとってベストとは限らないことを、一流の患者さんはよく理解しているのです』

 ふむふむ

『では、一方で二流の患者さんとは何でしょうか。
 それは、医者の言うことを鵜呑みにして、全てを快く受け入れてくれる患者さんです。  残念ながら、そういった「受け身の患者さん」というのは、日本の大半の患者さんに当てはまるのではないかと思います。  医者に文句も言わないし、質問もしない』

『ひとことで二流の患者さんといっても、いい患者さんもいれば、残念な患者さんもいます。医者の言うことをしっかり理解して受け入れてくれる方もいれば、医療のことはよくわからないからと言って医者にまかせ切っている患者さんまで、さまざまです。なかには、忙しい医者に気をつかって、手を煩わさないように努めてくださる方もいます』

『二流の患者さんは、何か医者に尋ねることがあったとしても、
「私の病気は大丈夫でしょうか」
「本当に治るのでしょうか」
「先生、どうかお願いします」
 といった、不安からくる漠然としたことしか口にしない傾向があります』

『二流の患者さんに特有である「もの言わぬスタンス」をあらためてほしいのです。
「先生を信用していますので、おまかせします」
「おっしゃる通り、治療に耐えてがんばります」
 といった受け身のスタンスを、です』

 ほ~

『最近は、三流とも言える、もっと残念な患者さんもいます。
 それは──、病院や医者に文句ばかり言う患者さんです。
 つまり、自分自身をコントロールできなくなってしまった状態です』

『「なぜ、一向に治らないんだ。どんどんひどくなっているではないか」
「早く病院から出してくれ」
「本当にちゃんと診てくれているのか」
 といった、感情的なことを三流の患者さんは、よく言います。
 つらいお気持ちはわかりますが、それでは何も好転しない。本人は文句を言っているという自覚もなく、不平不満を日々まき散らしているのです』

『三流の患者さんはもっとひどくなると、医者や看護師の態度や、病院の施設や食事に対し、ややもすると文句をつけたりもします。
 こうなると、もうモンスター患者です』

 ぎゃははは~、こりゃあヒドい。

 私はメタボリック症候群でもう何年も同じ医者にかかっているんだが、私は医者からどう見られてるんだろうか。

 まあ、最低三流患者ではないとは思うが、まあ一流患者でもないなあ。まあ、やっぱり一番多い二流患者なんだろうなあ。ただし、ここに書かれている二流患者よりはもうちょっと積極的に持病とは向き合っていると思う。とは言うものの、一流患者ほどには自分では決めない。

 う~ん、まあ一流半ってところかな。

『「三流患者なんて、そこまで私はヒドくない……」
 そう思われている方も多いと思います。
 でも、他人ごとではありません。二流の患者さんが、下手をすると三流の患者さんに転げ落ちてしまうことは、簡単なことです。
 意識して一流の患者さんを目指さない限り、誰もがみな「三流患者予備軍」なのです』

 そうか、気をつけよう。

「主体的な患者さん」にならなければいけないのか。

『一流患者と三流患者 医者から最高の医療を引き出す心得』(上野直人著/朝日新書/2016年4月25日刊)

2016年6月28日 (火)

『パナマ文書』と日本

『パナマ文書』に日本人が載っているということは聞いていたが、それほど日本の企業などには関係ないんじゃないかと思っていたら、結構、いろいろ関係していたんですね。

Photo 『パナマ文書 「タックスヘイブン狩り」の衝撃が世界と日本を襲う』(渡邉哲也著/徳間書店/2016年5月31日刊)

 ということで、とりあえず読書メモから。

『銀行が預金約款のなかに「反社会的勢力排除条項」を加えたことにより、2012年ごろから暴力団員本人が新規口座を開設したり、口座を所有したりすることは不可能になった。そこで、日本国内では暴力団員が他人名義で口座をつくり、使用することが急増した』

『金融ヤクザは、このような匿名オフショアを多用しながら、実際にその資金を移動し、シノギを行っているともいわれており、パナマ文書によってこの部分に関しても、大きくメスが入る可能性がある』

『今回のパナマ文書は前述してきたように、「真の所有者」を明確化するという意味で大きな意味をもつのである。お金は動かせば足跡がつく。今まで合法とされてきた企業の真の所有者が金融制裁の対象だった場合、出入金を通じて関係先が明確になり、一網打尽で口座の凍結が行われる可能性もあるのだ。実際にアメリカのテロ関連の捜査では、関連口座がすべて凍結されている』

『2014年2月、アメリカと日本の間で、PCSC協定(重大犯罪防止対処協定)が結ばれ、警察が所有する暴力団名簿、指紋情報もアメリカに送られることになった。このことによって今後、SDNリストに記載される暴力団幹部は増えることが予想される。山口組分裂による新たな組織・幹部らの追加、改訂も行われることになるだろう』

『加えて、パナマ文書によってこうしたSDNリストに記載された暴力団幹部や暴力団組織の資金の流れが表に出てくる可能性が出てきたのだ』

『こうした金融捜査の最前線で活用されるのが、2015年10月5日から通知が開始された「マイナンバー」である』

『マイナンバーは個人だけではなく、企業・団体にも割り振られる。税金を申告するときに、支払先や雇用者のナンバーにより取引を確定する仕組みである。現段階では、あくまでも努力規定であり、申告書類にナンバーの記載がなくても直接的な取り締まり対象とはならない。しかし、ナンバー未記載の申告があれば、税務署が不正を疑い調査を行うことが予想されている』

『正確な脱税の解明には、正確な所得の把握が必要となる。マイナンバーの目的のひとつには、個人所得の正確な把握があるとされている。把握のための有力な手段のひとつとなるのが銀行口座の出入金記録である』

『パナマ文書とマイナンバーの活用により、暴力団の事業活動の把握にまで進めば「シノギ」や「フロント」の把握と摘発も進み、資金根絶作戦が始動することとなる』

 う~ん、そうかあ。これまでマイナンバーは「住基カード」利権の単なる延長線上にあるものとばかり考えていたんだが、そうではなくもうちょっと深い意味があったんだなあ。

 もう少し読んでいこう。

『なぜテロ対策が暴力団に向かうのかといえば、警察関係者によれば、テロリストは取り締まっても次から次へと分裂し増殖するが、暴力団組織はピラミッド構造で取り締まりがしやすく、日本においては、対テロ対策のサンプルケースとして成果をあげやすいという点があるという』

『この状況で暴力団は、現金をもつしかなくなる。自己資産を足がつかない現金で保有する暴力団は、ますます増えていくことになる』

『日本国内での締め付けによって、暴力団がどこでお金を動かすかといえば、まず考えられるのは「海外」だろう』

『相手国における日本人および日本国籍保有者の口座の有無をはじめとした情報は、すべて日本の税務当局に入ってくるようになった。
 加えて、今回のパナマ文書の流出である。海外に資産を移転することは、今後ますます厳しいものとなる』

『郵貯と銀行という2つの金融システムにおいて、もともと監督官庁が異なっていた。銀行は金融庁(旧大蔵省)が担当していた。一方で郵貯に関しては総務省の管轄だった』

『銀行についてはこれまで、金融庁からの指導以外にも、アメリカから金融制裁を受けたり、BIS規制(国際業務を行う銀行の自己資本比率に関する国際統一基準)によって国内業務のみは4%、国際業務をするならば8%の自己資本比率を課されるなど、国内外のさまざまな規制をかけられてきた』

『こうした動きとまったく関係なく、その域外にいたのがゆうちょ銀行だった。財政投融資というかたちで政府へお金を貸すという、いわゆる政府機関の一部であったこともあり、郵貯には金融監督における甘さが指摘されている』

『郵貯には、口座開設時の審査が行われてこなかったということで、不明な口座が多数存在しているといわれている』

『欧米においては銀行の口座をもつ=小切手帳が発行されるということで、口座をつくる際に厳格な審査が行われるため、誰でももてる存在ではなかった。
 日本では一般的には小切手を使わずに現金主義だったため、お金を預金する=銀行口座を開くという感覚だった。それは郵便貯金においても同様であった』

 うーん、マズいな郵貯。そうかゆうちょ銀行は一種の政府機関だったから、かえってその運営に関して監督官庁の指導の甘さというのがあったんだなあ。ということは郵貯あたりが暴力団の資金の隠し場所になっていたりしているのかも知れないということ。

『日本でも現在、特区議論が話題になっているが、こうした特区の多くが、進出企業の税制優遇措置を掲げている。しかし、そのような制度は本来はつくるべきではない。税金が安いとなれば、多くの企業が本社をその特区へ移してしまうからだ。そうなると、本来の企業の活動地域に税金が落ちないことになりかねない。必然的に財源がなくなり、社会的保障ができなくなる』

 そうか「特区」もそんな危うさを持っているんだなあ。

『日本が貧しい新興国であれば、国の発展のために外国企業を誘致するということも必要だろうが、日本は23年連続の世界一の純債権国で、世界一の金主である以上、外国から金を呼び込む必要などない』

『パナマ文書が流出し、日本でも大きく騒がれるようになったことのよかった部分といえば、租税回避のためのさまざまな抜け道が世界的に大きな問題になっていることを、日本人が知ったことだろう』

 確かにその通りではあります。

『パナマ文書 「タックスヘイブン狩り」の衝撃が世界と日本を襲う』(渡邉哲也著/徳間書店/2016年5月31日刊)

2016年6月27日 (月)

アメフト東大、不思議な負けひとつを含んで5勝1敗で春シーズン終える

 今年のBIG 8 東京大学の春シーズンは「4/24 対 学習院 31-7」「5/5 対 明治大 16-13」「5/15 対 東工大 3-6」「5/28 対 京都大 42-7」「6/12 対 中央大 14-13」と調子がいいんだが、昨日の春シーズン最終戦。対防衛大学定期戦はどうだったのか。

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 東大のキックオフ(KO)から始まった試合。ところがファースト・シリーズから防衛大のランニング・バック(RB)陣に走られてしまい、簡単に先制タッチダウン(TD)。おりょりょ、これはヤバい、って感じ位に防衛大のRB陣の体力が東大を上回っていて、タックルも一人や二人じゃ振り回してしまう。う~ん、やっぱり体の鍛え方が違うんだな。

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 が、まあ東大もちゃんと攻撃奪回のチャンスをうかがっていて、東大第1クォーター(Q)終了間際には敵陣のかなり深いところまで進める。

 その後、第2Q初めには#19野金がTD、7-7に追いつく。

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 その後の東大デフェンスはなかなかの働きで、防衛大の攻撃をフィールドゴール(FG)に終えさせ、東大のオフェンスにつなげる。

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 その後、東大オフェンスはラン攻撃に冴えを見せて、#33宮山が長躯駆け抜けてTD。7-10に。更に東大は#33宮山の活躍で14-10と逆転!

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 防衛大のKOで後半戦スタート。

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 #21関野がビッグゲインの後、#15古賀が自ら走ってTD。21-10。

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 第4Qは#15古賀から#81岸本へのパスが決まってTD。28-10.

 でも、そこで終わらないのが今年の東大WARRIORS。最後のタイムアウトで作戦を練ると……。

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 最後は#15古賀から#7藤原へのパスが決まってTD。

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 35-10で対防衛大学定期戦を終えた。

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 まあ、春シーズンは「何で負けたの?」っていう東工大戦を含めて5勝1敗で終わったわけだけれども、前回の中央大戦でも書いたけれども、やはりオフェンス力(オフェンスラインの力)が大きな問題なんだろうな。それと、昨日の試合でも感じたんだが、TOP 8 と対等に戦うためにはディフェンスラインやラインバッカーの力も充実させなければならないだろう。

 まあ、夏合宿のテーマもいろいろあるってことですね。

 秋には頑張れよ! 東大WARRIORS。

NIKON Df SIGMA DG 150-500mm f1:5-6.3 APO HSM @Univercity of Tokyo (c)tsunoken


2016年6月26日 (日)

とうがらし地蔵・西行寺

 一昨日書いた大園寺があった文京区向丘一丁目の裏側、本郷通り(日光御成道)の向丘一丁目にあるのが西行寺。ここは「唐がらし地蔵」で有名なお寺であります。

 まあ、お寺が多い文京区には、こうしたいろいろな名物のあるお寺も当然多いのであります。

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 で、その唐がらし地蔵さんなんだけれども、なんかいつの間にかお堂が立派なものに変わってしまっていた。

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 以前はこんな感じの木造のお堂だったんだけれども、今は上みたいな石造りのお堂になっているのだった。

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 で、その唐がらし地蔵の由来なんだが、文京区教育委員会の説明板が立っている。

