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2016年5月 7日 (土)

『I o T とは何か』というよりも、日本の英語教育の問題の方が気になる

『「IoT」(アイオーティと読む。「Internet of Things」の略。「モノのインターネット」などと言われている)という言葉を、最近よく目にすると感じている方は多いだろう。しかし、それが具体的にどういうものか、何ができるのか、といったことになると、結構曖昧かもしれない』

『IoTは大きな可能性を持っているが、同時にその可能性を発揮するには、広く社会に浸透することが必要だ。広まらないと利点が活かせないが、利点が見えないと広まらない──という「鶏が先か、卵が先か」の問題だ。30年その開発に携わってきて実感するのが、IoTはその鶏卵問題が特に強い技術分野だということだ』

 う~ん、じゃあ一体全体「IoT」って何なんだ?

Iot 『IoTとは何か 技術革新から社会革新へ』(坂村健著/角川新書/2016年3月10日刊)

『インターネットは、まさに「イノベーション=破壊的創造」の典型。オープン参加型でエラスティック(伸縮自在で透過的)だがベストエフォート(努力はするが保証はできない)というその特性は、それ以前に主流だったクローズだがギャランティ(性能保証)というVAN(付加価値通信網)の存在を真っ向から否定するものだった。もしインターネットが民間から生まれていたら、研究が社会にでるまでの障害──いわゆる「死の谷」を越えられたとは到底思えない』

『ゼロリスクでない限り──ほんの少しでもリスクがあればイノベーションを受け入れないとするなら、IoTは社会への出口を失う。IoTとは名前の通り「Internet of Things」──そもそもインターネットのようにオープンでベストエフォートでありながら、インターネットと異なり実世界に大きく影響するシステムだからだ』

『その意味では今話題のロボットも自動運転もIoTの一部──逆に言えば、IoTは社会全体のロボット化ということもできる』

『エアコンくらいは問題がなくても、自動車の自動運転では情報世界の変更が人の死に直結しかねない。だからこそ、米国も情報世界だけのイノベーションよりスピードは遅くなっている。日本より対応は早いし、大量の試験走行をグレーな状態で行って容認されたとはいえ、米国で自動運転車がネバダ州の公道免許を取るまでに、さすがのGoogleですら1年7ヵ月「も」かけているのだ』

『哲学議論はどうせ答えも出ないし、日本的には曖昧にしたいところだ。しかし、そういう問題を曖昧にせず突き詰める知的なタフさが確かに欧米にはある』

『哲学の次には、生活の中で使われる技術なので制度や法律の対応も重要になる。道路にタグを付けようとすると法律があるし、ロボットが街中で歩くようにするにも法律を変えないといけない。IoTをオープンな社会に出すにはテクノロジーだけではなく法律も素早く対応させることが重要になってくる』

 ドローンの運用だって、まだまだまったく法整備はできていないという状態なんだから、「IoT」を実現させるための周辺の哲学や法律的な整備も早急にやる必要があるんだけれども、この「哲学がらみの法整備」って日本の官僚や政治家が一番弱いところだからなあ。

 つまり「哲学的な問題」とは「ロボット」や「AI」が人間の総知識量を超えてしまうという「シンギュラリティ」の問題にどう対処するのかという問題だ。

 あと30年後、2045年にはコンピュータの知識量が全人類の知識量を超える「シンギュラリティ」がやってくるそうだ。そうなるとコンピュータが人間を支配するようになるのか、とか、その前に新たな「ラッダイト運動」が起こって人間がコンピュータを破壊する動きをするのではないかという話が出ているが、まあ、それはまさしく『攻殻機動隊』の世界が実現するだけで、それは人間が考えたことなのか、あるいは「ゴースト」が考えたことなのかという不毛な論争を生むだけで、別に人間が考え発想したことであっても、ゴーストが考え発想したことであっても、それがお互いの合理性に即した結論であれば問題はない、ということなんだろう。

 まあ、問題は双方の発想に違いが出てしまい対立したらどうするの? ということなんだろうけれども、その時代には「アンドロイド=AI」にも「ヒューマノイド=人間」にも同じような「人権(?)」ができて、それぞれ話し合いで決めればいいことだと思うのだがどうだろうか。まあ、多分「アンドロイド=AI」の方がすべて物事を論理的に考えるだろうから、そこにどうやったって感情が混じってしまう「ヒューマノイド=人間」の方には分が悪いですね。

 とはいうものの、その時代にはその時代なりの「人間の(AIの)生きる知恵」なんてものが出てきて、何とか一致点を見出すのではないだろうか。なんかこの「一致点を見出す」「落としどころを見つける」なんて作業もAIの方がなまじ感情が入らないだけ上手なんじゃないだろうか、なんて考えてみたりしてね。

 しかし、2045年でしょ。生きていれば私は94歳、妻は90歳。そうか、下手するとまだ生きているかも知れないじゃないか。面白そうだな「シンギュラリティ」。ロボットの方が人間より頭がよくなってしまう年。その時代まで生きていたいものだ。

 で、結局そのために必要なのはやっぱり教育なんだなあ。

『オープンIoTの環境が整ってきたときに、それを社会が活かせるようになるのに重要なのが「読み、書き、算数」と同じ「国民の基礎的力」としてのプログラミング教育だ。これは、従来のコンピュータエンジニアや研究者養成のための専門教育とはまったく違う』

『プログラミングの敷居が低くなってきた。今、プログラミングをすべての人が使える力にする必要がある。そのためにはできるだけ早い時期からプログラミングの教育を始める必要がある』

『プログラムができれば、それらの製品の機能を組み合わせて、自分の仕事や生活に合わせた環境を簡単に作ることはできる。これがIoT環境だ』

『「中等教育からコンピュータプログラミングを教えるべきだ」ということを主張する記念碑的な論文がイスラエルで発表されたのが1995年。それを受けてイスラエルは高校の教育改革を行い、2000年にはいち早く義務化までこぎつけ、今は一部を早めて中学に移すという』

『小学校レベルでの取り組みが早かったのはエストニアである。英国イングランドは、すでに2014年以降、5歳児から読み書き算数に次ぐ扱いでコンピュータサイエンスを義務教育化している』

 日本においては、まずその前に「英語教育」の問題があるだろう。それも現在文科省が進めている「聞けて、話せる英語」じゃなくて、プログラミングに必要な「読んで、書ける英語」だろう。まあ、一番いいのは「聞いて、読んで、書けて、話せる英語」なんだけれども、それらをすべてこなせるような日本人を養成しなければならない。

 まあ、結局、日本が「IoT」時代にも大国になれるかどうかは文科省にかかっているってことですね。

 ちょっと心配だけど。

『IoTとは何か 技術革新から社会革新へ』(坂村健著/角川新書/2016年3月10日刊)

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