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2016年1月13日 (水)

追分一里塚と高崎屋

 本郷通り(旧日光御成道)は東大農学部前で旧中山道と分かれる。つまり、本郷追分であります。

 その本郷追分にあるのが江戸時代から続いている「高崎屋」という酒屋。外から見るとそんなに古い店だとは思えないですけれどもね。

Dscf70602

 文京ふるさと歴史館の資料によれば……。

Photo_2長谷川雪旦・雪堤画 天保13年(1842) 文京区指定文化財

『高崎屋は、中山道と日光御成道(岩槻街道)が交差する本郷追分に店を構え、酒・醤油を商った江戸時代以来の老舗です。この絵は、『江戸名所図会』で知られる絵師、長谷川雪旦と息子雪堤の筆になるものです。二世牛長(高崎屋四代当主長右衛門)の画賛には、天保の改革の取り締まりで家屋敷を縮小することになり、記録としてこの絵を描いたいきさつが書かれています。広大な屋敷、庭など高崎屋の繁栄ぶりが鮮やかな色彩で俯瞰的に描かれ、店の前に積まれた酒樽からは、当時の流通の一端をかいま見ることができます。また、街道を行き交う人々の風俗もこと細かに描写されています。』

 とのこと。

Dscf70572

 追分一里塚の碑文によれば、酒屋と同時に両替商などもやっていたそうで。掛売りが当たり前の時代に「現金安売り」で大いに繁盛したそうだ。

Photo中山道分間延繪圖

 上の図は「中山道分間延繪圖」というもので、中山道を本郷追分から京都まで、すべて描いた地図で、本郷の家並みが見える。

Dscf70652

「海抜二一メートル」の碑は文京区立第六中学にあるもの。こちらは元々は東京女子師範付属追分小学校だった。

Fujifilm X10 @Mukogaoka Bunkyo (c)tsunoken

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