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 曰く

『とうがらし地蔵
 この寺の境内にまつられている地蔵尊は「とうがらし地蔵」と呼ばれ、咳の病に霊験あらたかなことで知られている。『江戸砂子』に「当寺境内に浅草寺久米平内のごとき石像あり。・・・仁王座禅の相をあらはすと云へり。」とある。
 寺に伝わる元文3年(1738)の文書によれば、僧の「覚宝院」が、元禄15年(1702)人々の諸願成就を願い、また咳の病を癒すため自ら座禅姿の石像を刻み、ここに安置したという。以来人々は「覚宝院」が”とうがらし酒”を好んだことから、とうがらしを供え諸願成就を願ってきた。
 尊像は、昭和20年(1945)5月の空襲にあり、その後再建されたものである。なお「とうがらし地蔵」とともに名の知られた「とうがらし閻魔」は、焼失したままとなっている。
 江戸時代、「旧岩槻街道」の道筋にあたるこの辺りは、植木屋が多かったところから「小苗木縄手」それがかわって「うなぎ縄手」と呼ばれていた。
 東京都文京区教育委員会 平成元年(1989)11月』

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 御開帳はいつ頃なんだろう。

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 その時にまた来て、ちゃんと直接の写真を撮らせてもらいたいな。

NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Mukougaoka Bunkyo (c)tsunoken

 

 

 

2016年6月25日 (土)

『パナマ文書』が炙り出すもう一つの問題

『パナマ文書』という本について書こうと思ったら、予想を覆していち早くイギリスのEUからの離脱が決まってしまった。まあ、だからといって即明日からイギリスがEUの一員でなくなってしまうわけではなく、2年間くらいの時間の猶予はあるようなのだが、『パナマ文書』が炙り出した問題は、実はこのイギリスという国の闇の部分との関連が非常に多いのだ、ということが本書を読むとよくわかる。

 なので、今日はこの「イギリス」という国を通して見た『パナマ文書』という方向から考えてみたい。

Photo 『パナマ文書 「タックスヘイブン狩り」の衝撃が世界と日本を襲う』(渡邉哲也著/徳間書店/2016年5月31日刊)

 まずは読書メモから。

『タックスヘイブンというものは、かつての覇権国家であったイギリスとその主要産業である金融を支える仕組みのひとつであった』

『日本人にはあまりなじみのないプライベートバンキングであるが、これは富裕層などの資産運用全般を請け負うものであり、簡単に言えば、証券業務から不動産売買まで行う日本の信託銀行のようなものである。
 日米では1929年の世界恐慌の影響で、銀証分離(商業銀行業務と証券業務を兼任できない)原則があるが、ヨーロッパではこの原則が採用されておらず、商業銀行が投資銀行業務や証券業務も行っているのである。そして、商業銀行が行う信託業務を「プライベートバンキング」と呼んでいる』

『シティはイギリスの国内自治領であり、一種の治外法権的地域になっているのだ。これこそが世界に存在するオフショアのモデルでもあるわけだ』

『今でもイギリスの金融センターは、言うまでもなくシティである。かつて大英帝国が「7つの海を支配する」「日の沈まぬ国」といわれた覇権国であった際、数多く有していた植民地や自治領におけるイギリス人の企業活動や金融活動を円滑に行うため、シティの金融機関はイギリス国内ではなく現地に金融子会社を設立し、国外に居住するイギリス人の資産管理や税務管理を行っていたのが発端である』

『だから現在もオフショア金融センター、あるいはタックスヘイブンは、香港、シンガポール、ケイマン諸島、パナマ、英領バージン、マン島など、大英帝国の旧植民地や自治領がほとんどなのだ』

『戦後は香港とシンガポールがアジアのオフショア金融センターを主導することとなったのであるが、それを支えていたのがHSBC(香港上海銀行:引用者注)とスタンダードチャータード銀行なのである』

『これらの金融機関がオフショアやタックスヘイブンでの会社設立や金融取引に関する税務や法律事務のために使用していたのが、パナマ文書の流出元であるモサック・フォンセカのような法律事務所なのだ』

『パナマ文書において暴露される金融機関の中核となると見られているのがHSBCだ』

『ある意味これは、イギリスとアメリカの2つの金融大国の争いの一環として見ることもできる』

『パナマ文書ではキャメロン首相が窮地に陥るとともに、中国、ロシアの要人たちの名前が次々と挙がっているが、金融大国であるアメリカの政治家や企業家の名前はほとんど出てこない』

『パナマ文書の流出がアメリカの陰謀だったという説が出てくるのはこのためだ』

『アメリカは国内にネバダ州などのオフショアを抱えており、わざわざこういうオフショアのタックスヘイブンを使わなくてもいい仕組みになっている』

『海外のタックスヘイブンを使わざるをえないアメリカの企業や団体となると、要するに、マフィアのブラックマネーを扱っているような組織、人ということだ。こういったアメリカの企業や団体がパナマ文書で炙り出せれば、アメリカ当局にとってはむしろ願ったりかなったりというところだろう』

『人民元をSDRの構成通貨に組み込むことで、世界の大国の一員としての地位を確実なものにしたいというのが、中国の思惑なのである。当然ながら、中国が主導する「新シルクロード構想」やAIIBにおいても、ゆくゆくは人民元決済に切り替えるつもりだ。要するに、ブレトンウッズ以降のドル支配体制を崩そうとしているわけだ』

『この中国の大望を後ろから支援したのがイギリスであった。そして中国とイギリスを結ぶキーマンとなったのが、イギリスの財務大臣であるジョージ・オズボーンである。
 オズボーンは2015年5月の総選挙の選挙戦略策定に携わり、キャメロンを首相に押し上げた人物といわれている。2020年の選挙で保守党が勝利すれば、彼が次の首相候補ナンバー1と目されている。
 オズボーンはかねてから、大英帝国の復活・復権という壮大な夢をもっていた』

『これまで中国の人民元は、国内決済が中心で直接交換市場が存在しなかったため、貿易通貨としてはほとんど使えなかった。そのため、中国は貿易決済に香港ドル、またはアメリカドルを使用してきた経緯がある。そして、香港ドルは、国家が発行する通貨ではなく、民間銀行が発行する通貨なのである。
 その香港ドルは、現在でもイギリスの金融グループHSBC系列の香港上海銀行、同じくイギリス系銀行のスタンダードチャータード銀行、そして中国本土系の中国銀行の3行によって発行されている。
 つまり、イギリスは現在も香港の金融界に強い影響力をもち、中国本土の金融とも深くつながっているわけだ』

『中国としても、イギリスの金融ノウハウを手に入れたい。しかも、2013年12月、アメリカの金融当局がウォール街の金融機関に対して、中国要人などの金融資産情報をすべて提供することを命じていた。そうなると、中国からのさまざまな資金の流れが解明されてしまう』

『今後、中国人が資金を逃がすには、世界で2番目に大きなマーケットであるシティ以外にないということになる。シティであれば、香港のイギリス系銀行を通じてカネを逃がしやすいから』

『イギリスがEUを離脱するということは、EUからシティが離れることを意味する。そうなれば、EUそのものの信頼が失われ、ユーロの信用と裏付けがなくなってしまう。必然的にユーロの国際的評価は落ち、暴落するリスクが非常に大きくなる』

『ギリシャ問題からドイツ銀行の不良債権問題など、ただでさえ大きな問題を抱えているユーロ圏は一気に瓦解に向かう可能性もある。
 それが世界的な恐慌原因になりかねないのである』

『必然的にパナマ文書も、そのベースとして利用される可能性があるわけだ。中国の不正な取引が大量に見つかった場合、SDRの構成通貨入りも不可能となる。そのような国の通貨に国際的な信任を与えるわけにはいかないからだ』

 と、まあ深い「闇」。

 う~ん、アヘン戦争以来の関係論が今でも生きているんだな。

 こうして見ていると、今回の野イギリスEU離脱問題の根っこは「イギリス・中国・ロシア連合軍」と「EU=ドイツ・フランス連合軍」の戦争なんだなというのがよくわかる。まあ、つまり現代の戦争っていうのはドン・パチやる戦争じゃなくて、昔風に言えば「兵糧攻め」みたいな経済戦争なんだ。

 スコットランドとイングランドの問題もまたしても起きそうだしな。

 まあ、この「パナマ文書」に関しては、イギリスだけではなくて、他の様々な国の「闇」の問題にも迫るようなので、『パナマ文書』という本については、また書きます。

『パナマ文書 「タックスヘイブン狩り」の衝撃が世界と日本を襲う』(渡邉哲也著/徳間書店/2016年5月31日刊)

2016年6月24日 (金)

ほうろく地蔵と八百屋お七

 旧白山通り(旧中山道)文京区の向丘一丁目にある曹洞宗大圓寺。その境内には「ほうろく地蔵尊」というものが祀ってある。

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「ほうろく地蔵尊」ってなんだ?

『〝八百屋お七"にちなむ地蔵尊。天和二年(1682)におきた天和の大火の後、恋仲になった寺小姓恋しさに放火の大罪を犯し、火あぶりの刑を受けた〝お七″を供養するために建立されたお地蔵様である。
 寺の由来書によると、お七の罪業を救うために、熱した焙烙(素焼きのふちの浅い土器)を頭にかぶり、自ら焦熱の苦しみを受けたお地蔵様とされている。享保四年(1719)に、お七供養のために、渡辺九兵衛という人が寄進したといわれる。
 その後、このお地蔵様は、頭痛・眼病・耳・鼻の病など首から上の病気を治す霊験あらたかなお地蔵様として有名になった。
 お七が天和の大火の時に避難し、墓もある円乗寺はすぐ近くにある。』

 というのが文京区教育委員会の説明板。

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 お寺は立派なお寺で、いかにも禅宗のお寺だなって感じなのだ。

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 その一隅に「ほうろく地蔵」はある。

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 おう、今でも「ほうろく」を頭に乗っけているんだ。優しそうなお地蔵さんですね。

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 で、その大圓寺から坂をおりたところ、つまり白山一丁目にあるのが天台宗の圓乗寺。

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 つまり、ここにはお七がこの寺の小姓に恋をして、大火の原因になった火付けをしちゃった関係で、ここのお寺に八百屋お七の墓があるわけなんだけれども。

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 何で、この圓乗寺じゃなくて、別宗派の大圓寺にお地蔵さんが安置されているんだろうなあ。

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 う~ん、その辺がよくわからない。

NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Mukogaoka & Hakusan Bunkyo (c)tsunoken

2016年6月23日 (木)

『ものぐさ投資術』も投資信託ではね

 本書で書かれている「ものぐさ投資術」というのは、いわゆる「ドル・コスト平均法」というやりかたで、金融商品を購入する場合、一度に購入せず、資金を分割して均等額ずつ定期的に継続して投資する。例えば「予定資金を12分割して、月末ごとに資金の1/12を投入し、一年かけて全量を買う」という手法。高値掴みのリスクを避けるための時間分散の一種であるが、数量を等分するのではなく、金額を等分する点が単なる分散と異なる。価格が高い時は購入数量が少なく、安い時には多いため、単純な数量分割に比べ平均値の点で有利になるとされる。価格が下がった場合のみならず、上がったときにも買うというのが特徴。というか、だからこそのローリスク(勿論、ローリターン)な投資術というわけ。

 積立が可能な投資商品には、投資信託、るいとう(株式累積投資)、純金(銀、プラチナ)積立、外貨MMFなどがあり、要はなんにでも使える方法なのだが……。問題は、個別企業への投資じゃないってことなんだよな。

Photo 『ものぐさ投資術 「定額積み立て分散投資」入門』(朝倉智也著/PHPビジネス新書/2016年6月1日刊)

 朝倉氏が勧める「投資信託」というのが私には投資としては理解できない。

『投信なら小口の資金をプロがまとめて運用してくれるので、幅広い銘柄に分散投資してリスクを抑えることができます。株式投資の場合、投資した企業がつぶれて株が紙くず同然になるおそれもあり、投資したお金がすべてなくなってしまうことも考えられますが、投信はたくさんの銘柄を組み入れているので価値がゼロになるということは起こり得ません』

 つまり『小口の資金をプロがまとめて運用してくれる』ということになってしまうと、それは直接投資じゃなくなってしまう。そうなると、自分の投資先がどんな会社で、どんな人が経営しているのか、どんな中身で会社が動いているのか、どんな社員がいるのかが分からないで投資をするということになってしまう。

 まあ、経済素人が投資を行うに当たっては、それは間違ってはいないんだけれども。

 なんかそれって面白くないんじゃないでしょうか? 私も投資はやっているが、それは企業の株式を直接買う方法でもって、私の息子や娘が勤務している企業や、興味を持って買った企業の株式である。それはあまり上手な投資という行為ではないのかもしれないが、しかし、私としては自分が応援したい企業の株式を持つことで、常にその企業の動きを注視する理由になる。また、短期で売買することもなしに長期投資という考え方でもって、その企業を愛することにもなると考えるのだ。結果として、日本経済に対する理解も深まるっていうわけ。

 まあ、それでも幸い株価は買った当初よりは各企業とも上がっており、現在のところ私の株価総額はかなりの黒字になっている。それはなぜか?

