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2016年3月25日 (金)

『OTAKUエリート』から見えてくるもの。世界はOTAKUで溢れ返っているんだ!

『羽生雄毅 1985年生まれ。2006年オックスフォード大学化学科卒業。2010年、同学博士課程修了。東北大学と東芝研究開発センターを経て、2015年、インテグリカルチャー(株)を設立。日本初の人工培養肉プロジェクト「Shojinmeat Project」を立ち上げる。その一方でオックスフォード在学中から2ちゃんねるやニコニコ動画のヘビーユーザーであり、帰国後もコミックマーケットなど同人誌即売会にサークル参加したり、オフ会でのヲタ芸や踊りに励んだりするなど、「オタク活動」も精力的に行っている』

 そうか、オタクの巣窟と言えば<開成→東大>コースかと思っていた、秋葉原も近いしね。でも、こんなところにも居たんだ「オタク魂」が。

Otaku 『OTAKUエリート 2020年にはアキバカルチャーが世界のビジネス常識になる』(羽生雄毅著/講談社+α新書/2016年4月1日刊)

 なんでカバーにこの人の写真が載っているのか分からなかったんだが、そうかそういうことだったのね。

『2014年3月、ロシア連邦クリミア共和国で最高検察庁検事総長となったナタリア・ポクロンスカヤ氏は、「アニメ的美貌が人気で、日本でネットアイドル化している」とロシアのタス通信を始め、各国の大手メディアで報じられた。就任後の記者会見が世界に配信されるやいなや、彼女の美貌に創作意欲を刺激された絵師たちによって、大量の萌えイラストがネット上に投稿されたのである』

 確かに美しいというか「美しすぎる検事総長」という呼ばれ方で日本のメディアを騒がせたわけではあるけれども、それが「アニメ的美貌」ということだったのね、と妙に納得。というかそんな「オタク事情」を知らなかった私はやっぱりオタクじゃなくて、単にオタクを相手にして商売をしてただけの人間だったのか?

 ところで、日本のオタク・カルチャーの元になったのはSFファンだったってことはご存知だろうか? 元々SFファンの間では「○○コン」というイベントが行われていた。『ワールドコン(Worldcon、正式にはThe World Science Fiction Convention)、世界SF大会(せかいエスエフたいかい)は、1939年から(第二次世界大戦中の1942年から1945年までを除いて)毎年、(これまでのところ)地球上のどこかで開かれているSF大会である。主催は世界SF協会(World Science Fiction Society(WSFS))で "Worldcon" という名称の権利もWSFSが保持しているが、各大会の運営はワールドコン開催地の地方のファン組織が行う』(Wikipedia)ということで、日本でも毎年日本SF大会が開かれていたんだが、それが2007年に日本で初めてのワールドコン、「第65回世界SF大会/第46回日本SF大会 Nippon2007」が開かれたのである。この日本におけるSF大会が、その中に元々コスプレイベントなんかもあって、更に日本におけるSFアニメ(初期は「鉄腕アトム」なんだが、その後の日本におけるアニメの歴史はほとんどがSFアニメなんである)の黎明が、日本のSFファンがアニメファンになっていって、それが日本におけるオタクの始まりになっていったのである。

 その「第65回世界SF大会/第46回日本SF大会 Nippon2007」の実行委員長である井上博明氏こそが日本における「オタク」の最初の人物じゃないかと思うんだが。この井上氏「東京都墨田区出身。私立岩倉高等学校卒業。1980年代初頭より手塚プロダクションで制作進行に従事、その後、マジックバスでの制作デスク勤務を経て、CGやデジタルペイントでのアニメ制作に注力した制作会社エムケイに転職。その後、ガイナックスの設立に参加する。その後AICのプロデューサーを経て、自ら立ち上げた会社である株式会社オニロ代表取締役。吉備国際大学アニメーション文化学科教授」という人。

 要は鉄道オタクからSFオタクを経てアニメオタク(ただし、アニメに関しては「オタクを利用して商売している」という評判もなくはない)になったという、岩盤みたいな経歴の人なのだ。

 で、井上氏が所属していたエムケイというアニメ会社は傘下にJCGLというコンピュータ・グラフィックの制作会社を持っていて、NHKの「子鹿物語」や映画「SF新世紀レンズマン」、TV「GALACTIC PATROL レンズマン」(エヘン、私がプロデユューサー)なんかのコンピュータ・アニメを製作していたんだが、この辺からが<アニメ→コンピュータ→ネット>という繋がりになっていって、本書で述べられているような<アニメ→ネット>というダイレクトな繋がりに結び付けられ、それが「国境・言語」といったものを軽々と飛び越えてしまう状況を、実は私も目にしていた。

『「おたく」は1970年代に誕生したサブカルチャー愛好者の総称であり、もともとはコアなSF・アニメファンを指す言葉。「オタク」は1980年代に誕生した概念で、アニメ・マンガ・ゲーム・パソコンなどを引きこもりツールとする大人になれない者たちを指す言葉だとされている。そして「OTAKU」とは、その外国人版であった』

『OTAKUネイティブ世代の若者は、オックスフォードやモスクワ大学にも在籍していた。彼らの一部は、近い将来、社会的に重要な地位に就くようになるだろう。おそらく2020年に東京オリンピックが開催されるころには、グローバルな舞台の第一線で活躍する「超知日派」OTAKUエリートを見ることになる可能性が非常に高い』

『私がオックスフォードで出会ったOTAKUたちも、卒業後数年たち、何人かはすでに来日を果たしている。彼らに「日本で一番印象に残ったのは何か」と聞くと、「明治神宮での神前結婚式の行列」「1分単位で正確に到着する電車」などといった答えが返ってきた。彼らはそうした見聞を、帰国前からSNSで仲間たちと共有するのである』

『「伝統文化をはじめとする日本のハイカルチャーは、外国人には簡単には理解できない」という日本人の意見もある。しかし世界のアキバカルチャーのファンたちは、アニメなどを通じて日本の伝統文化もさんざん見ている。彼らの教育水準と情報リテラシーが高いことは、そもそもアキバカルチャーという舶来物の異文化をたしなんでいるという実績が証明している。その中でも、ひときわ教育文化水準の高い「OTAKUエリート」については、言わずもがなである』

『彼らが日本に寄せる期待とは、学園ラブコメマンガに登場するような安定した社会、際どいコンテンツやエッジの利いた流行を生み出し続けられる文化的な自由さ、美少女ゲームや萌えアニメが流通するほどの社会的余裕、コミックマーケットやコスプレイベントで現役の仲間たちが頑張る姿、そしてそんなことを日々満喫できるほど自由で平和な国であり続けることだ』

 という結論を読んでしまうと、やっぱり「クールジャパン」なんていう官製のお題目では何の解決策にもならないなあ、ということがよく見えてくる。

『「世界を相手にできるだけの教養」の基本として、結局のところ私たち日本人が、自国である日本についての造詣を深めることが一番求められる』っていうのが、あくまでも基本なんだよね。

『OTAKUエリート 2020年にはアキバカルチャーが世界のビジネス常識になる』(羽生雄毅著/講談社+α新書/2016年4月1日刊)

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