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2015年12月23日 (水)

『ラオスにいったい何があるというんですか?』

『日本からラオスのルアンプラバンの街に行く直行便はないので、どこかで飛行機を乗り継がなくてはならない。バンコックかハノイを中継地点にするのが一般的だ。僕の場合は途中ハノイで一泊したのだが、そのときヴェトナムの人に「どうしてまたラオスなんかに行くんですか?」と不審そうな顔で質問された。その言外には「ヴェトナムにない、いったい何がラオスにあるというんですか?」というニュアンスが読み取れた』

 というのがこの紀行集のタイトルの理由なんだが。その結果は……

『「ラオス(なんか)にいったい何があるんですか?」というヴェトナムの人の質問に対して僕は今のところ、まだ明確な答えを持たない。僕がラオスから持ち帰ったものといえば、ささやかな土産物のほかには、いくつかの光景の記憶だけだ。でもその風景には匂いがあり、音があり、肌触りがある。そこには特別な光があり、特別な風が吹いている。何かを口にする誰かの声が耳に残っている。そのときの心の震えが思い出せる』

 というもの。

 確かにある国のある場所に行ったからと言って、そこに何を見いだすのかなんてことは、予め分かっていることではないだろし、予め分かっていて、それを確認するための旅なんて、なんてつまらない旅なんだろう。

『「旅先で何もかもがうまく行ったら、それは旅行じゃない」というのが僕の哲学(みたいなもの)である』

 うん、格好良い。良すぎる。

Photo_2 『ラオスにいったい何があるというんですか?』(村上春樹著/文藝春秋/2015年11月20日刊)

 行った場所を目次から拾うと以下の通り。

チャールズ河畔の小径 ボストン1
緑の苔と温泉のあるところ アイスランド
おいしいものが食べたい オレゴン州ポートランド メイン州ポートランド
懐かしいふたつの島で ミコノス島 スペッツェス島
もしタイムマシーンがあったなら ニューヨークのジャズ・クラブ
シベリウスとカウリスマキを訪ねて フィンランド
大いなるメコン川の畔で ルアンプラバン(ラオス)
野球と鯨とドーナッツ ボストン2
白い道と赤いワイン トスカナ(イタリア)
漱石からくまモンまで 熊本県 (日本)

 作家ならではの自分の書いたものと、長期滞在した場所の関係論がある。

『かつて住民の一人として日々の生活を送った場所を、しばしの歳月を経たあとに旅行者として訪れるのは、なかなか悪くないものだ。そこにはあなたの何年かぶんの人生が、切り取られて保存されている。潮の引いた砂浜についたひとつながりの足跡のように、くっきりと』

『僕が暮らしたのは実際には、ボストンとはチャールズ河を挟んだ向かい側にあるケンブリッジ市だが、この二つの市は生活圏としてはほとんどひとつだ』

 って、やっぱり格好良すぎ。

『当時僕らが暮らしていたユニットは、外から見る限りそのままだった。何ひとつ変わってはいない。19番のユニット。白い漆喰の壁と、青く塗られた柱。そこで僕は『ノルウェイの森』の最初の数章を書いた。とても寒かったことを記憶している。12月、クリスマスの少し前のことだった。部屋には小さな電気ストーブひとつしかなかった。分厚いセーターを着て、震えながら原稿を書いた。当時はまだワープロを使っていなかったから、大学ノートにボールペンでこりこりと字を書いていた』

『昔ながらの木造漁船を造る小さな造船所から、とんとんという木槌の響きが聞こえてくる。どことなく懐かしい音だ。規則正しい音がふと止み、それから少ししてまた聞こえる。そういうところはちっとも変わっていない。その木槌の音に耳を澄ませていると、二十四年前に心が戻っていく。当時の僕は『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という小説を書き上げ、次の作品『ノルウェイの森』の執筆に取りかかることを考えている三十代半ばの作家だった。「若手作家」という部類にいちおう属していた』

『僕は『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』のフィンランドのシーンをすべて想像で書いてしまってから、このフィンランド取材に行きました。なんだか自分の足跡をひとつひとつたどるみたいに。そういう意味では興味深い旅でした』

『1980年代の後半に、断続的にではあるけれど二年か三年、ローマに住んだことがある。市内でアパートメントを借りて(少しでもましな環境を求めて、三軒ほど渡り歩いた)、そこで小説を書いていた。作家という職業のありがたい点はなんといっても、ペンと紙さえあれば世界中(だいたい)どこでも仕事ができることだ。パソコンもインターネットも携帯電話もフェデックスも、まだ一般的ではない時代だったから、日常的にいろいろと不便なことも多かった。郵便さえ満足に届かなかった。しかし不便さもいったん馴れてしまえば、そして「そういうものだ」と覚悟さえ決めてしまえば、まあそれなりに悪くないものだった。ローマで暮らしていると、日本は地球の裏側の、遥か遠い異国になってしまう。日本に残してきたいろんなものごとは、望遠鏡を逆さに覗いたときのように、小さく霞んでよく見えなくなってしまう。そういう土地で僕は集中して『ノルウェイの森』『ダンス・ダンス・ダンス』という二冊の長編小説を書き、一冊分の短編小説を書いた』

 こんなことを私も書いてみたい。

 このブログにもたまに紀行文みたいなものも書くんだけれども、それに紐づけされた小説を持っている訳じゃない。勿論、その小説に作家が住んでいる場所についての情報が記されているわけではない。しかし、読者がその場所に行って、「ああ、村上春樹はここで『ノルウェイの森』を書いたんだってことを知ることは、読者のその旅を豊かなものにするだろう。

 旅はそこに行って、その場所の情報を得るばかりではない。その場所とは何の関係もない情報を得ることも旅の愉しみである。我々が旅に行く時に旅のガイドブックではない、関係ない小説を必ず本を持って行くのも、多分、後から「ああ、あの旅の時に読んだ本だ」ということで、旅を豊かにする「モノ」であることを我々は知っているからなんだ。

 ただ単なる「時間つぶし」ではない。

『ラオスにいったい何があるというんですか?』(村上春樹著/文藝春秋/2015年11月20日刊

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