『世界の国々は、絶えず経済が成長するよう努力を重ねています。そしてこれまでの歴史を振り返れば、大きな山や深い谷を経験しながらも、世界は着実に経済成長を遂げてきました』

『各国がつねに努力し続けている以上、世界全体で見れば、経済は「一時的に落ち込むことはあっても長期的には成長を続けていく」と考えるのが自然ではないでしょうか』

『この「世界経済の成長を信じ、世界中の資産に投資をする」方法には、「株価が上がりそうな銘柄を探す」「為替を読む」といった労力が必要ないというメリットがあります。まさに「ものぐさ」でいいわけです』

 つまり、資本主義が健全である限りは、各社とも前年比プラスの目標を掲げて活動している訳で、まあ、その目標通りになるかどうかは結果を見なければわからないが、でも長期的に見ればパイは広がるわけなので、その結果は必ずプラスになるわけなのである。その辺が、私の投資術が個別企業なので「ものぐさ投資術」ではないけれども、実際にはあまり売買はしないので、その意味では「ものぐさ投資術」でもあるってこと。要は「短期の売り買い」ではないということ。まあ、その辺はね、私とは天と地の差があるジョージ・ソロス氏も同じなんだけれどもね。

 まあ。当時の民主党政権がJALは絶対に倒産させないなんて言っていたのを信じて株を買って、大損したこともありますがね。その他ではおおむね大丈夫だ。

『投資は「大きく儲けたい」と考える一部の人だけのものという雰囲気がありましたし、多くの人が長らく投資について「ギャンブルのようなもの」「手を出してはいけないもの」と見ていたのも、時代背景を考えれば無理もないことだったのでしょう』

 という時代ではない。むしろ自分が応援したい企業を探して、その企業をより深く知るためにも投資はすべきなのだ。

 ただ現状の問題は

『安倍首相も二〇一二年十二月の第二次政権発足当初から、経済政策の「三本の矢」として、「内閣の総力をあげて大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略の三本の矢で力強く経済政策を進めて結果を出す」と強調してきました。しかし、その三つ目の「成長戦略」の部分でなされるべきだった規制緩和、構造改革の歩みが遅々として進んでいないように見えることも確かです』

『日本政府はこれから規制を少しずつ緩和していこうという姿勢を示していますが、それでもアメリカほどに規制が大幅に緩和されることは、なかなか想像できません』

 ということなんだなあ。

 つまり、規制緩和にはあまりにも反対勢力が多くて、結果「総論賛成、各論反対」になってしまって、結局、規制緩和が頓挫するってことが多すぎるのである。ここが日本経済の一番の問題点なのだが。実のところ、私の子どもが勤務する会社なんかも、そんな「自分ちの近所に保育園作るのハンターイ」なんて言っている年寄りのおかげで、いろいろ頓挫している計画もあるようなのだ。困ったもんだねえ。

『株式投資について考えると、たとえばみなさんがある企業に投資をした場合、その企業は投資してもらったお金を元手にさらなる成長を目指します。設備投資をしたり、新規事業を始めたり、海外の企業を買収したりするわけです』

『株式投資に限らず、債券や不動産などに関しても、長期的な成長とそこから上がる収益に期待して資金を投じる行動は、本来的な意味での「投資」であるといえるでしょう』

 というのであれば、本来は直接投資の方がよりよいのだが、その場合、多少は株価の動きを常に注視していなければならないので、結局、朝倉氏の勧める「ものぐさ投資術」では、投資信託ってことになっちゃうんのである。

 まあ、安心して投資をしたいなら投資信託。個別企業に興味を持ちたいなら株式投資ってことなんでしょうね。

 私は後者をお勧めしますがね。

『ものぐさ投資術 「定額積み立て分散投資」入門』(朝倉智也著/PHPビジネス新書/2016年6月1日刊)

2016年6月22日 (水)

6月の満月は昨日

 昨日は満月だった。って、別に満月は毎月来るもんなんだけれども、それを写真に撮ろうと思う月と、思わない月があるのが面白い。

 で、昨日はなぜか撮りたくなった日なんですね。

 基本的に機材は、NIKON Df にレンズはSIGMA DG 150-500mm f1:5-6.3 APO HSM +SIGMA APO TELE CONVERTER 2X EX DG ということで、基本的には500mm望遠に2倍のテレコンバーター(=1000mm)で撮ったわけなのだけれども、実はテレコンバーターを使うとオートフォーカスが使えなくなるんですね。なので、昔懐かしマニュアル・フォーカスで撮ったのが以下の写真。

 えっ? 月なんて距離は無限遠だろうって? いやいや、そうじゃないんですね。無限遠よりちょっと手前なんです。これが。

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 上はISO12800.

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 お次はISO6400。

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 更に、ISO3200.

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 そして、ISO1600まで落としてみたんだが(つまり、それだけ月は明るい)。

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 で、結局はISO6400で撮った写真をトリミングしました。

 でもまあ、ISO800位まではブレずに撮れそうなのが「月」ってわけで、結構明るいんですね。

 というか、月がそれだけ明るいってことは太陽がもっと明るいわけで、う~ん、私たちって結局は太陽に生かされているわけなんですねえ。

 まあ、写真だって基本的に太陽があっての表現形式ですからね。

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2016年6月21日 (火)

POLAR loop と Fitbit Flex の2個使いをして2週間、その結果は?

 6月7日のブログの通りPOLAR loop と Fitbit Flex の2個使いを始めて2週間たったのだが、その結果を報告します。

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 結局、2個使いをやってみて分かったことは、POLAR loop だと歩いている途中で「現在、何歩歩いたか」がわかる、それは便利なのだが、逆にじゃああと何歩歩けば1万歩になるというのがわかるので、とにかく1万歩あるくのが次第に自己目的化してしまいがちだ。Fitbit Flexだとパソコンと同期しないと何歩歩いたかが分からないってのは不便だ、と思っていたんだが、逆にその方が歩いていて気楽だってことが分かった。まあ、1万歩に達すると微振動で教えてくれるし、大体、何時間くらい歩けば(2時間くらい)1万歩になるっていう目安は既に立っているので、それほど不便ではない。

 更にPOLARだと1万歩歩いても100%にならずに、100%にするためには12,000歩以上歩かなければならないということ。もともと心拍計を作っているPOLARなので、「運動」というのが基本的な考え方なんだなあ。そこへいくと、Fitbitは健康志向の会社なので、POLARほどにはキツイ運動をユーザーには要求しないのかも知れない。

 また、POLARはUSBで有線で同期なので、それがたまに「デバイスが認識されていません」という状態になって、ちょっと面倒。FitbitはWiFiで同期なので常に同期ができるっていうのは、使いやすい。

 私はどちらかというと体重管理のために歩数計を使っているというところからすれば、体重管理機能のないPOLAR Flowは別に体重管理用のデータか手帳を用意しなければならない。その辺はFitbitが健康管理用のデバイスなので、体重管理もできるし、本当はFitbitの体重計を使えば、それもWiFi同期なので、いちいち体重を記入しなくても大丈夫っていう部分もある。現在はFitbitの体重計は使っていないが、いずれそれも使ってみよう。

 Fitbitの使い勝手の良いところは、当日を最終日として、その前1週間でもって週目標70,000歩を基本に、その達成度を測っていること。POLARの場合は単純に月曜日から日曜日までの1週間なので、それよりは「週でどのくらい歩いたのか」が分かる仕組みになっている。これも、トレーニング・ベースのPOLARと健康ベースのFitbitの考え方の違いなのかもしれない。

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 ということで、これからは再びFitbit Flexを私のメインのウェアラブル・ヘルス・デバイスとすることに決定!

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 まあ、Fitbit Flexの方がPOLAR loopよりも小さいってのも気に入っている理由でもある。

2016年6月20日 (月)

紫陽花には雨と蝸牛が似合うんだが

 5月30日のブログで書いた白山神社で紫陽花祭りを開催中なんで行ってきた。

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 まあ、その時よりはアジサイは沢山咲いていてよいし。

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 神社に詣でる人も多いし。

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 この時期だけ開山している富士塚に上がってアジサイの写真なんかを撮っている人も多い。

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 でも、本当はアジサと言えば、雨。

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 そしてカタツムリがいなくちゃ、面白くないんだよね。

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 でも、どうやら今年は空梅雨のようで、そんな風情のある紫陽花は見られないようだ。

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 その辺はちょっと残念かな。

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NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8G @Hakusan Shrine Bunkyo (c)tsunoken

2016年6月19日 (日)

東京周縁部を往く・市川関所跡と国府台城

 京成本線国府台駅のそばに市川関所跡がある。

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 国道14号線(千葉街道)の市川橋のたもとの土手の上に矢印が。

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 で、ちょっと行くと「市川関所跡」がある。

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 説明板に曰く。

『江戸時代以前の江戸川は太日川(ふといがわ)と呼ばれていた。 奈良・平安時代の関所跡周辺には、井上駅家(いかみのうまや)がおかれ、都と下総国を往来する公の使が太日川の渡し船と馬の乗りかえをおこなった。また、室町時代には、市川を旅した連歌氏の宗長が、その時の紀行文『東路の津登(つと)』のなかで、市川に渡(わたり)があったことを記しており、古くからここに人々が集い、川を渡っていたことがわかる。
 やがて、江戸に幕府が置かれると、江戸を守るなどのため、関東の主な川に、船の渡場で旅人を調べる「定船場が設けられた。古くから渡があり、市場でにぎわっていた市川が選ばれ、これが後に関所となった。
 時を経て、江戸時代の中頃には、川のほか山や海を合わせ、全国各地にたくさんの関所が設けられていた。これらの関所には取り締まりが厳しい関所と比較的ゆるやかな関所があり、市川の関所では江戸へ入る武器と江戸から出てゆく女性が、特に厳しく取り締まられた。
「市川関所」と呼ばれることもあったが、多くの場合は「小岩・市川関所」と記され、対岸の二村一対で1つの関所として定められていた。 そして、分担して関所にまつわる役割を果たしていた。 幕府の役人が旅人を調べた建物は小岩側にあったので、市川村は緊急事態の時に駆けつけて助ける役割を担い、名主の能勢家が取り調べをする役人を補佐した。また、江戸時代を通じて、江戸川には橋が架けられなかったので、関所を通り、水戸・佐倉道を往来する人々のために、市川村では、2~3艘の船を用意し、川端に番小屋を建て、20人前後の船頭や人夫を雇っていた。そのため「御関所附渡船之村方(おせきしょつきとせんのむらかた)」とも呼ばれた。
 慶応から明治へと時代が変わった時、旧幕府軍と新政府軍の激しい戦いの舞台となり、明治2年(1869年)に関所廃止令が出されて、その使命を終えてもなお、明治38年(1905年)に江戸川橋が架けられるまで、渡船の運航は続けられた。しかし、度重なる江戸川の護岸工事で、関所の建物や渡船場の正確な位置は、今日不明となっている』

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 そこから少し上流側に移動すると、そこは国府台城址なのだそうだ。

 ただし、こんな川っぺりに城があった筈はない。

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 多分、和洋女子大学や千葉商科大学がある河岸段丘上にあったと考える方が普通だろう。

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 つまり、もう一つの説の真間山弘法寺に城域があったと考える方が、その寺の広さから言っても、納得できる。

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 城から見下ろす市川の街。

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 更に江戸川も見下ろせて、この川が天然の濠であったのだろう。

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 という具合に納得。

NKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Kounodai Ichikawa (c)tsunoken

2016年6月18日 (土)

『ツール・ド・フランス2016公式プログラム』がやってきた

 Amazonに注文していた『ツール・ド・フランス2016公式プログラム』が昨日やってきた。"OFFICIAL PROGRAM"じゃなくて"PROGRAMME OFFICIEL"ってところがいかにも“おフランス”ってかんじだけれども。

 そうか、7月2日の「モン-サン・ミッシェル~サント-マリー・デュ・モン」から、いよいよ今年のツールが始まるんだな。今年はプロローグはなしってことですね。

Dscf76142 『PROGRAMME OFFICIEL 2016 ツール・ド・フランス2016公式プログラム』(八重洲出版/2016年6月16日刊)

 砂田弓弦氏がやっている「CICLISSIMO」の特別編集になる本書の特別付録は「特大ルートマップ 全21ステージ 順位記入欄/高低図入り」っていうやつ。A全版くらいの大きさのそれは、フランス全土の地図って感じで、ツール・ド・フランスを追いかけるだけでなくても、フランス旅行の時にも使えそうな感じだ。

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 全チーム紹介はあのベルナール・イノー。出場22チームの紹介から、全21ステージの詳細、行程、ツールの周辺の話やレトロ・ツールという昔話などなど。

 一番気になるのは「選手たち」という記事で、2015年総合優勝のクリストファー・フルーム(チーム・スカイ/ケニヤ)と、それに対抗して今年活躍を期待されている、アルベルト・コンタドール(ティンコフ/スペイン)、ナイロ・キンタナ(モヴィスター/コロンビア)、ファビオ・アール(アスタナ/イタリア)の特集記事をしょっぱなに、「5つ目のマイヨ・ベール獲得に向けて/ペテル・サガン」「一団となって争う/スプリントはチャンピオンを待っている」「有力選手/フルーム、2つの岸に架かる橋」「チーム ジャイアント・アルペシン/白黒ジャージ選手たちは確かに始まろうとしている」「高所の一騎打ち/ピノー・バルデ かけ離れているが、ごく近い」「次に続くフランス人/アルチュール・ビショ アタックの精髄」「大西洋横断/ピエール・ローラン アメリカン・ドリーム」「フランス人の評価/国を挙げてのお祭り!」と並んで「新城幸也/大腿骨骨折から“完全復帰”」という記事があること。

