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2016年4月19日 (火)

『会社は2年で辞めていい』じゃなくて、1年でもいい! 嫌ならすぐ辞めたほうがいい!

 そもそも著者の山崎元氏とはいったい如何なる人物なのか。

『一九五八年北海道生まれ。東京大学経済学部を卒業、三菱商事に入社。以後、野村投資信託、住友生命保険、住友信託銀行、シュローダー投資、NBインベストメントテクノロジー、メリルリンチ証券、パリバ証券、山一證券、第一勧業朝日投信投資顧問、明治生命保険、三和総研など一二回の転職を経て、二〇〇五年、楽天証券経済研究所客員研究員に就任。他にマイベンチマーク代表取締役、一橋大学大学院非常勤講師も務める。週刊誌などに多数連載、テレビのコメンテーターとしても活躍中』

 う~ん、すごいなあ。12回も転職してるんだ。

Photo 『会社は2年で辞めていい』(山崎元著/幻冬舎新書/2016年4月15日電子版刊・2007年11月28日紙版刊)

 山崎氏の転職とはどんなものなのだったんだろう。

『大学卒業後、第一希望の商社の財務部(配属部署も第一希望だった)に入社』
『最初の転職は、ファンドマネジャーという「自分の仕事」を選択する転職でもあった』
『投資信託の運用会社を転職先に選んだ』
『二度目の転職は、仕事のレベルアップと落ち着いて仕事ができる環境を求めてのものだったが、結果的に、職場との相性が良くなかった。一年少々で、三度目の転職をする』
『四回目以降の転職では、外資系の会社に四社勤めて、その後、外資系的な労働条件で日系の会社に移るのだが、主に三〇代の頃の転職は、仕事をする場を選ぶための転職だったといえると思う』

『私の一一回目(つまり前々回)の転職では、職場への出勤日時と個人的な活動(会社と利害が衝突しない副業を含む)を自由にしてもらう条件で、「それなり」の報酬を設定するような個別契約を会社と結ぶことにした』

 その最後の(?)転職については、それまでとは違う条件があるようだ。

『サラリーマンとして、会社からもらう報酬は、以前の半分から三分の一くらいになったが、自分のフリー的な活動(自分が持っている会社のものもあるし、個人として受ける仕事もある)の収入で、落ち込み分は十分カバーできた』

 ということで、楽天証券経済研究所客員研究員という職をしながら、マイベンチマークというコンサルティン会社の代表取締役に就いている。まあ、理想の仕事環境なわけですね。

 ということで、山崎氏にとって「転職」とは

『結局のところ、転職をすることで、自分で自分の職業環境が選べるという「自由」を拡大できたことが、本人の収支としては、プラスとして残ったように思う。自分の意思で自分の進路を選んだという充実感と、失敗は自分の責任にあるという、自分の運命に対する責任を自分で握るスリルの二点が、「転職の快感」の正体だ』

 ということなんだな。

『企業というものは、存外不安定なものだ。見通しまで含めた会社の明暗は、二、三年で十分入れ替わることがある』
『会社というものの将来像が、二、三年先は不確実なのに加えて、会社と社員との関係も不安定だ』
『一回きりの人生にあって、会社は、アテにするにはあまりにも頼りない存在なのだ』

 確かに、企業の行く末なんて誰にも分らない。出版社だって大手十社くらいは多少は先まで見通しはできるかもしれないが、大半の出版社は明日倒産したっておかしくない状況だもんなあ。それはたぶん、ほかの業界でも似たようなものかもしれない。会社の明暗がニ、三年で入れ替わるということは、会社が終身雇用を保証していたとしても、それこそニ、三年で会社そのものがなくなってしまうっていうことだ。

 なので

『タイトルの「二年」は「最低二年は待て」という意味ではなくて、一つのことを計画・実行するのに二年くらいの単位で考えると具合がいいという意味だ。理由は、本文に書いたが、会社は、一年で辞めてもいいし、何回辞めてもいい』

 というのが山崎氏が本書を書いた根拠だ。

 まあ、私の場合、最初に就職したときは30歳くらいまでに会社を辞めて、別の会社に転職するか、あるいは独立してフリーで物書きをして暮らそうかと考えていたのである。結局、その頃に人事異動になり、異動先が映像制作の部署(K談社としては新設の部署)だったんで、私自身「映像制作」というのはやりたかった仕事だったし、結局その部署の最古参になってしまい、その部署(名称はしばしば変更になったけれども、ずっと映像制作をやっていた)がなくなるまで在籍してしまった、というのがK談社を辞めなかった理由なのだ。

 今、考えてみるとそんな映像制作部署であっても、仕事の内容が変わったり、やり方が私の思うような方向にいかなかったり、辞めるタイミングっていうのはあったような気もするんだが、まあ、その時その時で、いろいろ子供たちの成長のこととかあって、結局、辞めずに定年までK談社に在籍していたわけであります。

 まあ、K談社は終身雇用・年功序列制度の会社であったので、まあ、居心地はよかったんだろうなあ。現在は65歳までの再雇用制度があるんだが、私の場合それすらもお断りして、61歳で定年まで勤めあげてしまった。まったく、就職のときの読みはなんだったんだろう。

 いずれにせよ、日本だってこれからは企業が従業員の終身雇用・年功序列制度を維持することを表明する会社は少なくなってくるだろう。特にグローバル企業環境にどんどんさらされている日本企業である。少なくとも、グローバル企業環境になってしまえば、そこではグローバル企業の論理がまず先立ってくるわけで、そんなところで高度成長期の日本みたいな「終身雇用・年功序列制度」が維持できるわけはないだろう。はっきり言って、この制度は早晩崩壊しますね。

 そんな時代に、大学を出て社会人になる人たちは、「会社は自分を守ってはくれない」ということを十分肝に銘じて、自分が入った会社が自分が思っていたような会社じゃなかった、自分が思っていたような仕事をさせてくれなかったと感じたら、そんな会社はすぐに辞めて、転職したほうがいいだろう、と勧めるのが本書のキモだ。

 まあ、たぶん日本の企業も「学生時代にインターンを経験してその会社に入り込む」とか、取り敢えずは下位の会社に入って、実績を積んで上位の会社に入るといったアメリカ式の就職状況になっていくだろう。

 ただし、

『次が決まる前に辞めてはいけない! 』
『次が決まる前に辞めることのデメリットは、次の職が決まらないリスク、失職期間中の人材価値の下落、次の入社の条件交渉の際の不利(無給になると給与交渉などで不利だ)、精神的焦り、といったものだ』

 ということだけはわきまえていた方がいいね。

 それさえわきまえておけば、転職なんて……

『単なる「取引先の変更」だ。自分の労働力を買ってくれる取引先を、こちらの側から変更するのが、転職だ』

 っていうものだからね。

『会社は2年で辞めていい』(山崎元著/幻冬舎新書/2016年4月15日電子版刊・2007年11月28日紙版刊)

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