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2016年5月18日 (水)

朝霞市に「岡城」ってのがあるんだが

 埼玉県朝霞市に「岡城」っていうのがあるんだけれども、どうももともと「岡城」っていう名前の城じゃなくって、たまたま朝霞市岡三丁目にあるので、暫定的に「岡城」っていう名前になっているようなのだ。

Dsc_00182

 基本的に山城なので、駐車場を出るとすぐにこんな階段状の道になって山の上へ出るようになる。

Dsc_00152

 朝霞市が設置した「岡の城山由来記」というのがある。

Dsc_00142

 由来記には……

『この城山は今から約8000年~4500年位前の縄文時代の遺跡であるとともに、中世の頃に築城された平山城跡と言われている。
 この当時の城主や築城者は今のところ不詳である。この城は南北朝期、室町期、戦国期と各時代にわたって多くの武将を育み、応永の乱(1399年)や応仁の乱(1467年~1477年)等の大きな戦歴の跡を物語っていると言えよう。
 また、この城の特徴は自然の物理的要素を活かしたもので、城の北側側面は底地を流れる黒目川が取り巻くように走り、しかも舌状台地(台地の先端が下のような形になっているところ)上にあって、まさに天然の要塞を呈している。
 そして場内は「折れひずみ」と呼ばれる空濠と土畳によって区分けした廓があり、一ノ廓・ニノ廓・三ノ廓・四ノ廓・その外西側の虎口、堀切、北側の搦手口、南側の腰部、櫓台、犬走り等によって構成されている。
 このような形の城のつくりは「直線連廓式工法」と呼ばれている。
=朝霞市岡の城山総合調査委員会中間報告=より

 昭和五十六年一月十日
                 朝霞市』

 とある。

Dsc_00072

 一の廓には、多少高くなった場所に「物見櫓」があった場所が特定できているようだ。

Dsc_00082

 一の廓から橋を渡るとニの廓にでる。こちらの方が少し広い。

Dsc_00042

 で、その一の廓とニの廓の間の空堀がこれ。まあ、ちょっと「堀」というには、傾斜がなだらかだけれどもね、

Dsc_00052

 で、城(山公園)の全体像がこちら。

Dsc_00172

 左が黒目川、右が城山であります。

Dsc_00262

 一説には、長禄-文明年間(1457-1487)頃に太田道灌が築いたといい(『東円寺寺伝』)、また北条氏康に属して後に離反した太田康資の館ともされる(『新編武蔵国風土記稿』)のだが、それを裏付ける資料はないようだ。

 でも、まあどう考えても「城づくり」の形にはなっているんだから、誰かの城だったんだろう。

NIKON Df AF-S NIKKOR 50mm f1:1.8 G @Asaka (c)tsunoken

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