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 まあ、日本のムックなので新城の記事があるのは当然と言っちゃあ当然なんだが、でも凄いよね、2月12日のツアー・オブ・カタール最終日に落車して左大腿骨骨折をして、6時間の大手術を行ったのち、2月19日には帰国し、3月7日にはエアロバイクで疑似自転車のクランクを回し始めて、4月19日にはロードトレーニングを開始、5月29日からのツアー・オブ・ジャパンにはレース復帰、6月5日の伊豆修善寺ステージでは優勝しちゃったんだもんなあ。まあ、その様子は次の日の最終東京ステージで見せてもらいましたがね。

 その新城選手、今年から新参加のランプレ・メリダのツール参加予定選手候補の12名には名前が残っているそうだ。最終的には9名が参加することになるツール・ド・フランスに出場する可能性はまだまだ残っているっていうことなのである。

 まあ、我々日本人としては、やっぱり新城選手にはツール・ド・フランスでも活躍してほしいし、そろそれステージ優勝も欲しいなあというところではある。まあ、新城選手の脚質としてはパンチャーなので、平坦ステージで早めの逃げに乗って、そのまま逃げ切るっていう感じなのだろう。

 だとすると7月2日から5日までの4ステージが勝負かな。

 う~ん、また眠れない7月の夜がやってきそうだ。

 楽しみだなあ。

『PROGRAMME OFFICIEL 2016 ツール・ド・フランス2016公式プログラム』(八重洲出版/2016年6月16日刊)

2016年6月17日 (金)

『家族無計画』って、そういうことか

 ま、舛添氏の問題はメディアによる「バッシング」としか思えない面もあるけれども。別に新しい疑惑が出てきたわけでもないのに、何で、同じ問題ばかりで攻められなければならないのかということが、前から気にはなっていた。まあ、もう辞めちゃったから関係ないか。

 とりあえず、中大青学入替戦は中大2勝で、なんとか首の皮一枚で1部残留が決まって、よかったよかった。これで秋シーズンも神宮で中大戦が見られる。

Photo 『家族無計画』(紫原明子著/朝日出版社/2016年6月10日刊)

 で、そんなこととは何の関係もなく、いきなり「まえがき」から引用。といっても、多少は関係があるんだけれどもね。

『夫と話すのは、何ヶ月ぶりだろう。
 たった一度の呼び出しで電話に出るところが、事態の異常性を物語っている。
「変な噂があるんだけど……まさか出ないよね?」
 単刀直入に尋ねる私に、夫は「ん? うーん、まぁ……」などと煮え切らない返事をする。
「……ちょっと、さすがにだめだって。今回は洒落にならない。悪目立ちするだけで絶対いいことないよ。堀江さんだってそうだったでしょ?」
「うん……そうだよねぇ」
 何となく同調したようなことを言うが、決して明確に否定はしない。これはいよいよまずいと思った。もしかすると、もう決意は固まっているのかもしれない。私の言葉を決断の材料にしているというよりむしろ、私をどう説き伏せようかと思案している態度ではないか。
「とりあえず今夜そっちに行くよ。遅くなるかもしれないけど、そのときにまた話そう」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「……ごめん、遅くなって。さっきまで、選挙対策本部の決起集会だったんだ」
 やはり。知らないうちに、事態はとっくに動き出していたのだ。
 2014年、猪瀬東京都知事の辞任に伴う新たな都知事を決めるための選挙に、彼は出馬しようとしていた。聞けば、既に多くの優秀な人たちが、彼の選挙戦をサポートするべく善意で動き出してくれているという。しかしいくら万全な体制を敷いたところで、家族の同意を得ることは絶対に不可欠だと周囲に諭され、珍しく逃げもせず、こうしてわが家にやって来たというわけだった。』

 そうか、この本は家入一真氏の元夫人だった人が書いた本だったのだ。『家族無計画』というタイトルから、「明るい家族計画」というキャチフレーズを作った岡本理研ゴムのコンドームのことを一瞬想像して、要はそんな家族計画なんかは考えないで生きていくっていう話かと思ったら、そうではなく家入一真氏の離婚した元夫人の、家入氏との出会い、同棲、結婚、二人の子どもが生まれて、離婚に至り、現在を語るエッセイだったんだ。

 まあ、でもなんとなく岡本理研ゴムにも関係する話でもあるような、ないような。

『結局、夫と離婚したのは、別居してから4年後のことだった』

『お互いに冷静になるなかで夫は、子育てを任せきりでごめん、迷惑をかけてごめん、と謝ってきたけれど、一方で、一連の破滅行動については、結局のところ後悔も反省もしていないようだった』

『元通りの日常を取り戻すことができないのなら、いっそのこと、夫が介在しない、まだ見たこともない私の世界を広げようとある時思った。どうせ知らない世界へ飛び込むのなら、いざという時に自分で、自分と家族とを助けられる力をつけたい。そう思って仕事を始めた。すると案外、世の中にはこんな私でも役に立つことがあるのだということがわかってきた』

『もっと自分の力、自分の名前で社会と対峙していきたい。そんな思わぬ欲求も、みるみる膨らんでいった。こんな折に降って湧いた夫の都知事選立候補。無謀すぎるが、彼は彼なりに新たな自分の使命を背負って生きようとしているのだと思った。そこで、「よし、離婚しよう」と決意したのだ』

『行き先を決めず、無計画に出航させた船は今、予想だにしなかった場所に私たち家族を連れてきてくれた。傷付いたこともあったが、一人では到底見ることのできなかったたくさんの景色を見ることができたから、結果としてはまぁ、本当に面白い結婚だったな、と思っている』

 それにしても、離婚した後でも「本当に面白い結婚だったな」と言える。こんなに前向きな人なので、離婚しても充分やっていけるのだろう。

『そうだ、私、ノーパンノーブラだった。

 季節の変わり目のせいか、昨夜はひどい蕁麻疹に悩まされていた。なかなか症状が治まらないので、やむなく原因となりそうなブラジャーとパンツを華麗に脱ぎ捨て、その上から部屋着だけを着て寝たんだった。
「今気付いたんだけど、お母さん、ノーパンノーブラだったわ」
 黙っていたら、万が一不慮の事故でばれた時に本気の性癖と思われるかもしれない。先んじて息子に打ち明ける。
「まじか……」
 後部座席の息子は、手元のスマホに視線を落したまま、さほど驚きもせずに応える』

 なんて話が冒頭のエッセイになっちゃうんだから、読んでる方もちょっとびっくりなんだけれども、それども読ませてしまうあたりは、なかなかの文筆能力だ。

『ところで、この頃インターネット上で知り合ったうちの一人がハンドルネームbouzu氏、後に私の夫となる男である。
 21歳、職業はプログラマー、同じ福岡県在住という彼。メル友募集掲示板を経由して送られてきた第一報には「芸術の話をしましょう」と書かれていた』

 ウーム、「芸術の話をしましょう」なんて奴には要注意なんだけれども、それでも高校生あたりの女の子にそれを言っても無駄なのかな。

『bouzu氏の経歴は驚くほどたくさんの失敗と挫折に満ちていた。
 中学でふとしたことからいじめに遭って不登校に。その後再起を図り県立高校に進学するもうまくいかず中退。対人恐怖症となり数年間押し入れを改造した自室に引きこもるが、母親の気長な説得で新聞奨学生となり社会復帰。朝夕の新聞配達をこなしながら美大受験の予備校に通い画家を目指すも、ある時、父親の起こしたトラック事故を発端に実家の借金問題が露呈し、進学を断念。デザイン事務所に就職したが嫌な上司に耐えかねて逃亡、システム開発会社に再就職して今にいたる、と』

 という家入氏の若い時の話は、まあ、よく知っている。で、その家入氏がレンタルサーバー会社を立ち上げ大成功し、東京に出てきてIT長者となり、ついでにIT破産をし、再度ITやらなんやらの事業を成功させて、その結果、お金の問題で猪瀬知事が辞めた東京都の知事選に出て、落選するまでの話は有名だ。

 私も舛添氏よりはいいんじゃないかと、家入泡沫候補に一票を投じたんだけれども、当然泡沫は泡沫なんで落選するわけですね。

 で、今度はどうなんだろう。舛添氏がやはりお金の問題で都知事を辞めた後の都知事選であります。また出馬して欲しいな。そしたらまた清き一票を投じますよ。

『家族無計画』(紫原明子著/朝日出版社/2016年6月10日刊)

2016年6月16日 (木)

『痴女の誕生』って違う意味だと思っていた

「痴女」というのは『そもそも痴女とは、痴漢の女性版、つまり男性に痴漢行為をする女性を指す言葉として使われることが多かった。 『大辞林』( 三省堂 )では「①( 「痴漢」が男であることに対して )男性にみだらないたずらをする女性。②おろかな女。ばかな女。」と書かれている。これは完全に「痴漢」の項の「①電車の中や夜道などで、女性にみだらないたずらをする男。②愚か者。ばかな男。」に対比させた説明だ』というものだと思っていたのだが、そうではなくアダルトビデオのジャンルのことだったのだ。

Photo 『痴女の誕生 アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』(安田理央著/太田出版/2016年4月5日刊)

『「男性を責めることで興奮する女性」という現在のAVでの「痴女」像が、はっきりと形作られたのは、90年代以降だろう』

『当時、横浜国立大学教育学部美術学科3年生だったという黒木香の登場は衝撃的だった。ヘルムート・ニュートンの写真のモデルに憧れて伸ばしているというワキ毛もインパクトがあったが、それ以上にそのキャラクターが強烈だった。
 作品冒頭では、丁寧な言葉づかいで、熱くイタリア美術への思いを語る。そんなインテリジェンスを感じさせる美女でありながら、いざ、セックスが始まると豹変してしまう』

『1988年には、もう一人の「痴女」のプロトタイプが登場する。『吸淫力~史上最強のワイセツ』でデビューし、淫乱ブームを牽引した豊丸だ』

『しかし、AVとは少し離れた場所で、新たなムーブメントは起きていた。現在の痴女のスタイルはそこで生まれたのだ』

『『性感Xテクニック』では、南智子はSEXYエステティシャンという肩書きでクレジットされており、Tバックのセクシーな下着姿にはなるものの、それ以上の露出はなく、またセックスどころか、フェラもキスもしない。男優から南へのタッチもさせていない。指と言葉だけで、手練れの男優に今まで経験したことのないほどの快楽を与えさせてしまったのだ』

『南智子は美大を中退後、20歳で風俗の世界へ飛び込んだ。ピンクサロンやソープランドに勤務するが、そこでは彼女の才能は花開くことはなかった。それは南の特殊な性癖がネックとなっていたのだ』

『男が女にやられるシチュエーションに性的興奮を覚えるという性癖は、南が成長するにつれ、確固たるものとなっていった』

『女は男に責められて感じるのが前提の風俗店では、南は客が求めるような接客をすることができなかった。当時の店では全く指名が取れずに苦戦した』

『ところがそんな彼女にぴったりの店があったのだ。それが当時、池袋で営業していた「乱コーポレーション」という性感マッサージの店だった。そこで行われているサービスは、まさに南が望んでいたものだった。初出勤の翌日、さっそく指名が入った。南はその店でたちまち頭角を現し、そして『性感Xテクニック』に出演することで、その名を業界に響き渡らせることとなる』

『ここで注目したいのは、「乱コーポレーション」のプレイ、つまり現在の痴女像につながるスタイルを創りだしたのは女性だったということである』

『男性の都合のいい妄想の産物のように思われる「痴女」は、実は女性たちが作り上げていったのだ』

『これはこれまでにアダルトメディアで描かれてきた他の「女性像」とは大きく異なっている』

『痴女をこなすには、かなりのスキルが必要とされるのだ。男を責めるためのテクニックひとつとっても、フェラや乳首舐め、アナル舐めといった口技、手コキのための指技、騎乗位の際の腰の振り方。もちろん痴女ならではの妖艶な表情の演技力も必須条件である。  そして何よりも大きいのは、淫語の才能だ。
 卑猥な言葉を意味する淫語は、痴女プレイには欠かせないものだ。AVにおける痴女の原型となった「乱コーポレーション」の風俗嬢たちのプレイでも、言葉責めでの淫語は重要なポイントだった』

『痴女を演じるには才能が必要なのだ。痴女役に挑戦したものの、うまくできずに現場で泣いてしまったという女優の話もよく聞く。筆者がインタビューしたある女優は「痴女をやるくらいなら、ハードレイプやSMの方がずっと楽」と言っていた。もともと持っているS気M気にも左右されることもあり、向き不向きがはっきりしたプレイなのだ』

しかし、2007年頃になると、痴女というジャンルは一気に衰退してしまうそうだ。

『痴女プレイは、AVにおいてもはや特殊なものではなくなっているのだ。2007年あたりを期に「浸透と拡散」が進んだのである』

 うーむ、そうか「浸透と拡散」か、なるほどなあ。

『ところが近年、また痴女を女性のものへと取り戻そうとする新たな動きが見え始めた。その鍵を握るのが、2014年に『素人男子をトイレで逆レイプ…したら逆に感謝されちゃいました!』( SODクリエイト )で監督デビューした山本わかめである』

『山本わかめは1990年生まれの現在25歳。「男性を責めたい、男性の反応を見たい」という欲求は、彼女の世代では特異なものではなかったという』

『女性が性欲を隠さず、男性を責めたいという欲求が自然なものであるという山本わかめのような世代にとっては、男性を責める=痴女という認識すらないのだろう』

 ふ~ん、ますます女性の方が積極的になってきているんだ。

 ここにも、「草食男子、肉食女子」っていう構図が見られるんだなあ。これでは益々女性上位時代が進行するだけである。ガンバレ、男子!

