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2016年1月12日 (火)

『米軍が見た東京1945秋』

 当然、第二次世界大戦の戦中には写真撮影なんかを街中でやっていたらスパイ罪で検挙されてしまうし、戦後すぐは物資不足で撮影どころではなかった。ので、日本人による戦中や戦後すぐの写真はない。

 その代わり、米軍による写真は空襲の結果を知るためなどで多くの写真が残されている。当然それは軍機密なのであったが、今はパブリック・ドメインになっていて誰でも見ることができる。

 ということで作られた写真集なんだなあ。

1945 『米軍が見た東京1945秋 終わりの風景・はじまりの風景』(文・構成:佐藤洋一/写真:米国立公文書館/洋泉社/2015年12月23日刊)

 こういう写真集を見るときの愉しみは、やはり自分の知っている場所がどうなっていたんだろうか、という視点だ。

 まずは四谷駅から。右上に空襲で半壊した雙葉学園が見える。

Dscf70462(c)National Archives

 おおっ、六義園と大和郷ですね。さすがに六義園なんかは空襲しても意味はないので、壊れてはいない。

Dscf70472(c)National Archives

 右下が巣鴨駅で中心に染井霊園が見える。これもやはり六義園と同じで壊されてはいない。

Dscf70512(cNational Archives )

 文京区役所上空からみたところ。正面が東洋大学で、その上に六義園や染井霊園、飛鳥山が見える。

Dscf70482(c)National Archives

 霞ヶ関から皇居二重橋ということなので、写真の右の方に見えるのが日比谷公園か。

Dscf70502(c)National Archives

 勿論、俯瞰撮影の写真ばかりじゃない。これは聖路加病院。こうした施設は絶対に空襲はしないのだ。そこまで米軍の空襲に関する照準はしっかりしているということ。

Dscf70522(c)National Archives

 その代わり芝あたりは何もなくなっているし……

Dscf70532(c)National Archives

 中島飛行機なんかは跡形もない。

Dscf70542(c)National Archives

『米軍が見た東京1945秋 終わりの風景・はじまりの風景』(文・構成:佐藤洋一/写真:米国立公文書館/洋泉社/2015年12月23日刊)

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