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2016年5月27日 (金)

『貧困世代』という前に、まず意識改革から始めなければいけないんじゃないか

 うーん、日本はそんなにダメな国家になってきているのか。

『若者たちを取り巻く生活環境が急速に悪化している。
 非正規雇用の拡大、ブラックバイトやブラック企業、奨学金返還の延滞、国民年金保険料や国民健康保険税の滞納、実家暮らし、若者の高い自殺率、少子化など、次々にクローズアップされるテーマは、彼らが置かれた厳しい現状を物語っている』

『現代の若者たちは一過性の困難に直面しているばかりではなく、その後も続く生活の様々な困難さや貧困を抱え続けてしまっている世代であると指摘したい』

『実際に『下流老人』を読まれた方々からは、「俺たちの老後はもっと悲惨になるだろう」「今の高齢者でこんな状態なら、私たちはどうしたらいいのか……」という意見が多く寄せられている。『下流老人』の読者層の中には、現在働いている若い年代の人々も多く含まれていたのである』

 もうそうなっちゃうと、それこそ「1億総下流社会」みたいになっちゃうなあ。あ、まあ数パーセントの富裕層はいるわけだけれども、その人たちはその人たちで、日本を捨てて外国に移住しちゃうのかもしれない。となると、日本は世界にも珍しい「下流社会に生きている人」の国になっちゃうのかなあ。

 まあ、多分そんな時代には私はもう生きていないだろうから、どうでもいいんですけれどもね。っていう態度が『貧困世代』を育てちゃってるんだけれどもね。

Photo 『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(藤田孝典著/講談社現代新書/2016年4月1日刊)

『下流老人の実態をテレビ報道などで目の当たりにすればするほど、若者たちは老後を憂い、保身的になり、萎縮してしまう。自分自身もああなってしまうのではないかと、不安に駆られ、消費行動にそれは現れる。モノを買ったり、積極的に何かを学習するなどの「自分への投資」をできる資金を稼いでいたとしても、老後のためにせっせと貯蓄に走る。
 定年を迎えた時、年金がもらえるかどうか分からず、自分の生活の先行きも不透明で、禁欲的な生活を送らざるを得ない。しかしそのことで結局、精神的にも豊かな生活ができず、ますます若者らしい快適な生活ができないという悪循環に陥ることになる』

 なんて話を本書で読むと、本当にそんな世界があるのかなあ、なんて考えてしまうんだけれども、本書に書かれた真実を読むと、実はやっぱりあるんだろうなあ。

 我が家は幸い3人の子供の一番上の娘は幼稚園から大学院まで私立だったし、下の息子2人も中学から片方は高校まで私立、大学は国立だったけれども、一番下の息子は中学から大学まで私立、でなおかつ大学では1年ダブりっていう状態で、なおかつ運動部に所属していたのでバイトなんかはほとんどやってない状態だったにもかかわらず、まあ何とか大学は奨学金も借りずに卒業して、それぞれ既に独立している。

 1951年生まれの私は1975年に大学を卒業して、まあ途中いろいろあったけれども、2012年に定年で辞めるまで同じ会社に勤めたわけで、言ってみれば典型的な高度成長期のサラリーマンだった訳だ。それでも一番給料が大きかったのは40代後半のアニメ・プロデューサーをやっていた頃で、年収は2000万円位はいっていて、「おお、サラリーマンでも確定申告が必要なんだ」なんてことを意識していた時期があった。50代に入ってからは徐々に年収も下がってはきたのだが、それでも他業界の人たちに比べれば年収は多かったんだろうなあ。とりあえず、子供たちに生活の苦労は与えずに育てることはできた。まあ、幸せな世代だったんだろう。

『民間企業の労働者の平均年収は、1997年の467万円から2013年の414万円へ。一世帯の平均所得は、1994年の664万円から、2013年の529万円と激減している』

 という状態では、親が大学生の子供にも仕送りはできない。となると大学生の子供は奨学金を貰い、なおかつバイトをして稼がなくてはならない。私が大学生の頃もそれは同じだったんだが、金額が全然違うんですね。