『痴女の誕生 アダルトメディアは女性をどう描いてきたのか』(安田理央著/太田出版/2016年4月5日刊)

2016年6月15日 (水)

2部が見てきた。中央大もうだめかな。

 ということでついにやってきてしまった、東都大学野球1部2部入替戦であります。

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 ああ、中央大がまさかの入替戦とは思わなかったんだけれども、きてしまったんだよなあ。

 とりあえず、1回表に3点先取したところまではいいんだけれども、結局その3点どまり。

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 その時点でもまだ満塁状態だったので、追加点2点はとれたはずなんだけれどもなあ。

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 好投の伊藤も5回で降板。

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 一方で、青学、岡野投手は1回の3点中央連取からは脅威の立ち直りをみせて、中央打線を抑える。

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 その一方、中央打線はこんなバント失敗ばかり重ねてどんどん自滅していくんですね。

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 で、結局青学吉澤のホームランでゲームセット。

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 まあ、入替戦の常、とは言えるんだけれども、下からのチームはとりあえずそのリーグで常勝してたチームなのに比べて、上からのチームはとりあえず負け続けたチームなんで、そのチームの勢いの違いってものがあるんだろう。

 まあ、それが上位・下位入替戦ってもんなんだなあ。ラクロスやアメフトで見てきた入替戦と同じ状況だ。

NIKON Df SIGMA DG 150-500mm f1:5-5.6 APO HSM @Jingu Stadium Shibuya (c)tsunoken

2016年6月14日 (火)

『24歳、就活せずに新卒フリーランス』は若いなりにいいんですけどね

 まあ、「イケハヤ書房=電子出版」という極めてハードルが低い媒体なので、こういう訳の分からない著者も出てくるんだなあ。勿論、「イケハヤ書房=イケダハヤト」っていうブランド(おお、「イケダハヤト」は既にブランドか)がついているからなんですけれどもね。

 しかしまあ、『24歳、就活せずに新卒フリーランス』っていうけど、そもそもこの矢野大地って何者なんだ?

24 『24歳、就活せずに新卒フリーランス。』(矢野大地著/イケハヤ書房/刊行日わからず)

『24歳、高知県の山奥に住んでいます。
 2015年に高知大学を卒業。大学時代は「就活」を一切せずに、そのままフリーランスの道を歩み始めました。
 見切り発車で始めた「新卒フリーランス」生活も、1年が経ちました。現在はNPO法人の設立、つまり起業をするために働いています。
 高知県本山町の「だいちハウス」に住んでいますが、特に生活に困ることもなく、普通に暮らしていけています。
「だいちハウス」に遊びに来る大学生のなかには、自分の進路について悩んでいる方がちらほらいるんです。「新卒フリーランス」というちょっと珍しい生き方をしている僕の目線で、「学生時代にやっておくといいこと」をまとめてみました』

 というのが自己紹介。

 巻末にはイケダハヤト氏による矢野氏の紹介があって……

『2015年の3月になって「就職先が見つからなくて困ってます」みたいなメッセージをくださって。 話を聞くと「就活ができなくて、スーツすら買わなかった」と……』

『何を言っているんだお前はw そりゃ、就活しなかったら就職先は見つからないよ』

『あれから1年経ちましたが、なんとまぁ、大きく成長したものよ!文章はまだまだ下手で、この書籍も全面的にぼくがリライトしてますが、すっかり地域のキーパーソンになっています』

 あっはっはぁ。それは逆でしょ。「就活ができなくて、スーツすら買わなかった」んじゃなくて、「スーツすら買わなかった」んで「就活ができな」かったんでしょ。初めから「就活」なんてする気はなかった。でも、じゃあその代わりに何か自分の才能を生かして仕事を探すかっていえば、自分にはそんな才能はなかった。

 で、2014年の6月頃、ツイッターで「アシスタント探してます」ってツィートしたイケダ氏のところに連絡したってのが矢野氏とイケダ氏の出会いだったそうな。で、2015年にイケダ氏が2年くらいは面倒見るよっていうことで、アシスタントになったらしい。

 だからイケダハヤト氏から

『あれから1年経ちましたが、なんとまぁ、大きく成長したものよ!文章はまだまだ下手で、この書籍も全面的にぼくがリライトしてますが』

 なんて書かれちゃうんだよなあ。

 まあ、でも

『すっかり地域のキーパーソンになっています』

 と言われているんだから、それなりに成長はしてるんだろう。

 で、その矢野大地氏による「田舎生活の知恵」ってのがある。

『おまけコラム:「地方移住したい!」という人に伝えたい7つの真実。

①「便利」ではない。
「何かしたい、何かを買いたいと思ったときに、すぐソコにない」というのは、田舎の不便なポイントでしょうね。

②車を持つのは当たり前。
 人にもよるし、場所にもよるんですが、公共交通機関が格段に少ないです。

③形ある仕事は選べない。
 実際に求人をしてる会社なんかは全然あるんですが、それが自分がしたい仕事かと言われれば疑問が残るような感じですね。

④独特の文化も未だに残っている。
 たまに”これって意味あるの?”みたいな感じのイベントもあるので、全部に参加しないといけないっていうのは正直つらいです(笑)

⑤個の強みが重視される。
 強みや行動力のない人は、いつまでたっても「よそ者扱い」を受けがちなので、厳しい環境なのかなとも思いますね。

⑥教育環境を選べない。
 希望する教育を受けたいのなら、高い交通費・高い下宿料を払って、「教育を受けにいく」しか選択肢がないんですよね。

⑦ローコストな生活が当たり前ではない。
 正しくは”ローコストな生活が選択できる”というだけです』

 とまあ、そんなことは分かっている。

 というか分かっているから、私たちは老後は東京のそれも都会のマンション暮らしが一番なんじゃ、って考えているのだ。

 階段の上り下りもないし、生活に必要なものはそぐそばで手に入るし、どこに行くのも近いしってわけでね。むしろ、田舎暮らしをしたいなら、それは若い間にやっていた方がよいのかもしれない。

 よく、老後は田舎暮らしをしたいと考えているシニアの人たちがいるようだが、自分が昔幼いころ住んでいた田舎に帰るんだったらまだしも、初めて行くような場所に田舎暮らしをするのだけはやめなさい、と言っておきます。

 大変ですよぉ。

2016年6月13日 (月)

アメフト東大vs.中大、ん? なんかいい予感が? 

 5月5日のTOP 8 明治大戦を16対13で破り、5月28日の京都大対抗戦でも42対7で破った東大ウォリアーズ。昨日はやはり関東TOP 8 の中央大学戦だ。

 中央大学のキックオフ、東大のレシーブで試合は開始。

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 しかし、東大のオフェンスが弱く、結局パントで攻撃を終わる。

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 ところが、東大のディフェンスの強いことったら強いこと。かなりロスタックルを奪ったりして、中大の前進を阻む。

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 で、結局第1クォーター(Q)は中大フィールドゴール(FG)で終わり、東大0vs.中大3で終える。

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 第2Qも東大ディフェンスは冴えていて、中大の45回目の攻撃はやはりFGを選択するんだが、これも東大のブロックでもって追加点を許さない。

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 しかし、第2Q終了間際、中大#44のタッチダウン(TD)を許して、前半戦は0-10で折り返し。

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 後半は東大のキックオフでスタート。

 ここも東大の好守に守られ、なかなか中大はTDを奪えずに、FGで3点を加えるのみ。

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 第4Qに至り、やっと東大オフェンスも目が覚めたか、#19野金がパスキャッチ後に中大ディフェンスを引きずる力強い攻撃を見せると、最後はクォータバック#16松下が自ら走り込んでTD。当然、トライフォーポイント(TFP)も決めて、13-7とする。あと1TDで逆転だ。

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 その後の中大の攻撃をインターセプトして、再び東大に攻撃権が帰ってくる。

 で、今度も#16松下が無理やり押し込んで2つ目のTD。これで同点。当然、その後のTFPも決めて、14-13と逆転。

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 残り39秒からの中大の攻撃は、とにかくFG圏内までボールを進めて、FGで逆転という作戦。そんなことはご存知の東大ディフェンスはとにかくパス・ディフェンスに徹して、結局、45フィートのFGに挑戦しなければならなくなった中大。しかし、このFGは決まらず、14-13で辛勝した東大であった。

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 しかし、勝ちは勝ち。明治大戦に引き続き TOP 8 のチームに勝ったということは、この秋リーグ戦の後には、もしかするとTOP 8 との入れ替え戦が待っているかもしれないということ。

 TOP 8 も、日大、法政、早稲田、慶応以外の4校は団子状態だから、 いつでもBIG 8 から上がってもいい状態ではある。

 まあ、問題はオフェンスだな。今年の東大の夏合宿のテーマは「オフェンス力の増大」と「デフェンスの安定」だろう。

 まあ、秋のリーグ戦が楽しみになってきたのは事実。

 頑張れ東大! 中大!

NIKON D7000 AF NIKKOR 70-300mm f1:4.5-5.6 G @Amino Vital Field Chofu (c)tsunotomo

2016年6月12日 (日)

『中国メディア戦争』から見えてくるもの

 まあ、やっぱり問題は習近平政権の強圧的な政治運営が、近いうちに問題になるのだろうし、しかし、その一方で強圧的な政治運営をしないと汚職などはなくなっていかない、っていうこともあるんだろうなあ。

 勿論、共産党政権での下での資本主義経済運営っていうもの自体が無理があるんだけれども、社会主義経済が既にソ連の崩壊でもって証明されてしまっている以上、そんな無理をしてでも国家を成り立たせるためには取り入れなければならない方策なんだろう。でもやはり無理があるものは無理がある。

 で、そんな共産主義政権下のメディアなんだけれども……。

Photo 『中国メディア戦争~ネット・中産階級・巨大企業』(ふるまいよしこ著/NHK出版新書/2016年5月10日紙版刊・5月31日電子版刊)

 勿論、メディアというものが、基本的にその目的を「国家の悪事を暴く」というスタンスを持ってしまっているものである以上、国としてはそれに対抗しなければならない、というのは別に共産党政権でなくともあるわけだ。当然、我が国の政権だって高市早苗総務大臣の「電波法76条に基づいて電波停止を命じる」発言なんかがあるわけで、これは「言論の自由」というものが認められている我が国においても、「言論統制ができる」というトンデモ発言なわけなのだが、共産党の一党独裁国家においてはそれがもっと「一気通貫」でもって通されちゃうってことなんだなあ。

 そこで面白いことが起きた。アリババというのは今や中国を代表するような大企業なんだが、その企業を巡っての話だ。

『アリババもすでに中国を代表する巨大企業となった。ITをビジネスのバックボーンにしているという意味でも非常に象徴的である。だが、「アリババ(=中国企業=中国政府の手下)」対「SCMP(=英字新聞=西洋的ジャーナリズム)」という図式は、本当に的を射ているのだろうか。もし「中国を代表しているから中国政府の手下」なら、そんな企業に資金調達の場を提供したニューヨーク株式市場は、共産主義の資金集めの場といえなくもない』

『アリババは中産階級とともに成長し、彼らに支えられてきた。もし、中産階級が「仇富心理」を本格的に抱くようになれば、彼らはアリババのサービスから離れ始めるはずだろう。だが、それは今のところ起こっていない』

『一方で、知識人やメディア関係者がアリババを語るときにひっかかっている点があるのも事実だ。「無界新聞」の立ち上げである』

『「無界新聞」は著名コラムニストなど一〇〇人以上の記者や編集者を集めて華々しく、二〇一五年四月にサービスを開始した。そんなセンシティブな土地における国策に深く関わるメディアに参加しているアリババ。そこに、「権力者」におもねようとしているのではないかと疑念を抱く人たちもいる』

『二〇一六年三月、その「無界新聞」に、なんと海外の反中国サイトに掲載された、習近平に辞職を迫る公開書簡が転載されたのである。

 書簡に挙げられた「辞職すべき理由」は主に以下のようなものだ。
●政治 民主を集めて核心とする党の委員会集団指導の原則を捨てて、権力を過剰に集中させた。
●外交 鄧小平同志の「韜光養晦」(才能を隠してひけらかさないこと)という一貫した方針を捨て、盲目的に手を出し、良好な周辺国際環境を作れていない。
●経済 中央財経経済指導小委員会を通じてマクロ及びミクロ経済政策に手を直接出した結果、株式市場、不動産市場に激震をもたらした。
●思想文化 「メディアの姓は党」を強調し、人民側に立ったメディアを無視して、全国を驚愕させた。(中略)妻の妹を中央電視台の春節晩会(中国版の「紅白歌合戦」)の製作責任者とし、皆が大好きな春節晩会を個人の宣伝ツールに仕立てあげた。』

 まあ、こんな記事をサイトにアップしたって、当然、すぐに削除されちゃうんだけれども、その削除される前にそれを読んだ読者たちがすぐに別のブログやサイトにコピペしちゃうのが今の中国のメディア事情らしい。まあ、イタチごっこって言えばイタチごっこなんだけれども、その繰り返しが結局サイトに載ったニュースがいつまでたってもなくならないってことらしい。

『多様な市場メディアが登場したとはいえ、社会生活のすべてに口と手を出す「大きな政府」の社会主義制度下において、メディア関係者が実際に目にしたことを正式に記事にできないこともまだまだ多い。真実を伝えようと正義感に燃えるジャーナリストたちは、取材中に見知った話を伝える手段をブログ(博客)に見つける』

『自身が所属するメディアで発表した記事をそのまま個人ブログに転載する記者も現れた。日本からすると奇異に思えるこの手法は、中国ではあっというまに受け入れられた。そこには中国らしい背景がある』

『そこで使われる「コピー・アンド・ペースト」、つまり「コピペ」も中国独特の役割を発揮した』

『厳格に言えば、著作権的には大きな問題である。だが、もともと無料のブログサイトで公開された記事が、彼本人の名前が冠された別ブログで無料公開されているということに、彼自身もそれほど頓着している様子はなかった』

『中国におけるコピペといえば海賊版問題としてよく知られている。実際に中国国内の著作権に対する意識は、世界的なビジネス環境における意識とかなり大きな隔たりがある』

『問題は、中国が市場経済を取り入れているものの、その背景には長らく続いた社会主義国の習慣と考え方がまだ色濃く残っているということだ』

『そのような社会で育ってきた人々にはコンテンツ利用に著作権が発生するなどまったく想像外であり、コピーの手段が簡便になればなるほど、人々はそれに群がった。そして市場経済が導入されると、コピペを金儲けに使い始めたのだ』

『「コピペ」が多用される背景には、もう一つ、この国では伝統的に、「模倣する」という行為には、原典への尊敬の意味が込められていることもある』

「著作権」という「個人に発生する権利」なんて発想のない社会では、なるほどディズニーランドやドラえもんを「模倣する」のは当たり前という考え方なんだな。と、同時にそれを強みとして捉えて、それを社会運動にまで発展させようというのが「コピペ」なんだなあ。

 まあ、こうしたメディアの動きだけで共産党政権が倒れることはないだろうけれども、少なくともその「きっかけ」にはなるのかもしれない。

 習近平さんとしては、「甘くしては、自身の政権が揺らぐ」ということになるし、しかし「厳しくしすぎてしまっては、やはり深く浸透したこうしたメディアの動きでもって立場が危うくなる」ってわけで、う~ん、それはそれで大変だ。

 まあ、一党独裁なんて辞めちゃえば気楽なんだけれどもね。

『中国メディア戦争~ネット・中産階級・巨大企業』(ふるまいよしこ著/NHK出版新書/2016年5月10日紙版刊・5月31日電子版刊)

2016年6月11日 (土)

POLAR loop と Fitbit Flex の2個使いをしているわけなんだが

 6月7日のブログの通り「POLAR loop と Fitbit Flex の2個使い」をしている訳なのだが……

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 昨日、横浜を歩いている時に、例のFitbitの10,000歩を知らせる微振動があったので、早速POLAR loopを開いてみると、なんと8,374歩しか歩いていない。ちなみにiPhoneのヘルスケア・アプリを開いてみると10,052歩だ。

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 10,000歩対8,374歩っていうと、16.26%の誤差ということになる。勿論、メーカーが違うということは、当然それに内蔵されている加速度センサーのメーカーも異なってくるわけなので、メーカーによる誤差というものは生まれてくるのは当たり前だ。としても、16.26%ってのはちょっと誤差がありすぎ? っていう感じがしてくる。もう、公差の範囲を超えてるよね。

 で、今これを書いている状態での各デバイスの状況をいうと。

 POLAR loopが歩数13,403歩、距離7.62km、消費カロリーは1,868Kcal。

Polarloop2

 Fitbit Flexは歩数16,065歩、距離11.47km、消費カロリーは2,453Kcal。

Fitbitflex2

 iPhoneのヘルスケア・アプリは15,906歩、10.82km。

Iphone

 やっぱりPOLAR loopとFitbit Flexでは歩数で16.57%違ってきている。距離でいうと33.56%、消費カロリーでいえば23.85%。これってとんでもない差だよね。

 う~ん、こうなっちゃうとどちらを信じればいいんだろう。まあ、iPhoneのヘルスケア・アプリがFitbit Flexの値に近い数字が出ているので、こちらの方が実態に近いのかな。まあ、それを確かめるにはほかのNikeやJawbone、Apple Watchなんかも試してみて、それらを比較検討して何を自分の標準のウェアラブル・ヘルス・デバイスにするか決めればいいんだけれども、そこまでするかぁ。

 ということなので、まあ当分はこのPOLAR loopとFitbit Flexの2個使いを続けますけれどもたぶん、体重管理もしたいので、それのあるFitbit Flexの方に感じとしては傾いていくんじゃないか、という気がする。歩数も多く表示されるしね(つまり楽できる)。

 まあ、またまたどこかでこのPOLAR loopとFitbit Flexの2個使いの報告をします。

 まあ、おおよその予測はつきますけれどもね。

2016年6月10日 (金)

バスタ新宿、ご利用の方は早めにトイレを済ませてください

 4月4日に開業した新宿駅南口直結のバスターミナル「バスタ新宿」。

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 開業1ヵ月でこのターミナルの利用客は約56万人と、成田空港の国内線利用客に匹敵する数だそうだ。まあ、成田空港あたりの巨大国際空港における国内線利用客だからたいしたことはない。というか、成田空港で「そんなことが」問題にはなっていないのだ。

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 ターミナルの中はこんなチケットカウンターや……

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 INFORMATIONなんかがあって便利そうなんだけれども。

 ちょっとした問題が起きているようだ。

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 つまりそれがトイレの少なさ。

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 バスターミナルに2ヵ所、しかも1ヵ所に女性用は4つしかない(問題はこっちだろうな)。

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 バスターミナルのワンフロア下3階にはタクシープールと東京都がやっているTourist Information Centarがあるんだが、ここにトイレが1ヵ所。

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 つまり、1日2万人が利用するバスターミナルなんだけれども、トイレの数が3つ、女性用は全部で12ヵ所しかないんだなあ。全部埋まっても12人しか使えない。

 で、バスの出発時刻は迫る、でもトイレは長蛇の列、しかしバスの出発時刻は迫る……、ってことで困っている女性客が多いそうだ。基本的に高速バスや長距離バス用のターミナルなんで、トイレ付きのバスに乗れればいいんだけれどもね。

 まあ、4階のトイレが満員だった時のために「3階にもあります」という貼り紙がしてあるんだけれども。

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 まあ、取り敢えずは早めに行って、用を足すってことしか対策はないようで……。

NIKON Df AF NIKKOR 24mm f1:2.8 @Shinjuku (c)tsunoken

2016年6月 9日 (木)

写真に「意味」はない

 写真には「意味」はない、というのが私の考え方だ。

 写真に「意味」を求めてはいけない。

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 例えばこの日、私は東京駅でJRを下りて、銀座、築地、勝鬨、月島って具合にほっつき歩きながら写真を撮ってまわったんだけれども、その写真に意味があるのかと言えば、その「ほっつき歩き」に意味がないのと同様、写真にもまったく「意味」はない。

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 じゃあ、「意味」がある写真ってのはどういうものなのだろうか?

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 例えば報道写真なんかは数少ない「意味」のある写真なのではないだろうか?

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 とはいうものの、その「意味」は写真に添えられたキャプションがあるから「意味」があるのであって、キャプションから離れてしまったら、やはり写真には「意味」はないのである。

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 そこが、写真がほかの絵画などの「芸術」と分かつものなのである。絵画には「意味」がある。しかし、写真には「意味」はない。

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 じゃあ、写真には何があるのか?

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 写真にあるのは、撮り手が「確かに、その時間にその場所にいた」という証拠があるだけで、つまり写真に写っているものは、「被写体」ではなくて 、「時間」なのである。

 エビデンスは芸術たるや? 勿論、エビデンスは単なるエビデンス。芸術であるわけはない。つまり、写真は芸術になってしまってはいけないのだ。

 それが結論。

NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Ginza, Tsukiji & Tsukishima (c)tsunoken

 

2016年6月 8日 (水)

『年上の義務』なんて、実はないのだ

『年上の義務』って言ったって、別に義務なんてないんだろうと思うのだが、「やっちゃいけないこと」っていうのはあるんだろうな。

Photo 『年上の義務』(山田玲司著/光文社新書/2016年5月13日電子版刊・2016年4月20日紙版刊)

「義務」って何だろうと思うんだが、山田氏によればこうだそうだ。

『僕は、「年上の義務とは何か」について、いくつかの結論に達した。
 その中心になるのがこの3つだ。
「愚痴らない」
「威張らない」
「ご機嫌でいる」
 挙げようと思えば他にもいろいろあるのだけど、本質的なものはこの3つに尽きると思う』

 まあ、この程度であれば、別に私でも大丈夫だな。

 そもそも山田氏は本書を書いた理由が

『今の「老人中心の政治」が、経済、エネルギー、医療、環境など、すべての問題を若い世代に押し付けて、逃げ切ろうとしていることに心底腹が立っているからだ』

 ということだそうで、確かに年金や社会保障、待機児童問題やデフレのことなんかもすべて「先送り」で目前の選挙対策しかやっていない日本の政治家(別に自民党だけじゃなくて民進党なんかもすべて同じ)や、エスタブリッシュメント層には、前期高齢者目前の私だって腹を立てている。

「団塊の世代」対策ばっかりで高齢者にいかに再分配をするかということばっかり考えて、若者層に対する対策を一切断ち切っている日本の政治のツケがやがてやってくることは明白なのに、それに備えようとせずに、そんなことが来る前に自分の議員年金のことだけを考えているような「老害政治家」には確かに腹が立つ。

 しかし、問題はそんなエスタブリッシュメント層に腹を立てて、文句を言っているだけじゃダメなんだ。むしろ、若者層からエスタブリッシュメント層を打ち破る有効な手立てを考えた方がいいんじゃないんだろうか? 例えば、今年の参院選から始まる「18歳選挙権」をいかに自分たちのために行使するかというのは、実は一番有効な手立てかも知れない。

『現代の結果至上主義の世の中では、もはや「年上なら誰でも神になれる」なんていう呑気な考え方はとっくに終わってしまっている』

『「老害」と言われる年長者たちは、「俺たちの時代はこうだった」と、自分の昔話(自慢話)と、現代の状況を比較し、「だからお前たちはダメなんだ」といって、すでに役に立たなくなった、かつての「やり方」を押しつける』

『過去の成功体験にとらわれたまま何も起こせない年長者は、進化が急速なパソコンにたとえるならばいまや時代遅れのWindows95のように見えるだろう。あれだけ熱狂的に買われたWindows95だが、今や「使えない」ガラクタとしてあつかわれている』

『そんな「Windows95おじさん」が、自分はまだ「最新」だと思い込み、自分は若くて価値があると勘違いしているとしたら、なかなか恐ろしい』

『最悪なのは「年上」たちが、その「スルーされていること」にすら気づかないことだ。ついには「最近の若いヤツは何考えてるかわからない」と言い出すのだ』

『つまり、「若いヤツ」がわからない人(心を開いてもらえない人)とは、「尊敬されていない人間」ということなのだ』

 まあ、「年上」が「年上だというだけで」尊敬されない時代ってのは、もう既に私たち(1951年生まれ)の時代からあったわけで、別に新しい動きでも何でもない。要は、下の世代は常に上の世代を追い落とすように動いている訳で、別に「上下関係」が固定化されている時代なんてものはなかったのであります。

 つまり

『「年長者は絶対である」という江戸以前からの儒教的教えが体育会系のノリとして残ったこの国では、「年上」というだけで、逆らうことはできないのだ。
 しかし、どんなに人間的に未熟でも、「年上というだけで偉い」ということになっているというのは、考えてみるとおかしな話だ』

 なんていうことは、以前からあり得ない話であり、最近そのように感じることが多いのであれば、多分、それは「団塊の世代」の「のさばりよう」なのであると思う。

 そんなのどんどん無視してスルーしちゃえばいいのである。何も年寄りの言うことを聞く必要はないし、単に先に生まれただけの人がなんでそんなに偉いのか、なんてことに腹を立てる必要なんてないのだ。

 山田氏よ

『いろんな問題が深刻化しているはずなのに、本質に迫る突っ込んだ議論がテレビから聞かれなくなった。昔はたくさんいたように思えた「政府や企業を批判する人」が、少しずつテレビから消えていったように多くの人が感じていた。
 一方ネットでは、「工作員」と呼ばれるアカウントが、何かに対して批判したり、疑問を呈したりしている人を見つけては攻撃している、という匿名の情報が流れていた。
 すべてが曖昧なまま放置され、社会に不穏な空気が漂いはじめた。
 この時「かつて日本を支えていた年長者が作った社会」が、完全に、信用を失ったのだ』

 とご自分でも書いているではないか。なので、そんな年長者なんて無視、無視。

 年上のことなんか気にしないで、年上のバカなんかにかまって、腹を立てるよりも、好きなことをやっていればいいのであります。その方がよっぽど精神衛生上はいいのじゃないか、と思うんだけれどもね。

『年上の義務』(山田玲司著/光文社新書/2016年5月13日電子版刊・2016年4月20日紙版刊)

2016年6月 7日 (火)

Fitbit Flexがやってきた。で、どうなの?