 私が大学(私大)のころの授業料は年間12万円。これだってその前年までの6万円から倍増ってことで、だいぶもめたそうだが、まあ、そういう時代(それでも早稲田大の半分だった)。私は大学からの奨学金をもらい年間12万円を3年間受けていた。なので、合計36万円。こんなの当時のサラリーマンの月収からは簡単に返せる。で、バイトは日本テレビの報道局のアルバイトで月の収入は7~8万円は稼いでいたから、その奨学金とバイト代で充分生活ができていた、っていうか、私は実家暮らしだったから住居費は一銭もかからなかったけれども、しかし親からは一銭も貰わずに大学を卒業したという「誇り」を今でも持っている。まあ、今持ってても意味はないけれどもね。

 その時代と今では全然違うんですね。

『いま、国立大学の授業料は、年間53万円、初年度納付金は82万円。1969年と比べて、授業料は、44~45倍、初年度納付金は50倍以上。消費者物価は3倍にしかなっていないのに、授業料と初年度納付金は非常に値上がりしている』

 つまり国立大学に入れば年間の授業料なんて年間1万円ちょっと。当時は私立大の年間10万円以上ってのにもちょっとショックだったけれども、今や国立だって年間50万円以上の授業料を払わなければならないのだ。う~ん、確かに息子の国立大学の授業料を聞いた時には「ええ、そんなに払うの?」って多少はビックリしたけれどもね。

 でもまあ、我が家は別に富裕層でもなんでもない普通のサラリーマンだったんだけれども、なんとかなった。あとは子供の世話にはならないで妻と二人生きていけそうだ。まあ、あと何年かはわからないけれどもね。

 で、問題は本書でも基本的なテーマになっている『貧困世代』なんだが、基本はやっぱり「自分たちで声を上げる」ってことじゃないんだろうか。

「自助」「共助」「公助」っていう言葉がある。

「自助」というのは文字通り自分たち自身や家族で助け合う、っていうこと。「共助」っていうのは隣近所で助け合う、そして「公助」は地方公共団体などの助けを借りるっていうこと。これは災害救助の時などに使われる言葉なんだけれども、基本的には「自分が困った時に、どういう順番で人からの助けを受けるのか」っていうこと。

 つまりは基本的にな「自助」がまず最初になければならないってことなんだなあ。つまりは「自分から何かを発する」っていうこと。

『若者たちを取り巻く生活環境が急速に悪化している。
 非正規雇用の拡大、ブラックバイトやブラック企業、奨学金返還の延滞、国民年金保険料や国民健康保険税の滞納、実家暮らし、若者の高い自殺率、少子化など、次々にクローズアップされるテーマは、彼らが置かれた厳しい現状を物語っている』

 というのは確かだけれでも、そんな当事者がそんな状況を受け入れていてはダメってことで、まずその当事者が「これはおかしい」と声を上げることが大事なんだ。「ウチの会社はブラック企業だ」という時にはそのブラックぶりをちゃんと精査して、どこかの対応組織に自ら持ち来なければならない。

 ただし、私に言わせれば「ウチの会社」って言ってる時点で、ハッキリ言って、もうブラック企業に飲み込まれているけれどもね。日本人はなんで「ウチのカイシャ」って言うのかなあ。自分が株式を所有している会社を「ウチの会社」っていうのは分かるけれども、単に就職しているだけの会社を「ウチの会社」っていうのが、私には分からない。実は私は私が就職している会社を「K談社は」って言ったら、「お前なあ、そういう時は『わが社は』って言うんだよ」って叱られたことがあったが、私としてはいまだにその意味が分からない。K談社はあくまでも野間さんの会社であって、少なくとも「社員持ち株会」で僅かな株式を持っている私たちの会社ではないのである。

 まあ、取り敢えずブラック企業対策としては、そんな「ウチの会社」意識をまず払拭するところから始めなければならないね。

『貧困世代 社会の監獄に閉じ込められた若者たち』(藤田孝典著/講談社現代新書/2016年4月1日刊)

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