「Fitbit Ultraがやってきた。で、どうなの?」というのは2012年9月30日の私のブログなんだが。その後、ウェアラブル・ヘルス・デバイスとしてはFitbit Flexを経て、現在はPOLAR loopを使っている。

 POLAR loopが面倒なのはいちいちUSBケーブルでパソコンにつないで、POLARと同期しなかればならないこと。まあ、それは別にそんなに大変な作業ではないので、構わないのだが。有線でデータのやりとりをするので、うまくつながらないことがあるってこと。その辺はFitbitはワイヤレスのWiFiでデータのやりとりをするので、確実にFitbitにつながるので便利ではある。

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 さらにiPhoneのヘルスケア・デバイスとの数字の違いがかなり大きいということ。今これを書いている時点でのiPhoneのヘルスケアのダッシュボードでは11,842歩あるいたことになっているんだが、POLAR loopでは10,824歩。ということでiPhoneに比べると、POLAR loopの方がかなり数値が低いんだなあ。

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 まあ、会社によって機器の設定は異なるのは当たり前なんだけれども、ちょっとその差が大きいかなという気にはなる。

 更に、POLAR loopだと歩いている最中にも歩数をしることはできるが、歩数で100%となるには12,800歩くらい歩かなければならない。Fitbitだと途中で歩いた数は分からないのだが、10,000歩で「ビビビ」とデバイスが震えて教えてくれて、なおかつ10,000歩あるくと「Cogratulation !」と誉めてくれるんだなあ。12,000歩はちょっと歩きすぎではないかと思うんだが……。

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 で、再びFitbit Flexにしようかと思ってAmazonに注文したら、今は日本の代理店ができたようで、一番上の写真みたいな日本語の入ったパッケージに入っていて、日本語の使用説明書が入っている。ただし、問題は正規輸入品はソフトバンクに登録しなければならないということ。ソフトバンクがサービスしていなかった時からのFitbitユーザーは無視してるんだなあ。別に、日本語サイトがないとダメっていう人は初めからFitbitなんか使ってないとも思うんだがなあ。

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 まあ、取り敢えずFitbit社のデータも前のまんま残っているので、早速今からでも使える。

 さて、充電が終わったら、しばらくはPOLAR loopとFitbit Flexの二個使いをしてみて、その結果を報告しますね。

 どーしたもんじゃろうのう。

 えっ? 使う場所が違うだろって? う~ん、まあそうですが。

 

 

2016年6月 6日 (月)

ツアー・オブ・ジャパン最終東京ステージ、新城の逃げ決まらず!

 昨日はツアー・オブ・ジャパン2016最終第8東京ステージが行われた。

 11時に日比谷シティをスタートして、11時12分頃にはもう大井埠頭に着いてしまう。う~ん、速っ! 我々のヘタレ足だと30分くらいはかかるもんね。まあ、信号を守って走っているという違いはあるが。

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 で、大井埠頭の周回コースに入るとすぐに新城幸也を含む10人の逃げ集団が形成される。

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 2月のツアー・オブ・カタールで落車し左脚大腿骨骨折したとは思えない大活躍。これには新城幸也のファンも大喜び。

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 10人の逃げ集団は入部正太朗(シマノ)、サム・クローム(アヴァンティ)、アルヴィン・モアゼミ(ピシュガマン)、鈴木譲(宇都宮ブリッツエン)、エイドリアン・ヘギヴァリ(ユナイテッド・ヘルスケア)、内間康平(ブリジストン・アンカー)、秋丸湧哉(シマノ)、新城幸也(ランプレ・メリダ)、メヘディ・ソフラビ(タブリーズ)、ホセヴィセンテ・トリビオ(マトリックス)で形成。

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 新城も時には先頭を走り好調な様子。前日の伊豆ステージ優勝に引き続き連勝か? と、思わせる瞬間。

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 10名による逃げは最大2分40秒まで差がつく。

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 が、残り1周になって集団とのタイム差は1分になり、先頭集団から新城を含む3人が脱落。そのまま集団が先頭を吸収して、いつもの東京ステージみたいに集団スプリントかと思われたのだが。

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 吸収されずに先頭集団のゴールスプリントを制したのはサム・クローム(アヴァンティ)だった。

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 ということで、堺ステージ、美濃ステージに続く、アヴァンティのツアー・オブ・ジャパン2016、3勝目となった。

 なお、全8ステージの総合優勝はオスカル・プジョル(チーム右京)、ポイント賞はピエロパオロ・デ・ネグリ(ニッポ)、山岳賞はミルサマ・ポルセイェディゴラコール(タブリーズ)、ヤングライダー賞はダニエル・ホワイトハウス(トレンガヌ)、チーム賞はタブリーズ(イラン)、日本人最高位は宇都宮ブリッツェンの増田成幸の10位、新城幸也は12位だった。

 それにしても、ツアー・オブ・ジャパンのイランチームって強いなあ。

NIKON Df SIGMA DG 150-500mm f1:5-6.3 APO HSM @Oi Wharf (c)tsunoken

2016年6月 5日 (日)

『壇蜜日記0』知性のあるエロっていいですね

 たぶん『壇蜜日記』が売れたので『壇蜜日記2』を出して、それも売れたので「ご褒美」ということで出した電子書籍なんだろうか。

 面白いのはこの表紙写真。『壇蜜日記』の文庫版表紙ではイラストで描かれていたものを、今度は実写で見せている、っていうのがいかにも電子版って雰囲気?

Photo 『壇蜜日記0』(壇蜜著/文春e-Books/2014年12月20日)

 しかし、この壇蜜さんって結構アタマがいいんだろうなあ。昭和女子大学の付属小学校からそのままエスカレーターで大学まで行って、教員資格をとったけれども銀座のホステスから葬儀社まで多種の職業に就いたわけ。結局『まだフリーのときに、『SPA!』の素人が応募するグラビアコーナーに出ることになって』っていうのが、セクシータレント「壇蜜」の誕生のきっかけ。

「サンデージャポン」などのテレビの生番組なんかでは普通の的確発言をするんだけれども、文章においてはキチンとその「セクシータレントが書いた文章」っていうコンセプトをしっかり守ってるんですね。

 その辺、自分に求められている「個性」をわかっていて、それにそって文章を書けるっていうところが「アタマの良さ」なんですね。

 本書は『週刊文春』の「原色美女図鑑」、「この人の月間日記」(これが『壇蜜日記』を書くきっかけになった)、「阿川佐和子のこの人に会いたい」、『オール読物』の桜木紫乃さんとの対談を収録したものななのだけれども、そこからいかにも「壇蜜」っていう発言を拾ってみました。

『夕方、ウェブで買った荷物が届く。家具だったため取り付け要員のような若い殿方が二人来た。両者小柄でよく日に焼け、おまけに少し無愛想。造形的に小柄で瘦せ型の体型は官能的に感じるため、「取り付け以外のサービスも行き届いていて誠によかった」とうっかりレビューに書きそうになって止める』

『前乗りお願いしますと言われたら何と応えるのがスマートかを考える。やはり私も人の子、せっかくなので「大事に乗ってね」と人情に訴えたいところだ』

『「このソファで、お尻とビキニラインを見せる感じで撮りたいんだけど」と言われて、「じゃあ、このポーズ。次はこのポーズ。どう? まだなんか撮ります?」という感じでした』

『だけど、「DVDを出さない?」とか「雑誌はどうですか?」とお誘いがあって、私はTバックを穿いたり、手で自分の胸を隠して撮られたりするのがさほど嫌ではなかったので……。私、そこだけ、どこか壊れちゃってるんです(笑) 』

『一つ一つ全力でお手伝いするというスタンスを守っていこうと思います。で、グラビアアイドルとしてだましだまし出続けて、気づいたら五十だった、って感じにしたい(笑)』

 う~ん、50歳のグラビアアイドルってちょっと怖いけど、見てみたい。

『結局、話せばわかるという理屈がまかりとおっていたら、五・一五事件で犬養(毅)さんは死んでないと思うんです』

『ナウさはいらない、ダサくあれ。ダサくないと受け入れられない。古臭く』

『私はフェイスブック、ツイッターは自分の濃度が薄まるものだと思っているので、ブログだけに絞ってやっています。LINEもやりません。相手の既読・未読でじれるのが嫌なんです』

「ちなみに今日はパンツを穿いてらっしゃるんですか」という桜木さんの質問に対しては。

『穿いてます。以前は常に気合を入れるために脱いでいたんですが、今は着替えの間、衣装さんがずっと見ているので脱ぎにくい。でも今でも「壇蜜は常にノーパンだ」と信じていらっしゃる方もいて。ユーモアとしては信じていてほしい部分もあるんですけど(笑)、ときおりやっぱり、信じられすぎてつらいときもあります。申し訳ないです』

『とくに日記というものは、女流文学の基礎の部分にある気がして、私にとってもいちばん身近ですね』

 最後に、これは前にも収録したことがあるんだが、とても気に入っている文章なので再録。

『番組収録を控えて支度をしている際、ひょんな話の流れからスタッフの方々と「欧米人にはアンダーヘアが無い人が多い。手入れをしているらしい」という毛バナシになった。私は東洋人だがアンダーヘアがない。生まれてから12年ほど経過して、31歳を迎えるまでのおよそ20年の付き合いだったあの毛に昨年別れを告げた。明確な理由特になく、無いほうがいいだろうという脱毛サロン店員の謎のお告げを受け入れた。プライベートで事前に説明をせずに脱いで営む際、どれぐらいの割合で驚くのだろうか。もうそんな統計を取れるほど男性に抱かれる予定も意欲もないのだが』

3 いいなあ、壇蜜さん。

『壇蜜日記0』(壇蜜著/文春e-Books/2014年12月20日)

2016年6月 4日 (土)

6月の六義園のテーマは「サツキ」と「アジサイ」

 6月の六義園のテーマは「大名庭園でさつきと和のあじさいを楽しむ」というもの。

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 週末は染井門(JRと地下鉄の駒込駅から近い方)も開いています。

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 おおっ、見事なサツキ!

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「えっ? これはサツキじゃなくてツツジでしょ」なんて言っているアナタ。認識が間違ってますよ。サツキはツツジ科の植物なんだが、他のツツジより1カ月ほど遅れて、旧暦の5月、つまり皐月に咲くのでサツキと名付けられたんですねえ。別名「サツキツツジ」とも言います。

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 で、こちらがアジサイ。まあ、こんなアジサイは道路の脇にも、白山神社にも多く見られるんだけれども、六義園のはちょっと違うんですね。

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 上の写真のような密集した咲き方をするアジサイよりは、下の写真のような可憐な感じの花が咲くのが六義園のアジサイの特徴。ガクアジサイとかホンアジサイと呼ばれています。もともとこちらの方が日本固有種なので「和のあじさい」なんですね。

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 ということで、好天に恵まれた六義園からお届けしました。

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NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Rikugien Bunkyo (c)tsunoken

2016年6月 3日 (金)

『言ってはいけない』ことは、堂々と言いましょう

 いわゆる「人と人を差別をしてはいけない」というリベラルの立場の人たちの発言は、現実を重視していない「お花畑の発想だ」というのが本書の趣旨。問題は、本来は自然科学の結果をしっかり受け入れて、それでなおかつ人々の幸せを願うのが、本当のリベラルなんじゃないだろうか、というのが、多分橘氏のスタンスだと思うんだが。

Photo 『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(橘玲著/新潮新書/2016年4月22日刊)

 まえがきに曰く。

『世界は本来、残酷で理不尽なものだ。その理由を、いまではたった1行で説明できる。

 ひとは幸福になるために生きているけれど、幸福になるようにデザインされているわけではない。

 私たちをデザインしているのは誰か? ひとびとはこれまで、それを神と呼んでいた。だが、ダーウィンが現れて、「神」のほんとうの名前を告げた。それは″進化″だ。
 ダーウィンの「危険な思想」は、100年経ってもほとんど理解されなかった。1930年代になってようやくメンデルの遺伝学が再評価され、進化の仕組みが(まがりなりにも)説明されるようになったが、不幸なことにナチスによって誤用され、ユダヤ人やロマ(ジプシー)、精神病者など「遺伝的に劣った種」の絶滅を正当化する優生学になった。悲惨な戦争が終わると、「進化論は自然や生き物の不思議を研究する学問で、知性を持つ人間は別だ」という″人間中心主義(ヒューマニズム)″が政治的に正しい態度とされるようになった。
 だが1950年にワトソンとクリックがDNAの二重らせんを発見し、生命の神秘の謎を解く鍵を手に入れたことで、ダーウィンの進化論は大きくヴァージョンアップした。動物行動学(エソロジー)は、チンパンジーなど霊長類の観察を通じて、ヒトの生態の多くが動物たちと共通しており、私たちが「特別な種」ではないことを説得力をもってしめした。こうして進化生物学・進化心理学が誕生した。
「現代の進化論」は、こう主張した。

 身体だけでなく、人のこころも進化によってデザインされた。

 だとしたら私たちの喜びや悲しみ、愛情や憎しみはもちろん、世の中で起きているあらゆる出来事が進化の枠組みのなかでりかいできるはずだ。このようにして現代の進化論は、コンピュータなどテクノロジーの球速な発達に支えられ、分子遺伝学、脳科学、ゲーム理論、複雑系などの「新しい知」と融合して、人文科学・社会科学を根底から書き換えようとしている』

 つまり、いくら努力したって、あるいは勉強したって、結局我々は、我々の先祖によってデザインされた人生を送るしかないってことなのだろうか。

 で、本書で『言ってはいけない』ことってなんだろうか。目次を拾うと……

Ⅰ 努力は遺伝に勝てないのか
 1 遺伝にまつわる語られざるタブー
 2 「頭がよくなる」とはどういうことか――知能のタブー――
 3 知識社会で勝ち抜く人、最貧困層に落ちる人
 4 進化がもたらす、残酷なレイプは防げるか
 5 反社会的な人間はどのように生まれるか
Ⅱ あまりに残酷な「美貌格差」
 6 「見た目」で人生は決まる――容貌のタブー――
 7 あまりに残酷な「美貌格差」
 8 男女平等が妨げる「女性の幸福」について
 9 結婚相手選びとセックスにおける残酷な真実
 10 女性はなぜエクスタシーで叫ぶのか?
Ⅲ 子育てや教育は子どもの成長に関係ない
 11 私はどのようにして「わたし」になるのか
 12 親子の語られざる真実
 13 「遺伝子と環境」が引き起こす残酷な真実

 てな具合に、まあとりあえずは、我々の人生は先祖によってデザインされちゃってるんだから、「努力は無駄ですよ」って言っているようなもんだけど、橘氏だって早稲田大学に入るために努力したんだろうし、宝島社に入るためにも努力したんだろうし(う~ん、これはちょっと微妙だなあ)、今では文筆で生きていくためには多少どころの努力ではないと思うんががなあ。

 まあ、一番簡単だし、わかりやすいのは「 私はどのようにして「わたし」になるのか」という部分。

『わたしは、遺伝と環境によって「わたし」になった』

『わたしは、遺伝と非共有環境によって「わたし」になる』

 まあ、多少はホッとさせるのが、「わたし」は遺伝だけで「わたし」になるのではないってこと。遺伝とプラスして環境(非共有環境も含めて)によっても、「わたし」は変わってくるってことでしょうか。ここでいう「非共有環境」「共有環境」とは、家族など同じ経験を共有する環境を「共有環境」といい、近所の遊び友達とか、学校の友達とか会社の同僚とかの、同じ経験を有しない環境を「非共有環境」という。

『親は子どもの人格形成になんの影響も与えられないというのは、ものすごく理不尽な話にちがいない。だが子育ての経験があるひとならば、どこかで納得しているのではないだろうか。なぜなら、子どもは親の思いどおりにはぜんぜん育たないのだから』

 というところは説得力ある。本当に『子どもは親の思いどおりにはぜんぜん育たない』のは事実だ。しかし、そんな親の思い通りには育たない子どもでも、どう考えても親からの生き写しみたいなところ(それも嫌な部分でね)が出てきてしまうのは事実だ。

『子どもが親に似ているのは遺伝子を共有しているからだ。子どもの個性や能力は、子育て(家庭環境)ではなく、子どもの遺伝子と非共有環境の相互作用によってつくられていく。そしてこの過程に、親はほとんど影響を与えることができない』

『進化適応環境では、子どもたちは男女に分かれて年齢のちかいグループをつくり、年上の子どもが年下の子どもの面倒をみることで親の肩代わりをする。思春期を迎えるまでは、この「友だちの世界」が子どもにとってのすべてだ。
 このように考えれば、子どもの成長にあたって子育て(家庭)の影響がほとんど見られない理由がわかる。「友だちの世界」で生きるために親の言葉すら忘れてしまうなら、それ以外の家庭での習慣をすべて捨て去ってもなんの不思議もない』

 うーん、なるほどねえ。

 私も親の影響っていうよりは、友人関係とか先輩後輩関係の中で今の人生を作ってきたわけだし、我が家の子供たちもそんな感じだったなあ。

 子どもの特権だし、自分の子どもが我々の言うことを聞かないのも、子どもたちの特権というか、それをしもそれは子どもの成長の証だと考えれば、親としては納得できる。

 と、所詮「パンツをはいたサル」でしかない「人間」は思うんだなあ。

『言ってはいけない 残酷すぎる真実』(橘玲著/新潮新書/2016年4月22日刊)

2016年6月 2日 (木)

『プロブロガーによる「ブログ運営の教科書」初級編』ってのは、アマチュア・ブロガーでも参考になる

 5月12日に書いた同じイケダハヤト氏の『「置かれた場所で咲こう」と努力すると、最悪自殺します。』もそうなんだけれども、版元が「イケハヤ書房」って、要は一種の「自費出版」でしょ。書籍が電子化してKindleなんかだと、この辺のハードルが一段と低くなっている。

 まあ、電子化も一緒に出版契約で結んでしまう大出版社以外の出版方法だと、この「紙の本は出版社で、電子版は自費出版で」という方法論は、これからのトレンドになっていくのではないだろうか。

Photo 『プロブロガーによる「ブログ運営の教科書」初級編』(イケダハヤト著/イケハヤ書房)

 で、「人はなぜブログを書くのか」ということについて考えてみたい。

 イケダハヤト氏みたいな「プロブロガー」は、まあ「生活のため」ですね。ブログを書いて、そこに広告を貼り付けたり、アフィリエイトで稼ぐっていうことですね。それにしても、ブログを書いて年に2,000万円も稼ぐっていうのもスゴいな。

 じゃあ、私のように別にそれでお金を稼ごうというわけではない人にとってブログって何なんだろう。まあ、自己表現願望みたいなものだけれども、私もブログを始めて6年半くらい、毎日毎日更新するっていうことをやっていると、なんか「お仕事感覚」になっていって、ブログを更新しないと気持ち悪くなってしまう。

 私みたいな「アマチュア・ブロガー」でもそうなんだから、プロにとってみれば、気持ち悪いどころじゃないのかも知れないけれどもね。

 それにしても

『ぼくは毎日1万字の文章を書くようにしています。1時間に3,000字くらいかけるので、3~4時間は執筆に集中するイメージ 』

 ってスゴいよな。私のブログは今日のような「本」ブログで大体2,000字。写真ブログなんかだともっとずっと少ない。おまけにブラインドタッチができないし、ホームポジションもない私のタイピングでは2,000字書くのに1~2時間はかかってしまう。つまり毎日毎日1~2時間はブログを書くのに費やしてしまうわけだ。なので1日に記事は1本が限度。それ以上記事を書くのに時間を使ってしまっては、取材ができなくなってしまう。

 それにしても笑っちゃうのは

『が、「パソコン操作が苦手で、メールアドレスも持っていません」「ツイッターもフェイスブックもやっていません」「キーボード、打てません」というレベルの人は、多分買っても役に立たないので、レベルを上げてからご購入ください』

 っていうところ。まあ、大体そういう人がブログを書こうなんてことは考えていないので、この本も読むことはないだろう。

『ブログを書く上では、「HTML」を習得しておくことが望ましいです。 最近は小学校とかでも習うんでしたっけ?ぼくも中学生の頃にHTMLを勉強して、ホームページを量産しておりました』

『そんなわけで、2016年現在では、本格的にブログを運営したいのなら、基礎的なHTMLは学んでおくにこしたことはありません。 といっても覚えることはそう多くなくて、ここら辺を理解しておけば大丈夫です。

<p></p>:段落を作る
</br>:改行する
<a href="URL"<a>:リンクをはる
<a href="URL" target=_brank><a>:リンクを新しいタブで開く
<h2></h2>:大見出し
<h3></h3>:小見出し
<blockquote></blockquote>:引用
<img src="">:画像をはる
<li></li>:リストをつくる
<strong></strong>:太字にする』

 ってのは役に立つなあ。というか、私はそこまで知らずに書いていますけどね。

『ブログ運営を通して、自分を変化させましょう。 それは、何より、あなた自身を熱狂させます。 自分の変化の様子を、自分で楽しめるようなったとき、成長は一気に加速します』

『まずは「記事のタイトル」を決めてください。 それから、本文を書いて、最後にもう一度タイトルを見直してください。この順番で書けば、「ただの日記」を卒業できます』

『ぼくらの人生はネタだらけなんです。「ネタがない」という人は多いんですが、それは間違っていて、「ネタとして切り出す能力がない」んですね』

 あたりは同感・同感ってところでしょうか。別にそれはプロブロガーだけの世界じゃなくて、普通にライターなんかをやっていたら当然身に着く力なんだけれども、それは当然ブログでも同じで、毎日毎日ブログを書いていると、だんだんに自分についてくる力だ。

『ウェブでウケるテーマは他にもありまして、中川淳一郎さんの名著「ウェブはバカと暇人のもの(2009年)」にはこんなリストが提供されています。
1. 話題にしたい部分があるもの、突っ込みどころがあるもの
2. 身近であるもの(含む、B級感があるもの)
3. 非常に意見が鋭いもの
4. テレビで一度紹介されているもの、テレビで人気があるもの、ヤフートピックスが選ぶもの 5. モラルを問うもの
6. 芸能人関係のもの
7. エロ
8. 美人
9. 時事性があるもの』

 ってのはウケましたね。

 そうかイケダハヤト氏も『ウェブはバカと暇人のもの』には同感なんだな。

『プロブロガーによる「ブログ運営の教科書」初級編』(イケダハヤト著/イケハヤ書房)

2016年6月 1日 (水)

東京周縁部を往く・葛飾水元公園は今日から菖蒲まつり

 今日から金町にある水元公園で「水元公園葛飾菖蒲まつり」というのが始まるので、行ってきた。

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 前にサイクリングをよくやっていた頃に、江戸川サイクリングロードの脇にある水元公園はたまに行っていた。

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 元々、ここは古利根川の一部だったんだが、江戸幕府が利根川を銚子の方へ流れを変える工事をしたために、いらなくなった土地を小合村(1889年水元村に合併、1932年に葛飾区に合併)が江戸幕府の許可を得て埋め立てて耕作地として、水を蓄えて小合溜井と称して管理してきたというのが水元公園の前身。

 現在は利根川水系中川の支流である大場川から取水している。

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 とにかく広い! その広さ933,509.58㎡(93ha)っていうんだから、その数字を言われてもわからないくらい、広い!

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 公園の一部には香取神社なんてのもあるしね。

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 で、公園の図を見ると本当に広い! 私は昨日はBブロックの半分とAブロックだけを歩いたんだが、それでも歩数計をみると10,000歩。

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 で、なおかつその小合溜の向こう岸は埼玉県三郷市、こちらも敷地面積16haの県営公園ってんだから、その広さはちょっと想像できないくらい。

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 歩いていると立ち入り禁止のバードサンクチュアリなんかもあって、う~ん、これは石神井公園のバードサンクチュアリとはだいぶ違うな、ってことだけがわかる。

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 見てください。ここは水元公園の中央広場。周囲のビルなどはまったく見えずに、ここが「東京都」であるとは思えない。まるで北海道にでも来てしまったかのような気分なんですね。

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 あ、すいません。そうでしたね、問題は菖蒲、菖蒲と。

 まあ、全面的にではないですが、そこそこ花菖蒲が咲いています。

 菖蒲園もそうだし……

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 こちらの品種保存園のほうも大丈夫です。

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 安心してお出かけください。

NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Mizumoto Park Katsushika (c)tsunoken

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